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25.魔法陣
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ウッドブロックの敷き詰められた一本道。青葉の茂る並木道をフィガロ皇子は歩いて行く。今は夏季休暇で生徒達はほとんど帰省している。さらに陽も傾き始めるこの時間になれば、ここを歩く者などほぼ居ない。
風が吹き抜けると、木々の葉が涼しげな音をザッと奏でる。
並木道を抜ければ、立派な白い石造りの門柱が現れた。
「一年ぶりの学校だ……」
フィガロ皇子が呟けば、隣から声がした。
「ねえ、あれアンジェロの魔法陣じゃない?」
びっくりしたフィガロ皇子は声のした方に顔を向けると、真横でクロノアが羽ばたいていた。
「なんでここに!?」
「なんでって、ずっと一緒にいたじゃない」
「いつから!?」
「湖で出会った時から」
「それからずっと?」
「うん。片時も離れず」
「片時もって……」
「キス出来なくて残念だったわね」
フィガロ皇子は両手で赤くなる顔を覆った。クロノアはお構いなしで話し続ける。
「ねえ、それより、あの門にアンジェロの魔法陣があるわ」
「え?」
フィガロ皇子は指の間から門柱をのぞく。そこには以前フィガロ皇子も気になっていた円陣が描かれている。
「あれって魔法陣なの? 魔法陣を使う魔法もあるの?」
「もちろんあるわ。例えば、その空間に長期的な魔法を掛けるなら、魔法陣を描くわよ」
「ああ、そういえば確かに封印の部屋のドアにも魔法陣らしきものが描かれてた」
クロノアは門柱の魔法陣に向かって飛んでいくと、クルクルその場を回って確認する。
「絶対アンジェロの魔法陣よ。こんな高度な魔法は彼にしか使えないし、何よりアンジェロの魔法の気配がするもの」
「じゃあ、アンジェロ皇帝はこの学校を守りたかったのかな……?」
フィガロ皇子は封印の部屋の窓に視線を向けた。
アンジェロがここを守る理由があるとしたら、セラフィーナだったのじゃないかと思う。そう考えるのが自然だし、だとしたらセラフィーナの片思いではなく、二人は想い合っていたのかもしれない……。
フィガロ皇子の胸が痛み、わずかにセラフィーナと触れた唇をなぞる。
フィガロ皇子が傷心に浸っている横では、クロノアが眉間に皺を寄せて唸っていた。
「守る……確かに結界魔法の可能性もあるけど……何か違うような気もするし……」
フィガロ皇子は封印の部屋の窓を指差した。
「あの窓の部屋は、実は去年まで封印の魔法が施されていた。その部屋では東ガレリア王国の王女が九百年も暮らしていたんだ」
「東ガレリアって、バルトロの皇妃!? もしかして、あなたがキスしようとした人って」
「う……うん……まあ……。キスは忘れて……」
「あの人だったのね……」
フィガロ皇子にとっては居た堪れない沈黙の時間が流れる。
その空気を打ち消したくて、浮かんだことを口にした。
「ねっ、ねえ、クロノアはアンジェロ皇帝の時代からあの湖に暮らしていたなら、セラフィーナと会ったことがあるんじゃないの?」
「私たち妖精は黒い水が枯渇してからあの自然の中で生まれたから、その時にはすでに東ガレリア王国はなかったし、セラフィーナ皇妃もあそこにはいなかったの」
「そうだったんだ」
アンジェロを思い出すクロノアの頬は自然と緩む。クロノアはフィガロ皇子に残るアンジェロの面影を懐かしむように、温顔を向けてどこか遠い目で見つめる。
「アンジェロが私たちを見つけて、人の手が及ばないようあそこを妖精や精霊が暮らせる場所として守ってくれたのよ」
アンジェロへの賛辞は、フィガロ皇子を沈鬱な気分にさせる。そんな大昔の人間に嫉妬する自分にも辟易する。
「こんなんじゃ、私なんか足元にも及ばないな……」
「何悩んでるのよ。あなたにはその血が流れてるでしょ? 血だけでなく、姿や魔力まで濃く受け継いでる。きっとアンジェロの抱いた強い想いも受け継がれてるはずよ」
「強い想い?」
「志や、責任感や、成し遂げたかった想いとか。人間の身体には生命の書があって、そこには姿形だけじゃなく、感情に大きな起伏があった時に身体の中で起こる情報なんかも子供に受け継いでいくそうだから」
「その、生命の書はどうやって読むの?」
