深く刻まれた皇妃への想い

さくらぎしょう

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28. 使命

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 フィガロ皇子が転移した先はセラフィーナの宿泊する宿屋の前。
 当初の予定では誰にも見つからないであろう封印の部屋で一晩過ごし、朝にはセラフィーナの元に戻ろうと思っていた。だが、転移先でマリエッタとレリオに出会い、その後皇太子逝去の一報がレリオ経由で聞かされ、急遽城に戻っていた。結局この宿に戻れたのが当初から大幅に遅れ夕方になってしまった。
 宿屋の女将に確認すれば、やはり朝一でセラフィーナは宿を出たそうだ。転移魔法の使えないセラフィーナは徒歩で東ガレリア王国の王宮があった場所まで向かっただろう。いつこの街に帰れるかもわからないのに、戻ってくるフィガロの為にか、宿はそのまま部屋を取っておいてくれたばかりか、ちゃんと二つベッドのある部屋に変更されていた。

 フィガロ皇子は部屋で地図を広げ、セラフィーナの足で辿り着いていそうな場所を探す。土地勘のないフィガロ皇子を助けてくれたのは妖精のクロノアだった。

「人間が郵便物を運ぶための道路があるでしょ? その道なら舗装されているし、道なりに歩いていればいずれ町につくわ」

「それだよクロノア! しかも運が良ければ郵便馬車に乗せて貰えているかも」

 フィガロ皇子は急いで町の郵便局に向かい、朝出発した郵便馬車が夕方にどの辺りにいるか聞きに行った。

「ああ、それなら順調にいってればホレンの町まで到着してるはずだ。地図でいうと……ああ、ここ」

 郵便局員が地図で指し示した場所にフィガロ皇子は印をつけた。

「ホレンは少し治安が悪い。ここと違って宿屋もないはずだから、野宿する場合は気をつけたほうがいい」

「お気遣いありがとうございます」

 フィガロ皇子はお礼を伝えると早速郵便局を出て、ホレンの町まで転移した。

 土埃の立つ寂れた町は、ぽつりぽつりと建物が点在しているだけで、すでに通りに人影はなかった。
 郵便局の近くには馬車が止まっており、建物は閉まっているが窓から明かりは見える。
 フィガロ皇子は郵便局の扉を叩こうとすると、中から何かが割れる音とセラフィーナの声がした。物々しい雰囲気を扉越しに感じ、フィガロ皇子はセラフィーナの危機が脳裏によぎり、すぐに建物の中に転移する。

 転移先に降り立つ瞬間、胸を焦がす彼女の香りが一瞬で身体中に巡る。思わず伸ばした手には温かく柔らかい感触を感じた。光が消える前にフィガロ皇子はそれを抱き締める。

「フィー……」

 愛らしいその声に視線を向ければ、自分の腕の中に上目遣いのセラフィーナがいた。フィガロ皇子は嬉しくてつい頬が緩んでしまう。

「ただいま、セラ」

 胸の高鳴りに身も心も任せて、このまま彼女の唇に口づけしたい衝動に駆られたが、見つめ合うのも束の間、すぐに男の野太い声が響く。

「お、お前、どっから現れた!!」

 抱き合うフィガロ皇子とセラフィーナの前には、郵便局員の男が二人立っていた。セラフィーナをよく見れば、手首がロープで縛られていた。

 フィガロ皇子は目の前の男達を睨みつける。

「セラに何をしようとした」

「その女が暴れるから縛っただけだ」

「嘘よ! 馬車に乗っている時にこの男が親切を装って飲み物をくれたの。飲んだらいつの間にか眠ってしまって、気がついたら腕が縛られた状態でここにいたのよ」

 セラフィーナの説明に、フィガロ皇子は瞬くよりも早く手を動かして魔法で男二人を浮遊させた。
 手足をバタつかせながら必死に地面に戻ろうと滑稽な姿を見せる男達を、フィガロ皇子は視線だけで心臓を握り潰すかのような目で見つめ、ゆっくりと近づいていく。

「何だよこれ! 気味がわりぃ」
「お、おい、降ろしてくれよ」

 目の据わったフィガロ皇子が淡々と二人に問えば、部屋の空気は凍りついた。

「セラに何をしようとしたんだい」

「おおおおお俺は関係ねえ。こいつが馬車で腕を縛って、その女を連れ込んで来たんだ!」
「お前も乗り気だっただろ!」

「乗り気?」

 僅かに目元をひくつかせたフィガロ皇子は、二人が浮遊する床に、魔法で炎を巻き上げる。

「「うわあああ!!! 命だけは助けてくれ!!!」」

 男達の尻のあたりがチリリと焼け焦げ、黒い煙がうっすらと立つ。

 フィガロ皇子は、空中を溺れるように慌てふためく二人をゆっくりと炎の揺らぐ床へと降下させていく。そして二人を床にドサッと落とすと同時に炎も消した。だが男二人はあまりの恐怖に床の上で失神して伸びていた。

「フィーもやる時はやるのね」

 部屋の隅で見守っていたセラフィーナは見慣れないフィガロ皇子の姿に驚いていた。フィガロ皇子はセラフィーナの元に戻り、手首の縄を解く。赤い跡がついているのを見て、その部分を労るようにさすった。

