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36. アンジェロの意思を受け継ぎ
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「フィー……元の姿に戻ったのね」
フィガロ皇子は手をひらりと舞うように動かせば、袖丈の合ってなかった服が一瞬で十四歳のフィガロ皇子のサイズに整った。
「凄い……それは何の魔法?」
「説明している時間はない。さあ、急ごう」
フィガロ皇子はセラフィーナの両手を掴んだ。だが、その手にもう一人の手が重なる。
「フィガロ様、あなたが扉の中に入ってからどれくらい時間が進んだと思いますか?」
フィガロ皇子に尋ねたレリオの服装は、そういえば扉に入る前の服装とは違っていた。
「一日~二日経ってしまったとか?」
「半月だよ」
「半月!?」
「その間に大変なことが起きたんだ。フィガロ様の立太子宣言に、ジルベルタ側妃の率いるドロバンディ一族と、それを支持する貴族達が謀反を起こした」
「謀反とは、具体的には何を?」
「魔法を使うバルトロが姿を現し、ガレアータ山脈の麓の町を攻撃している」
「麓の町だって?」
フィガロ皇子は視線をセラフィーナにゆっくりと移した。
「バルドさん達の村が今激戦地になっている。皇帝陛下の国軍が戦っているけど、相手はバルトロ。間もなくあの村は地図から無くなり、バルトロは帝都まで進んでくる」
「すぐに行こう」
フィガロ皇子がセラフィーナの手を掴み転移した先の光景は、赤く燃え上がる村を守ろうと、村人たちが顔や身体を煤だらけにしながら、必死に水をかけて消火しているところだった。
その姿をあざ笑うかのように、ドロバンディ家の獅子の家紋が描かれた旗が、いくつも村を囲うようにはためいていた。
「バルトロ皇帝陛下はこの地が嫌いだそうです」
甲冑を着た兵士達に守られたジルベルタ側妃は、だから仕方ないといった様子で、何の悪びれる様子もなく兵士達に村を攻撃させる。
「気でも触れたのですか、ジルベルタ側妃!!」
フィガロ皇子の声が響くと、ジルベルタ側妃は手を上げて兵士達の動きを止めた。
シンッと張り詰めた空気に、ジルベルタ側妃の狂い笑った声が響き始めた。
「フィガロ皇子自らこの場に姿を現すなんて! なんてちょうどいい、死になさい」
ジルベルタ側妃は上げていた手を勢いよく振り降ろすと、フィガロ皇子の元に一斉に矢が放たれる。だがそれはフィガロ皇子の魔法の前では無意味である。
「ここにいたのか、セラフィーナ」
戦場の煙の向こうから、大きな影が近づいてきた。この唸るような低く恐ろしい声の正体はわかっていた。
「バルトロ……」
「どれだけお前が恋しかったか」
姿を現したバルトロは、ドロバンディ家に用意されたであろう服に身を包み、雪山で出会った野蛮人と同一人物とは思えないほど、まるで本当に皇帝のように身なりが整っていた。
バルトロはセラフィーナをじっとりとした目で見つめながらニヤつく。
「お前を見つけられなかったが、代わりに魔力を復活できる妖精をみつけたよ。その隣の男の周りからお前以外の黒い水の力が微かに見えたんだ。そしたらどうだ、あの場所には妖精がいた」
この言葉に顔色を悪くしたのはフィガロ皇子だった。
「まさか、あの湖に行ったのか?」
「ククッ、こればかりはアンジェロの奴に感謝せねばなぁ」
バルトロは見せつけるように魔法を放ち、ガレアータ山脈の麓の姿を変えていく。まるでアンジェロ皇帝の記憶の光景に重なり、フィガロ皇子は身震いした。
「おい、大魔法使い」
アンジェロ皇帝の記憶の声が耳に生々しく響く。まるで、本当にすぐ後ろから声を掛けられているように……。
「おい、フィー、フィガロ皇子、いや、フィガロ皇太子」
フィガロ皇子はその声にハッとして振り返ると、そこには顔や身体を煤だらけにしたバルドが立っていた。
「そうか……あなたは……」
フィガロ皇子は運命というものに胸を熱くする。歴史の歯車たちは、廻りまわってまた出会うことが出来るのだと。
生命の書で受け継がれた深く刻まれた願いや想いは、新しい歴史の歯車を生み出し、人々をより良い未来へと繋げ、廻していく。
「バルドさん、安心してください。この村も、この国も、私が守ります」
フィガロ皇子はバルトロの方へと向き直し、手の平に魔法の力を集めた。
目を瞑れば、アンジェロ大帝のあの日の光景が広がる。焦燥感と深い後悔の念。託された彼の深く刻まれた生命の書。
「大丈夫。今度は上手くやれる。あなたが残してくれたから」
そう呟いたフィガロ皇子は、全てのエレメントの魔法をバルトロ目掛けて発動していく。大魔法使いアンジェロの意思を継ぎ、想いを受け止め、フィガロ皇子は空に輝くアンジェロ大帝を弔うように集中してバルトロを仕留める。
