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33.アンジェロ
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階段を降り、暫く真っ直ぐ歩くと、無数の明かりに照らされた天井の高いホールに出た。壁にはずらりと本棚が並び、古そうな書物がびっしりと並べられている。ホール中央には棺と机が置かれており、その真上天井付近には青白い光の球がふわふわと浮いており、一本の糸のような物を垂らして棺の中に繋がっていた。
棺を近くで見れば、学校の正門にある門柱に描かれた魔法陣と同じものが描かれていた。
「セラフィーナ様、フィガロ様、この棺の中にアンジェロ大帝の遺体があります」
「遺体? アンジェロは眠っているのではなくて?」
「どういう状態かを一言で表すには難しです。アンジェロ大帝は不老不死ではないので、亡くなる直前に魂が肉体から離れないよう最後の魔法を掛けました。そして肉体が朽ちないように自分の死後の遺体処理を、医師で研究者だったスカリオーネの先祖に頼んだのです。魂は器が無くなると夜空の一部になってしまうでしょ?」
三人で棺の中を覗けば、そこで眠るアンジェロ大帝の姿にフィガロ皇子とセラフィーナが息を止める。
両手を胸に添え、安らかに眠るアンジェロ大帝は、真っ白になった髪に、しわだらけの顔や腕や手。目元はくぼみ、頬はこけ、肖像画の人物とは程遠い老人の姿だった。
それでもセラフィーナは愛おしそうな瞳でアンジェロ大帝を見つめ、優しく髪を撫でる。
「アンジェロ……こんなところで何をしているのよ」
涙を流すセラフィーナは、視線をゆっくりと胸元に移すと、アンジェロ大帝の左手の薬指にはめられた指輪に気づいた。アンジェロ大帝の右手は、指輪を大切そうに触れた状態で硬直していた。
セラフィーナは遺体から手を離し、一線をわきまえた。その表情は清々しく、涙を浮かべながらも凛々しい表情を見せていた。
「レリオ、アンジェロが魂をここに縛り付けた理由を教えて」
「アンジェロ大帝は不老不死となったバルトロを見つける前に自分の死が近づいていることを悟りました。バルトロを倒すためには、世界で唯一消えなかった自分の魔法が必要だと思い、古代の魔法が完全に記された生命の書をここに残すことにしたのです」
「じゃあ、どうやってそれを読み解くの?」
「私も伝え聞いているだけですが、大帝を目覚めさせると」
「アンジェロを……目覚めさせる……」
セラフィーナの大きく開かれた瞳が揺れ、フィガロ皇子は拳をギュッと握る。バルドの家では心を通わせて過ごしていたのに、今の二人の気持ちは天と地ほど異なっていた。
レリオはセラフィーナに尋ねた。
「セラフィーナ様の魔法で、あのつなぎ止められた魂を肉体に戻せますか?」
「やってみるわ」
セラフィーナは再びアンジェロ大帝の遺体に手を触れる。宙に浮かぶ魂を確認しながら様々な魔法を発動するが、これといって変化はない。
「こっちじゃないのかしら……ねえ、フィー、私をあの魂のところまで転移させてくれない?」
「天井近くに転移しても、すぐに落下するんじゃない?」
「何度も転移を掛けて一定時間浮遊して」
「わかった。やってみる」
フィガロ皇子は転移の為にセラフィーナと手を繋ごうとすると、セラフィーナに首を振られる。
「フィー、私の手はあの魂に接触しないといけないから、他の部分に接触して」
フィガロ皇子は天井に視線を移し、連続転移をイメージする。常にセラフィーナに触れていなければ彼女を落下させる危険がある。手を繋げなければこうするしかないと、セラフィーナの背後に立ち、彼女の腰に両腕を回してしっかり抱いた。
あんなにも心を高鳴らせた彼女の香りが、今は悲しみが湧きあがるほど胸を締め付ける。
「フィー、準備が出来たらお願い」