「普通は読むものじゃないのよ。意思とは関係なく、生命の書に記された情報が身体に現れるものだから」
「普通はってことは、読めるんだよね?」
「超高度な読解魔法の術式と、かなりの魔力があればね。もしかしたら、アンジェロはそういった超高度魔法の術式を記した書物とかをここに隠して封印魔法を施したとか?」
「いや、セラフィーナを守りたかったんだと思うよ」
「でも、部屋に封印の魔法がすでに施されてたなら、アンジェロが更にここに魔法陣を書く必要はないんじゃない?」
「そういうもの?」
「この魔法陣はいまだに働いているから、何かを守るか、もしくは私達には想像できない何かが施されているはず」
「でも、魔法が消える世界に術式なんて残すかなあ……」
「例えよ。アンジェロが何に対して魔法陣を使ったかなんて、結局考えたくらいじゃわからないわ。わかるのは、既に魔法陣で守られていた部屋に対してではないってことだけ」
フィガロ皇子の背後にある並木道の草むらから誰かが出て来た。驚いて振り返れば、そこに居たのは虫取り網と虫かごを持ったマリエッタだった。掴んでいるものはさておき、その姿は最後に会った時からさらに女性らしくなっていた。
「マリエッタ」
「えっと……私をご存じなのですか?」
フィガロ皇子は自分が今成人男性の姿であることをすっかり忘れていた。
「あ、いや……」
うまい言い訳が思いつかず、口籠っているとマリエッタがフィガロ皇子を見て気づく。
「あの……アンジェロ大帝に似ていると言われませんか?」
「え? やぁ~、そんな大昔の人の顔なんて皆わからないから、言われないかなぁ……」
「アンジェロ大帝はその美しさからも人気が高く、多くの肖像画が世の中に出回っています」
マリエッタは膝を乗り出しフィガロ皇子を凝視する。
「……まさか……殿下?」
フィガロ皇子はギョッとした。魔法すら信じなかったマリエッタが、なぜ大人の姿の自分を見てそう思うのか。
「ち、違う」
「真実の瞳」
「え?」
マリエッタはポケットからコインを取り出して空に投げた。落下するコインを手の甲でキャッチしてパンッと手のひらを被せ、フィガロ皇子に突き出す。
「問答無用です」
「う……裏」
フィガロ皇子が答えると、マリエッタはクスっと微笑んだ。
「答えている時点でフィガロ皇子殿下ですね」
「この姿で良く気づいたね」
「しっかりと殿下らしい部分が残ってますから」
マリエッタが片手を退けると、手の甲の上には瞳のようなコインの柄が現れた。
「真実の瞳です。一年で随分ご成長されたのですね」
「いや、これは妖精の魔法で急成長しただけで、本来はまだ少年と言われる姿だよ」
「妖精? 魔法の次は妖精ですか」
「信じる信じないは任せるよ」
「その姿で現れたら信じるしかないですね。
今までどちらにいたのですか? 手紙では教えてくれませんでしたが、どなたかと旅をされていましたよね?」
「ずっと一人だったよ」
フィガロ皇子の視線は、自分の言葉を否定するように泳いでいる。
「殿下、真実の瞳です。親友……いえ、兄と妹の誓いを破るのですか?」
真実の瞳は、幼い頃にマリエッタと結んだ兄と妹としての約束。殺伐とした家庭で育った互いが憧れていた、家族ごっこのひとつだった。
いつの間にかごっこ遊びが、本当にお互いを家族のように支え合う約束になっていた。
フィガロ皇子はしばらく黙っていたが、重い口を開く。
「封印の部屋で暮らしていた、セラフィーナという女性だ」
マリエッタは一瞬動きを止めてフィガロ皇子の瞳を見つめると、大きな安堵の息を吐きながら嬉しそうに綻んだ。
「世界が輝いたんでしょう?」
「うん……まあ……」
マリエッタはフィガロ皇子の両手を握りしめると、険しい表情に変えて忠告した。
「お気を付けください。ジョアン皇子は封印の部屋を調べております。レリオ先輩まで封印の部屋のことになると人が変わったようにきな臭くなるのです」
「そういえば、ここ最近の君の手紙が様子がおかしかったけど、それが関係あるの?」
「ああ……いえ、それは生徒会で息が詰まってたからです。でも、ご心配には及びませんよ」
「真実の瞳は?」
ちょうどその時、バサッと大きな羽音がして二人で空を見上げた。
低空で滑空する黒い鳥が見える。鳥はくちばしに果実をつけた枝を咥えて学校へと飛んで行く。
「……シャドウ?」
「シャドウですね。なぜ私達を通り越して学校へ向かうのでしょうか……」
