深く刻まれた皇妃への想い

さくらぎしょう

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24.弟でもアンジェロでもなく

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 セラ峠の麓の宿場町ココロロに転移した二人は、宿探しに苦戦していた。スノーベアの脅威がなくなり、峠を越える人が激増した為、宿がどこもいっぱいだった。街の中心地から外れた場所にある宿でようやく一部屋見つけたところだ。
 セラフィーナが宿屋の女将と交渉していた。

「一部屋だけなら空いてるけど、シングルベッドが一つのとても狭い部屋だよ?」

「構わないわ。他をあたったところで部屋は無さそうだし」

「確かにそうだね。夏中にセラ峠を行き来しようと、今が一番混雑しているかも。はい、これが部屋の鍵。明日になればベッドが二つの部屋が空くから、そっちに変えてあげるよ」

 セラフィーナは宿屋の女将から鍵を受け取った。

「助かるわ、ありがとう。それとこの街に古着屋はある? 弟の服が至急必要で、仕立て屋で作るような時間がないの」

「それなら、店の前の道を真っ直ぐ行った裏路地で行商人の露店があるから、人も多く行き交う場所で危険もないし、行ってみるといいわよ」

「ありがとう。さっそく弟を連れて行ってみる」

 女将は、ロビーで新聞を読んで待つフィガロ皇子に目を向けた。峠を越える時に身につける防寒マントで全身を覆い隠しているが、宿屋に入ってきた時に目に飛び込んできた彼の背の高さと立ち姿から、スタイルの良さはわかった。
 宿屋の女将として数えきれないほどの客を見て来たが、あれほど美しい顔立ちの男は初めてだった。少しだけ見るつもりだったのが、思わずうっとりと見惚れていた。

「はぁ~、いい男だねぇ~。弟さんというより、お兄さんに見えるわね」

「全然。弟にしか見えないわ」

 セラフィーナは女将の発言を流してフィガロ皇子のもとに戻る。

「フィー、部屋を借りれたから露店に行くわよ。古着を探しましょう」

 フィガロ皇子が慌てて新聞をたたみ、ロビーのテーブルに戻した。

「何日くらいここに滞在する予定?」

「何か見つけられるまでかしら」

「何を?」

「私が死ぬ方法」

「ええ!?」

 セラフィーナは驚くフィガロ皇子に笑ってみせた。

 九百年もの間を封印の部屋で孤独に生きてきた人が死にたいと思うのは当然といえば当然である。

 フィガロ皇子はセラフィーナに生きて欲しいし、出来るなら自分が幸せにしてあげたいが、彼女の気持ちを考えれば考えるほど、安易には言葉を掛けられず、ただ黙ってついていくしかなかった。

 二人は女将の教えてくれた場所に向かえば、狭い裏路地は人でごった返していた。行商人がこの街で宿を取る傍ら、ついでに商売もしていく場所だ。

 貴族が着なくなった服を並べた露店を見つけ、フィガロ皇子に合いそうなものを探す。どれも庶民や旅人が着るには少し華美だったが、服がないのでこの中から選ぶしかない。一番地味で、動きやすそうなシャツとズボンを見つけて買おうとした。

「そこまで買うなら、ジャケットやブーツも買いなよ」

「いえ、間に合わせだからこれくらいでいいの」

「そんなこと言わずに。そこの綺麗なお兄ちゃんが着るんだろ? お兄ちゃんがこのジャケットも着たら、貴族に間違われるさ」

「いらないわ。街を歩くのに貴族に見られて浮く方が困るもの」

「じゃあ、売らねえ」

「は?」

「間に合わせですぐにでも服がいるんだろ? 貴族様セットでお買い上げなら売ってやるよ。これくらいのデザインなら、街を歩いてたって浮きはしねぇよ。ちょいとばかし女にモテちまうかもしれねぇがな」

 さすが裏路地の露店商人だとセラフィーナは苦笑した。こちらがどうしても必要な状況に足元を見てきた。結局押し切られ、貴族セットとやらを想定以上の出費額で手に入れて宿に戻った。