フィガロ皇子は初恋の香りを最後に吸い込むと、初めての連続転移を始める。最初は魂の近くまで転移はするが、セラフィーナが魂に触れる前にすぐに落下を始めてしまい、フィガロ皇子はセラフィーナを落とすまいと強く抱きしめながら再度転移を繰り返す。彼女の無事だけを考えていれば、胸の痛みなど忘れられた。
何度かの失敗を経て、ようやくセラフィーナが一定時間魂に触れる事が出来ると、彼女の魔法に魂が反応を始めた。青白かった光は強弱をつけながら色を変える。やがて魂は球体から人の形へと変化を始め、声のない声が聴こえ始めた。
“私の最も優秀な弟子セラフィーナ皇妃殿下。本当に良くやってくださいました”
「アンジェロ……? アンジェロよね?」
セラフィーナの歓喜が、密着した身体からフィガロ皇子に流れ込んでくる。フィガロ皇子はこれが最善だと必死に自分に言い聞かせた。
“セラフィーナ皇妃殿下には伝えなければならない言葉は沢山ありますが、もう時間がありません”
「大丈夫よ。今からあなたの魂を肉体へ戻すから」
人の形をした光は首を振る。表情はわからないが、悲しげな様子だけは伝わってくる。
“肉体は魂をつなぎ止めるためのただの重りです。死んだ身体に戻っても生き返ることは出来ない”
「じゃあどうやって生命の書を?」
“皇妃殿下がちゃんと連れてきてくれたではないですか。私の生命の書を受け継ぐ者を”
アンジェロの魂は、セラフィーナの後ろにいるフィガロ皇子を指差していた。
“私の遠い子孫だね。君の中に隠された私の生命の書を引き出し補完させてほしい。これはセラフィーナのページの修復とは違います。同じ生命の書を持つ者同士だけが受け継ぐことのできる魔法。さあ、私の中へ”
「あなたの……中に?」
フィガロ皇子がどうすればいいのか戸惑っていると、アンジェロの魂が人の形から扉に姿を変えた。
「フィー、私を降ろして。あなただけしか入れないわ」
フィガロ皇子は一度セラフィーナをレリオのもとまで戻し、自分だけまたアンジェロの魂のもとまで戻る。そして、扉を開ければ、真っ黒な闇に抗えない力で引きずり込まれてしまう。扉はフィガロ皇子を飲み込むとすぐに閉じた。
棺を近くで見れば、学校の正門にある門柱に描かれた魔法陣と同じものが描かれていた。
「セラフィーナ様、フィガロ様、この棺の中にアンジェロ大帝の遺体があります」
「遺体? アンジェロは眠っているのではなくて?」
「どういう状態かを一言で表すには難しです。アンジェロ大帝は不老不死ではないので、亡くなる直前に魂が肉体から離れないよう最後の魔法を掛けました。そして肉体が朽ちないように自分の死後の遺体処理を、医師で研究者だったスカリオーネの先祖に頼んだのです。魂は器が無くなると夜空の一部になってしまうでしょ?」
三人で棺の中を覗けば、そこで眠るアンジェロ大帝の姿にフィガロ皇子とセラフィーナが息を止める。
両手を胸に添え、安らかに眠るアンジェロ大帝は、真っ白になった髪に、しわだらけの顔や腕や手。目元はくぼみ、頬はこけ、肖像画の人物とは程遠い老人の姿だった。
それでもセラフィーナは愛おしそうな瞳でアンジェロ大帝を見つめ、優しく髪を撫でる。
「アンジェロ……こんなところで何をしているのよ」
涙を流すセラフィーナは、視線をゆっくりと胸元に移すと、アンジェロ大帝の左手の薬指にはめられた指輪に気づいた。アンジェロ大帝の右手は、指輪を大切そうに触れた状態で硬直していた。
セラフィーナは遺体から手を離し、一線をわきまえた。その表情は清々しく、涙を浮かべながらも凛々しい表情を見せていた。
「レリオ、アンジェロが魂をここに縛り付けた理由を教えて」
「アンジェロ大帝は不老不死となったバルトロを見つける前に自分の死が近づいていることを悟りました。バルトロを倒すためには、世界で唯一消えなかった自分の魔法が必要だと思い、古代の魔法が完全に記された生命の書をここに残すことにしたのです」
