深く刻まれた皇妃への想い

さくらぎしょう

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23.自然保護地域

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 まだ太陽も登りきらない早朝、支度を終えたフィガロ皇子とセラフィーナは玄関前でバルドとラーラに別れを告げる。

「弟と私の面倒をみていただき、今までありがとうございました」
「僕からも、本当にありがとうございました。必ず手紙を書きます」

「手紙なんかいらねぇ」

「「え?」」

 バルドはいつもしかめっ面で、表情が読み取りづらい。だけど、心優しい。
 フィガロ皇子とセラフィーナはバルドの意図を汲もうと頭を働かせた。

「いつでも帰って来い。お前達の家だと思って」

 フィガロ皇子とセラフィーナは理解すると、一瞬で力が抜けて破顔した。
 そして、唇を噛み締めると、感謝を込めた真剣な眼差しを向け、頷いてみせた。

 朝日が大地を輝かせ始め、見送るバルドとラーラの前で、フィガロ皇子とセラフィーナは手を繋ぐ。

「手を繋いで行くなんて、仲の良い姉弟だな」
「本当に」

 バルドとラーラがそう呟いた時、フィガロ皇子とセラフィーナが振り返って二人に手を振る。そして朝日の光と同化するかのように一瞬で消えた。

 残されたバルドとラーラは唖然として二人がいた場所を見つめていた。

「まさか……本当に魔法が使えるとは……」

 しばらく動けずにいれば、遠くから馬の駆ける音が向かってくるのが聞こえてくる。

「おーいっ! バルドーッ!!」

 それは村の若い衆のリーダーだった。

「どうした、そんなに慌てて」
「これ、これ読んでくれ。今朝届いた新聞だ」
「新聞?」

 若い衆のリーダーは新聞を広げてバルドに見せる。

「なっ!?」

 バルドは目を見開いて言葉を失った。

「これ、フィーだよな? フィーは皇帝陛下の第四皇子だったんだよ」

 バルドは新聞を奪い取り、まじまじと写真を見て記事を読む。

「フィガロ第四皇子殿下、失踪……」

「なあ、バルド、これって誰かに伝えた方が良いんだよな?」

 バルドはしばらく黙り込み、考え込んだ。

「本当にフィーだとしても、あいつらがうちに来て一年にもなる。なぜ今失踪記事が……」

「……いや、むしろ村の全員にフィーはフィガロ皇子なんかじゃないと伝えろ」

「え?」

「いいな。あいつはフィーだ」

「あ……ああ」


 ✳︎


 フィガロ皇子とセラフィーナが転移した場所は、冠雪するガレアータ山脈に囲まれたエメラルドグリーンの美しい湖畔だった。

「ここが……東ガレリア王国の王宮のあった場所?」

 初めて見る祖国の景色は、想像を大きく裏切っていた。
 九百年も経っているのだから、それなりに町や村は発展しているものだと思っていた。王宮や城であれば、時が経っても残っている場合がある。
 なのに、目の前に広がる光景は、自分が暮らしていた時よりも更に原始的な世界に戻っているように見えた。

「ガレアータ山脈を越えた東側はほとんどが国の自然保護地域で、人が暮らせる場所はセラ峠を抜けた辺りに集中しているんだ。セラが教えてくれた東ガレリア王国の王宮のあった場所だと、保護地域ど真ん中だと思う」

