深く刻まれた皇妃への想い

さくらぎしょう

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26.きな臭い

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 シャドウは夕陽の空を楽しそうに滑空する。大好きだった主人が残してくれた、自分が帰る場所。どこに飛び立とうと、シャドウは必ずここに戻ってくる。そして、主人の言いつけは何百年経っても色褪せることなく忠実に心に残り、守ることで主人の笑顔を忘れずにいた。

「シャドウ」

 ガレアータ寄宿学校の一階の窓から、皮のグローブをはめた腕が伸びる。シャドウは嬉しそうにその腕に向かって飛び込む。

「シャドウ、お帰り」

 シャドウはご主人さまと同じ焼き菓子の甘い香りがする男性に、咥えた枝を差し出す。
 柔らかなオリーブブラウンの髪までレンツォと同じ、レリオ・ティベリオだ。

「立派な果物だね。ちゃんと枝を咥えて持ってきてくれるなんて、君は本当に賢いね。おかげで果物が傷まず料理に使えるよ」

 シャドウは褒められて嬉しそうにレリオの二の腕に頬ずりした。
 優しげな笑顔を見せていたレリオの表情が、深刻そうな顔に変わる。

「セラフィーナ様を見失ってないかい?」

 シャドウがドゥラッと鳴いてみせると、レリオも安堵のため息をついた。

「そうか。本当に良い子だね。居場所も教えてくれたらありがたいんだけど、流石にそれは喋れないと無理だよね。でも、君がちゃんとセラフィーナ様のそばにいてくれるだけで助かってるよ。きっとご先祖様もシャドウを誇らしく思ってる」

 シャドウは嬉しそうに羽をパタつかせた。

「はい、ご褒美」

 シャドウに一番好きな餌をくれるのはレリオだった。

 レリオが差し出してくれたのは、生きた動物の肉や、昆虫などではなく、レリオがシャドウ用に調理した様々な肉を練り合わせた一口サイズの餌だった。

 シャドウは大喜びで餌をついばみ口に入れた。ご主人様亡き九百年のティベリオ家の中で、シャドウはこのレリオが特にお気に入りだった。彼はご主人様に姿が似ているだけでなく、料理の移り香もご主人様そのもので、まだシャドウが雛鳥だった時にレンツォが作ってくれた懐かしい餌まで作ってくれる。

 レリオが開いたままの窓を閉じようと近づけば、夕陽が地上に一番接近した瞬間、強い朱色の光に目をくらませる。段々光が弱まり、まだ明るさが残る夜を迎えてやっと瞼を上げることが出来ると、窓の外でマリエッタと見知らぬ男性がこちらを見ていて驚いた。

「マリエッタ?」

「レリオ……シャドウとお友達なの?」

「マリエッタこそ、シャドウを何で知ってるの? その隣の男性は? なぜここに?」

「レリオ先輩、フィガロです。シャドウがこっちに向かって飛んで行ったのを見て追いかけたのですが、見失って彷徨っていたらここに」

 フィガロ皇子が名乗れば、レリオは目を見開く。自分が知っているフィガロ皇子とは違うのに、肖像画で見たフィガロ皇子の祖先アンジェロ皇帝にその姿はそっくりで、頭の中は混乱している。

「フィガロ……様? その姿……でも……まさか……」

 シャドウがレリオの腕から飛び、フィガロ皇子とマリエッタの頭上を旋回する。

 レリオは窓から身を乗り出して、周りに警戒するように二人にジェスチャーでこの窓から部屋に入るよう伝えた。
 フィガロ皇子とマリエッタは戸惑いながら頷き、窓から忍び込み、最後にシャドウも飛び込んで来る。
 レリオはすぐさま窓を閉めて鍵をかけ、部屋の入口の扉の鍵も閉め終えると、フィガロ皇子の方へと振り返った。

「本当にフィガロ様?」

「はい。信じて頂けるかわかりませんが、妖精の魔法で数年先の姿になっています」

「はあ……妖精……」

 レリオが信じることが出来ないのは百も承知だった。フィガロ皇子は妖精は見せれないが、魔法なら見せられると、手のひらから炎を出してみせた。

 ひと目でレリオもマリエッタも息を呑んで目を輝かせる。

「もしや、これが魔法?」
「凄い……綺麗」

「はい。実は……私が封印の部屋を開けてしまったようで、それでセラフィーナと出会い、シャドウも紹介してもらいました。魔法もセラフィーナから教えてもらい、シャドウにはこの一年マリエッタとの手紙のやり取りを運んで貰っていたんです」

「封印の部屋を開けたのはフィガロ様だったのか……。実はジョアン皇子含めドロバンディ一族は封印の部屋が開いた今、セラフィーナ様を血眼になって探しているんだよ」

「なぜですか?」

「バルトロを復活させるつもりなんだ」

「大昔に死んだ人間を??」

「バルトロは死んでない。セラフィーナ様ほど完全な不老不死ではないけど、仮死状態で深い眠りについているだけだ。
 大昔にアンジェロ大帝がバルトロを討ち取ったあと、遺体はドロバンディ一族に引き渡した。弔う許可を与えたんだ。
 その後アンジェロ大帝がバルトロが蘇る可能性がある事に気づいた時には、すでにドロバンディ一族によって身体は隠されていた。
 ドロバンディ一族がバルトロを目覚めさせられないのは、復活させるにはセラフィーナ様の力が必要だからだよ」

「セラフィーナを見つけたところで、彼女はきっと復活なんてさせないと思うけど」

「相手はドロバンディだ。どんな手を使うかわからないだろ? 
 それと、ジョアン皇子にはアンジェロ大帝の血も流れている。彼の中にある生命の書に、アンジェロ大帝とバルトロ両方の魔力に関する破られたページがあるかもしれない。だとしたらセラフィーナ様にページを修復させて魔法を使おうとするだろうし、そんな事になったら益々何が起こるかわからない」

 フィガロ皇子の脳裏には、悪夢にうなされるセラフィーナの姿が浮かんでいた。あれは、おそらく過去の苦しみからだ。

「セラフィーナがまた装置扱いされてしまうのでしょうか?」

「ドロバンディに捕まれば免れないだろう」

 フィガロ皇子の拳がギュッと握られた。

「レリオ先輩はなぜそんなに詳しいんですか?」

「セラフィーナ様を守り、お世話をするのが、ティベリオ家の使命であり、贖罪なんだ」

「贖罪?」

「セラフィーナ様が不老不死になったのはティベリオ家の祖先レンツォ・ティベリオの責任なんだ。このガレアータ寄宿学校は元々アンジェロ大帝の生家で、不老不死になったセラフィーナ様を末代まで守るためにティベリオ家がアンジェロ大帝から賜ったものだ。
 もし、フィガロ様が皇太子や皇帝になられるなら、私のこの話が真実で、ヴァレリアーニ家にも受け継がれている秘密だとわかる」

「残念だけど、第四皇子の私が皇太子や皇帝になる確率はかなり低い」

「どうでしょうか」

「え?」

「現皇太子殿下は意識不明の状態だ。だから、一年もフィガロ様の失踪を隠していた宮廷が、今さら公にして必死にフィガロ様を探している」

「兄が……意識不明?」

「できる限り早く皇妃様に会いに行った方がいい。次はあなたが殺されないかと憔悴されている」

「殺さ……兄は誰かに狙われたのか!?」

 マリエッタの言っていた通り、レリオの表情は人が変わったようにきな臭かった。

「もう、おわかりでしょう」








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