シャドウはそのまま建物の影に隠れてしまい、見失った。
風が吹き抜けると、木々の葉が涼しげな音をザッと奏でる。
並木道を抜ければ、立派な白い石造りの門柱が現れた。
「一年ぶりの学校だ……」
フィガロ皇子が呟けば、隣から声がした。
「ねえ、あれアンジェロの魔法陣じゃない?」
びっくりしたフィガロ皇子は声のした方に顔を向けると、真横でクロノアが羽ばたいていた。
「なんでここに!?」
「なんでって、ずっと一緒にいたじゃない」
「いつから!?」
「湖で出会った時から」
「それからずっと?」
「うん。片時も離れず」
「片時もって……」
「キス出来なくて残念だったわね」
フィガロ皇子は両手で赤くなる顔を覆った。クロノアはお構いなしで話し続ける。
「ねえ、それより、あの門にアンジェロの魔法陣があるわ」
「え?」
フィガロ皇子は指の間から門柱をのぞく。そこには以前フィガロ皇子も気になっていた円陣が描かれている。
「あれって魔法陣なの? 魔法陣を使う魔法もあるの?」
「もちろんあるわ。例えば、その空間に長期的な魔法を掛けるなら、魔法陣を描くわよ」
「ああ、そういえば確かに封印の部屋のドアにも魔法陣らしきものが描かれてた」
クロノアは門柱の魔法陣に向かって飛んでいくと、クルクルその場を回って確認する。
「絶対アンジェロの魔法陣よ。こんな高度な魔法は彼にしか使えないし、何よりアンジェロの魔法の気配がするもの」
「じゃあ、アンジェロ皇帝はこの学校を守りたかったのかな……?」
フィガロ皇子は封印の部屋の窓に視線を向けた。
アンジェロがここを守る理由があるとしたら、セラフィーナだったのじゃないかと思う。そう考えるのが自然だし、だとしたらセラフィーナの片思いではなく、二人は想い合っていたのかもしれない……。
フィガロ皇子の胸が痛み、わずかにセラフィーナと触れた唇をなぞる。
フィガロ皇子が傷心に浸っている横では、クロノアが眉間に皺を寄せて唸っていた。
「守る……確かに結界魔法の可能性もあるけど……何か違うような気もするし……」
フィガロ皇子は封印の部屋の窓を指差した。
「あの窓の部屋は、実は去年まで封印の魔法が施されていた。その部屋では東ガレリア王国の王女が九百年も暮らしていたんだ」
「東ガレリアって、バルトロの皇妃!? もしかして、あなたがキスしようとした人って」
「う……うん……まあ……。キスは忘れて……」
「あの人だったのね……」
フィガロ皇子にとっては居た堪れない沈黙の時間が流れる。
その空気を打ち消したくて、浮かんだことを口にした。
「ねっ、ねえ、クロノアはアンジェロ皇帝の時代からあの湖に暮らしていたなら、セラフィーナと会ったことがあるんじゃないの?」
「私たち妖精は黒い水が枯渇してからあの自然の中で生まれたから、その時にはすでに東ガレリア王国はなかったし、セラフィーナ皇妃もあそこにはいなかったの」
「そうだったんだ」
アンジェロを思い出すクロノアの頬は自然と緩む。クロノアはフィガロ皇子に残るアンジェロの面影を懐かしむように、温顔を向けてどこか遠い目で見つめる。
「アンジェロが私たちを見つけて、人の手が及ばないようあそこを妖精や精霊が暮らせる場所として守ってくれたのよ」
アンジェロへの賛辞は、フィガロ皇子を沈鬱な気分にさせる。そんな大昔の人間に嫉妬する自分にも辟易する。
「こんなんじゃ、私なんか足元にも及ばないな……」
「何悩んでるのよ。あなたにはその血が流れてるでしょ? 血だけでなく、姿や魔力まで濃く受け継いでる。きっとアンジェロの抱いた強い想いも受け継がれてるはずよ」
「強い想い?」
「志や、責任感や、成し遂げたかった想いとか。人間の身体には生命の書があって、そこには姿形だけじゃなく、感情に大きな起伏があった時に身体の中で起こる情報なんかも子供に受け継いでいくそうだから」
「その、生命の書はどうやって読むの?」
「普通は読むものじゃないのよ。意思とは関係なく、生命の書に記された情報が身体に現れるものだから」
「普通はってことは、読めるんだよね?」
「超高度な読解魔法の術式と、かなりの魔力があればね。もしかしたら、アンジェロはそういった超高度魔法の術式を記した書物とかをここに隠して封印魔法を施したとか?」
「いや、セラフィーナを守りたかったんだと思うよ」