 部屋に入れば、部屋の狭さとシングルベッドが一つという事実を知ったフィガロ皇子が大慌てする。

「セッ、セラ!? 部屋間違えてない?」

「ここで合ってるわ」

「でも、これじゃあ床で寝る場所がない」

「仕方ないから今夜は一緒に寝るしかないわね。明日になればベッドが二つある部屋が空くそうだし、今夜だけの辛抱よ」

「セラは大丈夫なの?」

「なにが?」

「なにがって、男と同じベッドで寝るなんて……」

「弟でしょ? 問題ないわ」

「まだ弟?」

「身体だけ成長したってフィーはフィーで、弟よ。それとも何、変なことでもする気?」

 セラフィーナは半ば揶揄いながらそう言うと、ムッとしたフィガロ皇子は黙って買ってきた服に着替え始める。
 ハンガーポールはシャドウの為に開けておき、コートを壁の出っ張りにかけた。
 破れた服を脱ぎ捨て、大人の男性になった上半身を露わにした時、やっとセラフィーナが慌てだす。

「ちょっ、ちょっと、さすがに弟でも姉の目の前で裸になるつもりじゃないでしょうね?」

「着替えるんだから、脱ぐ必要あるよね?」

 フィガロ皇子が手をズボンにあてた時、セラフィーナはサッと背中を向けて目を瞑った。

 ガサゴソとセラフィーナの背後で着替える音だけが響く。
 急に静かになったので、セラフィーナは目を開けて振り返らずに声だけ掛けた。

「フィー? 着替え終わった? もう振り返ってもいい?」

 セラフィーナの左右の視界に長い両腕がスッと伸びて来て壁に手をついた。背中には自分を包み込む熱を感じている。

「いいよ」

 フィガロ皇子らしくない低い落ち着いた声が耳にかかった。

「……いいよって言われても、これじゃ振り返れないじゃない」

 それを聞いたフィガロ皇子の両手が壁から離れ、セラフィーナの両肩に添えられた。そしてゆっくりと正面に身体を向かせる。
 セラフィーナの視界に飛び込んで来たフィガロ皇子の姿は、貴族の服に身を包む気品に満ちた皇子そのものだった。

「……髪は結んだのね」

「結んだ方がアンジェロ皇帝と区別つくから」

「結んでなくてもアンジェロとは違うわよ」

「だよね。弟にしか見えないみたいだし」

 フィガロ皇子は顔を近づけ、セラフィーナの唇に触れる寸前で止まる。

「キスしていい?」

「ダメに決まってるでしょ」

「なんで?」

 フィガロ皇子の目は真っ直ぐにセラフィーナを見つめている。

「……だって、まだ子供じゃない」

 フィガロ皇子が優しくセラフィーナの手を取ると、壁に押しあてた。

「妖精の悪戯で、僕だけ時間が四、五年進んだらしいんだ。だからもう子供じゃない」

「何をバカな……」

 フィガロ皇子の手に力が入った。

「ごめん……もう、止められそうもない」

 熱い吐息と共にフィガロ皇子とセラフィーナの唇が僅かに触れると、セラフィーナはすかさず顔を背けた。

「やめなさい。あなたの気持ちは一時的なものよ。大人になればわかるし、こういうことは大切にしなさい」

「さあ、どうだろう。セラの言う大人になれば、きっと、もっとセラフィーナという女性を想っているはず」

「その考えが若さゆえなの。アンジェロも責任や立場を理解するとともに変わっていった」

「フィガロだよ、僕は」

「ええ……そうね」

 二人は見つめあったまま動かない。

 フィガロ皇子はセラフィーナから手を離す。

 セラフィーナはフィガロ皇子が諦めたと思い、ホッとした。

「わかってくれて、ありがとう」

「違うよ。証明するためだ。今じゃないってわかった。今夜はセラがここで寝て。僕は違うところで寝るから」

 フィガロ皇子は不意を突いてセラフィーナの頬にキスをした。
 セラフィーナが驚いている間に、目の前で光に包まれどこかに転移してしまった。





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