「これくらい大丈夫よ、フィー」
「大丈夫なものか! 痛かっただろ? 怖くなかったかい?」

「触れたタイミングで眠らせてやろうと思ってた時にあなたが現れたのよ。そんなに心配しなくても大丈夫よ」

「でも上手くいかなければ何をされていたか。私が長時間離れなければこんなことにならなかったのに……」

 フィガロ皇子はセラフィーナをすくい上げるように抱きかかえ、宿屋の部屋に転移した。
 ベッドの上にゆっくりとセラフィーナをおろすと、自分もセラフィーナの隣に座り、溢れ出そうな想いを抑えながら彼女の髪に指先を滑らせる。彼女を見つめるフィガロ皇子の瞳には、まだ心配の色が滲んでいた。

「ふふ、なんだかフィーが本当に大人の男性のようね。まるで私の方が子供だわ。
 それより昨日はどこで寝たの? その方が私は心配だったわ」

「セラが過ごしていた封印の部屋で眠るつもりだったんだ。でも、偶然会った人の部屋で泊めてもらった」

「偶然会った人?」

「レリオ・ティベリオ先輩」

「ティベリオ……」

「先輩の家は代々セラフィーナを守り、お世話をするのが使命で贖罪だと言っていたよ」

「贖罪?」

「セラが不老不死になったのは先祖の責任で、あの寄宿学校は君を守るためにアンジェロ大帝からティベリオ家が賜ったと。レリオ先輩のもとにシャドウもいたんだ」

 セラフィーナの表情が強張り、目には動揺が現れていた。

「贖罪だと思ってるの……? シャドウ……シャドウが見つけてきたわけじゃなく、ティベリオの人間があの部屋にシャドウを使って色々送ってきていたのね」

 フィガロ皇子はセラフィーナの両手を握り、さらに動揺させないようしっかりと目を見つめる。

「とても大事な話だから落ち着いて聞いて」

 セラフィーナはフィガロ皇子の手のひらの温もりに落ち着きを取り戻すと同時に、包み込んで助けてくれた腕の中の温もりを思い出す。
 自分を見下ろし微笑む姿や、抱き上げられた時の力強い腕、耳まで響く鼓動に、本当は熱くなる心を必死に鎮めていた。
 彼はこんなにも頼もしかったのか。目を見つめれば、危うく惹きつけられそうになり、理性を保たなければと、フィガロ皇子といつの間にか絡めてしまった指をほどく。

「落ち着いてるわ。大事な話ってなに?」

「ガレアータ山脈のどこかに仮死状態のバルトロの身体があるそうなんだ。ドロバンディ家はバルトロを復活させたくて君を探している。実はここに来る前に母にあってから来たんだ。母からはバルトロを見つけたら燃やせと言われた」

「バルトロがまだ生きてるの? 燃やせ……?」

 セラフィーナの目はフィガロ皇子を見ているようで、どこか別の場所を彷徨う。考えを巡らせ、パズルのピースをはめているようだった。

 やっとセラフィーナの意識がフィガロ皇子に向くと、セラフィーナの手に力が込められた。

「バルトロは……私に不老不死の薬を飲ませる為に一度自分の口に含んだの。その時、不完全な不老不死になったのね。不老不死を終わらせるにはやはり身体を燃やしきるしかないんだわ」

「セラ?」

 フィガロ皇子は段々不安になって来た。セラフィーナが考えていることが手に取るようにわかる。

「まさか、セラも身体を燃やすとか言わないだろうね?」

 セラフィーナは妙に落ち着いていて、それがフィガロ皇子の心をさらにざわつかせて仕方がない。

「普通の火では長い時間かかって苦しいわ。お願いがあるの、フィガロ・・・……」

 フィガロ皇子のことを散々子供扱いしていたセラフィーナが、今は対等な立場で彼に視線を向けている。

「バルトロを燃やしたあと、私のこともあなたの炎で一瞬で燃やし切ってくれない?」

「何を……」

 フィガロ皇子は言葉を失い、セラフィーナはそんな皇子をただ黙って見つめた。
 そんな目で見つめないで欲しいとフィガロ皇子が顔を背けると、クロノアが忙しなく両手を振って何かを必死に伝えようとしていた。

「え? クロノア?」

「彼女がバルトロの皇妃でしょ!? 私彼女と話したいの!! セラフィーナ皇妃を探したくてあなたにくっついてきたんだもの!! アンジェロとの約束なのよ。私、もう時間がないの」

「クロノアの時間? アンジェロ大帝とどんな約束が?」

「アンジェロと――ううっ……」

 クロノアは突然胸元を握り締めてうずくまる。呼吸は乱れ、苦しそうにしていた。フィガロ皇子はクロノアの羽の動きが弱まっていることに気づき、落下する前に両手で受け止めた。

 クロノアの姿が見えないセラフィーナはその様子を眉間に皺を寄せて見ている。

「ああ、ごめんなさい。すぐに……私をあの湖に連れて行って水に浸して……」
「任せてクロノア。だから、頑張るんだ」

 フィガロ皇子は片手にクロノアを乗せ、もう片方の手でセラフィーナの手を握ると東ガレリア王宮跡地の湖に転移した。














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