「じゃあ、どうやってそれを読み解くの?」
「私も伝え聞いているだけですが、大帝を目覚めさせると」
「アンジェロを……目覚めさせる……」
セラフィーナの大きく開かれた瞳が揺れ、フィガロ皇子は拳をギュッと握る。バルドの家では心を通わせて過ごしていたのに、今の二人の気持ちは天と地ほど異なっていた。
レリオはセラフィーナに尋ねた。
「セラフィーナ様の魔法で、あのつなぎ止められた魂を肉体に戻せますか?」
「やってみるわ」
セラフィーナは再びアンジェロ大帝の遺体に手を触れる。宙に浮かぶ魂を確認しながら様々な魔法を発動するが、これといって変化はない。
「こっちじゃないのかしら……ねえ、フィー、私をあの魂のところまで転移させてくれない?」
「天井近くに転移しても、すぐに落下するんじゃない?」
「何度も転移を掛けて一定時間浮遊して」
「わかった。やってみる」
フィガロ皇子は転移の為にセラフィーナと手を繋ごうとすると、セラフィーナに首を振られる。
「フィー、私の手はあの魂に接触しないといけないから、他の部分に接触して」
フィガロ皇子は天井に視線を移し、連続転移をイメージする。常にセラフィーナに触れていなければ彼女を落下させる危険がある。手を繋げなければこうするしかないと、セラフィーナの背後に立ち、彼女の腰に両腕を回してしっかり抱いた。
あんなにも心を高鳴らせた彼女の香りが、今は悲しみが湧きあがるほど胸を締め付ける。
「フィー、準備が出来たらお願い」
フィガロ皇子は初恋の香りを最後に吸い込むと、初めての連続転移を始める。最初は魂の近くまで転移はするが、セラフィーナが魂に触れる前にすぐに落下を始めてしまい、フィガロ皇子はセラフィーナを落とすまいと強く抱きしめながら再度転移を繰り返す。彼女の無事だけを考えていれば、胸の痛みなど忘れられた。
何度かの失敗を経て、ようやくセラフィーナが一定時間魂に触れる事が出来ると、彼女の魔法に魂が反応を始めた。青白かった光は強弱をつけながら色を変える。やがて魂は球体から人の形へと変化を始め、声のない声が聴こえ始めた。
“私の最も優秀な弟子セラフィーナ皇妃殿下。本当に良くやってくださいました”
「アンジェロ……? アンジェロよね?」
セラフィーナの歓喜が、密着した身体からフィガロ皇子に流れ込んでくる。フィガロ皇子はこれが最善だと必死に自分に言い聞かせた。
“セラフィーナ皇妃殿下には伝えなければならない言葉は沢山ありますが、もう時間がありません”
「大丈夫よ。今からあなたの魂を肉体へ戻すから」
人の形をした光は首を振る。表情はわからないが、悲しげな様子だけは伝わってくる。
“肉体は魂をつなぎ止めるためのただの重りです。死んだ身体に戻っても生き返ることは出来ない”
「じゃあどうやって生命の書を?」
“皇妃殿下がちゃんと連れてきてくれたではないですか。私の生命の書を受け継ぐ者を”
アンジェロの魂は、セラフィーナの後ろにいるフィガロ皇子を指差していた。
“私の遠い子孫だね。君の中に隠された私の生命の書を引き出し補完させてほしい。これはセラフィーナのページの修復とは違います。同じ生命の書を持つ者同士だけが受け継ぐことのできる魔法。さあ、私の中へ”
「あなたの……中に?」
フィガロ皇子がどうすればいいのか戸惑っていると、アンジェロの魂が人の形から扉に姿を変えた。
「フィー、私を降ろして。あなただけしか入れないわ」
フィガロ皇子は一度セラフィーナをレリオのもとまで戻し、自分だけまたアンジェロの魂のもとまで戻る。そして、扉を開ければ、真っ黒な闇に抗えない力で引きずり込まれてしまう。扉はフィガロ皇子を飲み込むとすぐに閉じた。
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