「なぜ自然保護地域に?」

「確かアンジェロ皇帝が自然保護地域として指定したんじゃなかったかな……それくらい、ここは大昔から自然を守って来た場所だから」

「アンジェロが? 黒い水がまた湧くとでも思っていたのかしら?」

「そうだとしたら、大きくはずれたね。でも、この美しい景色を見たら、守りたい気持ちもわかるなあ」

「私が暮らしていた時以上の景色だわ」

 二人は雄大な景色に溜息をつきながら眺めた。

 フィガロ皇子は草むらがカサカサッと動いたのを見た。何か動物でもいるのかと思い草の動きを追いかけ始めた。

「どこ行くの、フィー?」

「ここに何かいるんだ」

 フィガロ皇子はそっと草むらの中を覗き込むと、クルクルウェーブの黒髪で、親指程の大きさの女の子が隠れていた。背中には透き通った羽が生え、薄手の布を身に纏っている。

 女の子はフィガロ皇子と目が合い、驚いた。

「まさか……見えてる?」

「うん、見えてる」

「うそ、何言ってるかまでわかるの?」

「うん、わかる」

 女の子は羽をパタつかせて飛び、フィガロ皇子の鼻先まで近づいた。

「アンジェロと同じ魔力を感じる」

 アンジェロ皇帝に似ているということに最近悩んでいるフィガロ皇子は、少しムッとした。

「アンジェロ先帝じゃない」

「わかってるわよ。アンジェロはもっと大人だったもの。あら? でもそうね。あなたがもう少し成長したら似ているのかしら?」

「絶対似てないね。似るもんか」

「そんなことないわよ。ほら」

 女の子がフィガロ皇子の周りを飛び回ると、金色の光が皇子の身体にまとわりつく。余りの眩しさに目をつぶり、手で自分の周りを飛ぶ女の子を追い払っていると、光が落ち着いてきたので目を開けた。
 すると、視線の高さが妙に高くなった気がする。喉元もなんだか違和感を感じた。

「ほらやっぱりアンジェロに似てる! あなた彼の子孫ね!」

「だから似てないって言ってるだろ!? ん? 声が???」

 声が自分の声とは違い驚いていると、後ろからセラフィーナの声がした。

「フィー!? なぜ突然そんな姿に!?」

「え?」

 フィガロ皇子は振り返るとセラフィーナが自分を見上げていた。その時点で自分の身長が彼女よりも随分高い事に気づく。

 フィガロ皇子は慌てて自分の身体をベタベタと触りまくれば、足の長さは伸びてズボンの丈が短くなっており、喉元は大きなふくらみが出来て、わざわざ短くした髪が胸の辺りまで伸びていた。

「ええ!?」

 驚いた瞬間に、きつく感じていた胸元辺りのシャツが割けてしまった。

「セラ……いま、僕、どんな姿……?」

 セラフィーナが口を開く前に、小さな女の子が湖の水をひとかたまり浮かせてフィガロの前に飛ばした。フィガロの前で水の塊は鏡のように姿を映す。それは、成長したフィガロの姿で、アンジェロ皇帝によく似ていた。

「これ……僕?」

「私が聞きたいわ……あなた、フィーで合ってるわよね?」

「あたりまえだろ?」

「ええ、ごめんなさい。目の前で見ていたからわかってるのだけど、信じられなくて。何の魔法を使ったの?」

「うん、僕も何が何だか……って、そこの君! 僕に何したんだ!?」

 フィガロ皇子は草むらに振り返って小さな女の子に問いただした。

「何って、確認してみようかなって思って、あなたの時間だけ少し早めただけ。たかが四~五年程度よ」

「確認って何を?」

「だから、アンジェロの子孫か」

「そうだよ!」

「やった、当たってたー」

「もう……君は一体何者なんだ???」

「ここで暮らす妖精のクロノアよ。時間を早めたり戻したりできるの。一人分のだけど。
 ねーねー、私退屈なんだけど、遊ばない?」

「遊んでる暇ないって。元に戻してよ」

「効き目が切れたら勝手に戻るわ」

「そんないい加減な……」

 セラフィーナには妖精が見えていないようで、草むらに語りかけるフィガロ皇子を不審な目で見ている。

「ねえ、大丈夫? ちょっと無理させすぎたかしら……。とりあえず、フィーの服をどうにかしないといけないし、今日はもう休んだ方がよさそうね。一度セラ峠を抜けた所の町に行きましょうか? 宿も探さないと」

 フィガロ皇子は振り返って、妖精クロノアを指差した。

「セラには見えない? この子」

「草しか見えないわ」

 フィガロ皇子は草むらに顔を向ける。やはりクロノアが見える。

「なんで、僕にしか見えないの?」

「アンジェロの力を受け継いでるからじゃない?」

 セラフィーナが草むらに向かってブツクサ言うフィガロ皇子を心底心配して隣に立つ。

「フィー、休んだ方がいいわよ。明日またここに来ましょう」

「え、いや、大丈……」

「いいから、さ、転移を」

 セラフィーナがフィガロ皇子に手を差し伸べた。

 しぶしぶフィガロ皇子はその手を掴むと、自分の大きな手のひらが、セラフィーナの手を包む感触にこんなにすっぽり入ってしまうのかと驚いた。

「フィー?」

 セラフィーナが首を傾げて自分を見上げて待っていた。その姿のなんと可愛いことか。
 もしも抱きしめたら、自分の胸元あたりにセラフィーナの頭がくるのかと想像すると、今すぐ抱きしめて頭を撫でたい衝動に駆られた。

「どうしたの?」

「え、いや、なんでもっ」

 フィガロ皇子は咳払いして気持ちを鎮めてから転移魔法を掛けた。背中にクロノアがくっついていることにも気づかずに。









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