「でも、部屋に封印の魔法がすでに施されてたなら、アンジェロが更にここに魔法陣を書く必要はないんじゃない?」
「そういうもの?」
「この魔法陣はいまだに働いているから、何かを守るか、もしくは私達には想像できない何かが施されているはず」
「でも、魔法が消える世界に術式なんて残すかなあ……」
「例えよ。アンジェロが何に対して魔法陣を使ったかなんて、結局考えたくらいじゃわからないわ。わかるのは、既に魔法陣で守られていた部屋に対してではないってことだけ」
フィガロ皇子の背後にある並木道の草むらから誰かが出て来た。驚いて振り返れば、そこに居たのは虫取り網と虫かごを持ったマリエッタだった。掴んでいるものはさておき、その姿は最後に会った時からさらに女性らしくなっていた。
「マリエッタ」
「えっと……私をご存じなのですか?」
フィガロ皇子は自分が今成人男性の姿であることをすっかり忘れていた。
「あ、いや……」
うまい言い訳が思いつかず、口籠っているとマリエッタがフィガロ皇子を見て気づく。
「あの……アンジェロ大帝に似ていると言われませんか?」
「え? やぁ~、そんな大昔の人の顔なんて皆わからないから、言われないかなぁ……」
「アンジェロ大帝はその美しさからも人気が高く、多くの肖像画が世の中に出回っています」
マリエッタは膝を乗り出しフィガロ皇子を凝視する。
「……まさか……殿下?」
フィガロ皇子はギョッとした。魔法すら信じなかったマリエッタが、なぜ大人の姿の自分を見てそう思うのか。
「ち、違う」
「真実の瞳」
「え?」
マリエッタはポケットからコインを取り出して空に投げた。落下するコインを手の甲でキャッチしてパンッと手のひらを被せ、フィガロ皇子に突き出す。
「問答無用です」
「う……裏」
フィガロ皇子が答えると、マリエッタはクスっと微笑んだ。
「答えている時点でフィガロ皇子殿下ですね」
「この姿で良く気づいたね」
「しっかりと殿下らしい部分が残ってますから」
マリエッタが片手を退けると、手の甲の上には瞳のようなコインの柄が現れた。
「真実の瞳です。一年で随分ご成長されたのですね」
「いや、これは妖精の魔法で急成長しただけで、本来はまだ少年と言われる姿だよ」
「妖精? 魔法の次は妖精ですか」
「信じる信じないは任せるよ」
「その姿で現れたら信じるしかないですね。
今までどちらにいたのですか? 手紙では教えてくれませんでしたが、どなたかと旅をされていましたよね?」
「ずっと一人だったよ」
フィガロ皇子の視線は、自分の言葉を否定するように泳いでいる。
「殿下、真実の瞳です。親友……いえ、兄と妹の誓いを破るのですか?」
真実の瞳は、幼い頃にマリエッタと結んだ兄と妹としての約束。殺伐とした家庭で育った互いが憧れていた、家族ごっこのひとつだった。
いつの間にかごっこ遊びが、本当にお互いを家族のように支え合う約束になっていた。
フィガロ皇子はしばらく黙っていたが、重い口を開く。
「封印の部屋で暮らしていた、セラフィーナという女性だ」
マリエッタは一瞬動きを止めてフィガロ皇子の瞳を見つめると、大きな安堵の息を吐きながら嬉しそうに綻んだ。
「世界が輝いたんでしょう?」
「うん……まあ……」
マリエッタはフィガロ皇子の両手を握りしめると、険しい表情に変えて忠告した。
「お気を付けください。ジョアン皇子は封印の部屋を調べております。レリオ先輩まで封印の部屋のことになると人が変わったようにきな臭くなるのです」
「そういえば、ここ最近の君の手紙が様子がおかしかったけど、それが関係あるの?」
「ああ……いえ、それは生徒会で息が詰まってたからです。でも、ご心配には及びませんよ」
「真実の瞳は?」
ちょうどその時、バサッと大きな羽音がして二人で空を見上げた。
低空で滑空する黒い鳥が見える。鳥はくちばしに果実をつけた枝を咥えて学校へと飛んで行く。
「……シャドウ?」
「シャドウですね。なぜ私達を通り越して学校へ向かうのでしょうか……」
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※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
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