深く刻まれた皇妃への想い

さくらぎしょう

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31.人質

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「マリエッタ……どういうこと?」

 マリエッタが裏切るなど到底信じられないフィガロ皇子は、唖然と立ち尽くしていた。
 マリエッタはフィガロ皇子に顔を向けられず、苦しそうな表情で目を閉じ、声のする背後には決して振り返らなかった。

 ここにいるセラフィーナとマリエッタ以外の人間は、このフィガロ皇子を見つめながら皆同じことを思っている。それを最初に口に出したのはジョアン皇子だった。

「まさかフィガロなのか?」

 フィガロ皇子はジョアン皇子のことなど一瞥もせず、マリエッタの背中を見つめながら返事をした。

「だとしたら、私を殺すおつもりですか?」

 ジョアン皇子を素通りしてフィガロ皇子はマリエッタの正面まで進み出ると、ポケットからコインを取り出す。

「マリエッタ、真実の瞳だ」

「何も申し上げられません」

 マリエッタのまぶたは上がったが、依然俯いたままだった。

「初めて会った時、君は自らは何も喋らず、私の質問に答えるか、話に頷くだけだった。貴族の娘としては完璧で、正直、ああまたかと退屈で仕方なかった」

「なぜそんな昔の話を」

「会話が続かないから、私がたまたま持っていたコインを投げて君に裏か表か聞いたよね」

「……はい、そうでしたね」

「段々と君が声を出すようになって、今度はコインを投げて当てるだけじゃなく、当てた方の言う事を聞くゲームを始めた」

「……」

「君は大胆にも私に犬の鳴きまねをさせたり、私は君には無理だと思って虫を掴むように言えば、あっさり掴んできた。
 マリエッタの本来の姿がどんどん見えて来て楽しかったよ。だけど、それで君は家に帰れば怒られてしまったよね」

「……怒られてもいいくらい、殿下との時間が楽しかったのです」

 フィガロ皇子は持っていたコインを指で弾き、一度宙に浮いてから戻って来たコインを再び掴んだ。

「マリエッタ、君が酷い罰を受けた翌日、このコインゲームで私が君に勝って命令した言葉は覚えてる?」

「……はい。……君の……心の内を聞かせて」

「君は私にこう答えた。ありのままの自分を受け止め、許してくれる家族が欲しい。だから、私達は互いを偽らず、支え合おうと誓ったじゃないか」

 フィガロ皇子はマリエッタの手のひらにコインを乗せる。瞳のような模様のコインは、マリエッタを静かに見つめていた。

 裏切者の自分を真実の瞳が捕らえて離さない。大切な親友であり、本当の兄のように支えてくれるフィガロ皇子を裏切ってしまった。

 マリエッタは罪悪感に押しつぶされそうで、身体が震えだす。
 フィガロ皇子はマリエッタの手を握り、屈んでマリエッタの顔を覗いた。

「マリエッタ、私の目を見て。真実を聞かせて」

 マリエッタは恐る恐るフィガロ皇子の瞳をのぞく。彼の瞳には怒りや落胆の色はなく、今までと何も変わらない、マリエッタを思いやる気持ちが溢れていた。

「私の助けが必要なんじゃないか?」

 マリエッタは堪えきれなくなった涙を流し、首を縦に何度も動かした。

「おい、昔話は終わったか? マリエッタは私の婚約者なんだから、もう少し立場をわきまえるべきだと思うが」

 隣に座るジョアン皇子が退屈そうに二人を見ている。

 フィガロ皇子は立ち上がり、ジョアン皇子を見下ろす。

「大切な婚約者をここまで追い詰めて、恥ずかしくないのですか?」

 ジョアン皇子は鼻で笑った。

「追い詰めてなんかいない。マリエッタが私に献身的なんだ。もし彼女が望むなら私はいつだって婚約解消をしてもいい。ただ、二回も皇族との婚約話が消えた女に、果たして別の縁談がくるだろうか? マリエッタのご両親はさぞマリエッタに失望するだろうな」

 マリエッタは両親の名が出れば、染み付いているかのように身体がこわばっていた。
 ジョアン皇子はマリエッタの腰に手を回して抱き寄せた。

「さて、フィガロ。お前がそんな姿になっているという事は、やはりすでにセラフィーナに魔法が使えるようにしてもらったな?」

「この姿になったのはセラフィーナの力とは関係ない」

「そんな戯言はいらないよ。セラフィーナが破られた生命の書を修復できることを知ってる。ドロバンディ家はこの日の為にどれだけ書物を調べつくしたと思ってるんだ」

「この日?」

「セラフィーナをこちらに寄こせ。そうしたら、マリエッタをお前に渡し、婚約解消と代わりの嫁ぎ先も準備してやる。断るなら、婚約はマリエッタの皇族に対する裏切りで破棄とし、行先は生き地獄だ」

「自分の婚約者を交渉材料にして恥ずかしくないのか?」

「むしろお前の弱みを婚約者に据えていた自分が誇らしいよ」

「まさか、そんな事の為にマリエッタを……?」

「政略結婚は利用価値があってこそだろ」

 フィガロ皇子はカッとなり魔法を発動させようと手のひらを仰向けにした時、セラフィーナにその手を握られ止められた。

「フィー、だめよ。バルドさん達にも迷惑がかかる」

「気にすんなフィー。やっちまえ」

 バルドの声にジョアン皇子がパチンと指を鳴らす。

「あー、だめだよ。皇族にむかってやっちまえは。不敬罪だ」

 部屋の中にぞろぞろと護衛の人間が入ってきてバルドとラーラを拘束した。フィガロ皇子はジョアン皇子に怒りをぶつけた。

「彼らは何の関係もない、むしろ我々が守るべき民だぞ」

「じゃあ、お前が守れ。セラフィーナをこちらに渡せばいいだけだ。その女一人で、三人も救える」

 フィガロ皇子は唇を噛み締め、思考を巡らせた。誰一人、犠牲にしたくないと。
 そんなフィガロ皇子を理解してか、セラフィーナが自ら前に進み出た。

「別に一緒に行ってもいいけど、フィーも一緒よ。彼がいればあなたが望むバルトロの眠る場所にすぐに転移出来る」

「お前は転移出来ないのか?」

「勉強不足ね。付与魔法使いは転移は出来ないの」

「ならフィガロも一緒でもいいが、お前たちが逃げないようにセラフィーナと私の腕をロープで縛るからな」

「ええ、いいわよ」

 セラフィーナはジョアン皇子に片腕を差し出した。

「あと、もう一つ訂正するが、私がお前を連れて行きたい場所はバルトロ様が眠る場所じゃない」

「じゃあ、どこ?」

 ジョアン皇子は微笑しながら立ち上がる。セラフィーナに近づき、護衛に自分とセラフィーナの手首をしっかりとロープで結ばせた。

「バルトロ様がお前を探して彷徨っている場所だ。さあ転移しろ、フィガロ」



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