土魔法で身体は拘束され、水魔法で身体中を氷漬けにされていく。動きを封じ込められたバルトロの周りを風が舞い始めた。
一連の魔法を見つめる群衆は、皆唖然とその光景を見つめるしかなかった。まさか、フィガロ皇子が魔法使いだと誰が思っていただろうか。
「皆、出来るだけバルトロから下がれっッ!!」
フィガロ皇子は自身の得意とする火の魔法を発動し、風魔法で一気にバルトロに火柱を上げた。轟々と燃え盛る炎の音はまるで地獄の業火のようで、低温から高温に一気に身体を変化させられたバルトロは断末魔を上げてバラバラに砕け散った。
そして、一片の肉片も残さぬよう、フィガロ皇子はバルトロを燃やしきる。
フィガロ皇子の魔法は被害を拡大させなかった。アンジェロ大帝が見つめた風景よりも、圧倒的に被害は少なかった。そして、バルトロが復活することはもう二度とない。
静まり返った戦場を、急にバタバタと動き出す群れがある。ドロバンディ家の者達だ。バルトロが消滅した今、この家の希望は絶え、むしろ今は世界で唯一の大魔法使いを前に処刑を免れる事しか考えられない。
帝国軍の者達が慌ててフィガロ皇子に指示を仰ぐ。
「皇太子殿下、あいつらを追いかけて討つようご指示ください」
「いや、全員を捕まえようとしても無駄だ。精鋭した者でジルベルタ側妃だけを追い、必ず捕まえて帝都の牢へ入れるんだ。彼女には兄達を暗殺した疑いもある」
「はっ!! 残りの兵はいかがなさいますか?」
「村人たちをすぐに助けるんだ。必要な資材や物資は惜しみなく城から運び込むように」
「はっ!!」
帝国軍やバルドや村の人々は慌ただしく動き始めた。フィガロ皇子は魔法を使いすぎて息を切らせていると、ポンと肩に華奢な手が乗る。その手のひらからは、フィガロ皇子の身体に巡るように力が注ぎ込まれてくる。
「フィー、ありがとう。次は私よ」
フィガロ皇子が隣に立ったセラフィーナを見れば、彼女は緊張した面持ちでフィガロを見つめていた。自分の肩に乗せられた手はだんだんと震え始めている。
「次って?」
「約束したでしょ。バルトロを倒したら、私を燃やしてと」
フィガロ皇子は手をひらりと舞うように動かせば、袖丈の合ってなかった服が一瞬で十四歳のフィガロ皇子のサイズに整った。
「凄い……それは何の魔法?」
「説明している時間はない。さあ、急ごう」
フィガロ皇子はセラフィーナの両手を掴んだ。だが、その手にもう一人の手が重なる。
「フィガロ様、あなたが扉の中に入ってからどれくらい時間が進んだと思いますか?」
フィガロ皇子に尋ねたレリオの服装は、そういえば扉に入る前の服装とは違っていた。
「一日~二日経ってしまったとか?」
「半月だよ」
「半月!?」
「その間に大変なことが起きたんだ。フィガロ様の立太子宣言に、ジルベルタ側妃の率いるドロバンディ一族と、それを支持する貴族達が謀反を起こした」
「謀反とは、具体的には何を?」
「魔法を使うバルトロが姿を現し、ガレアータ山脈の麓の町を攻撃している」
「麓の町だって?」
フィガロ皇子は視線をセラフィーナにゆっくりと移した。
「バルドさん達の村が今激戦地になっている。皇帝陛下の国軍が戦っているけど、相手はバルトロ。間もなくあの村は地図から無くなり、バルトロは帝都まで進んでくる」
「すぐに行こう」
フィガロ皇子がセラフィーナの手を掴み転移した先の光景は、赤く燃え上がる村を守ろうと、村人たちが顔や身体を煤だらけにしながら、必死に水をかけて消火しているところだった。
その姿をあざ笑うかのように、ドロバンディ家の獅子の家紋が描かれた旗が、いくつも村を囲うようにはためいていた。
「バルトロ皇帝陛下はこの地が嫌いだそうです」
甲冑を着た兵士達に守られたジルベルタ側妃は、だから仕方ないといった様子で、何の悪びれる様子もなく兵士達に村を攻撃させる。
「気でも触れたのですか、ジルベルタ側妃!!」
フィガロ皇子の声が響くと、ジルベルタ側妃は手を上げて兵士達の動きを止めた。
シンッと張り詰めた空気に、ジルベルタ側妃の狂い笑った声が響き始めた。
「フィガロ皇子自らこの場に姿を現すなんて! なんてちょうどいい、死になさい」
ジルベルタ側妃は上げていた手を勢いよく振り降ろすと、フィガロ皇子の元に一斉に矢が放たれる。だがそれはフィガロ皇子の魔法の前では無意味である。
「ここにいたのか、セラフィーナ」
戦場の煙の向こうから、大きな影が近づいてきた。この唸るような低く恐ろしい声の正体はわかっていた。
「バルトロ……」
「どれだけお前が恋しかったか」
姿を現したバルトロは、ドロバンディ家に用意されたであろう服に身を包み、雪山で出会った野蛮人と同一人物とは思えないほど、まるで本当に皇帝のように身なりが整っていた。
バルトロはセラフィーナをじっとりとした目で見つめながらニヤつく。
「お前を見つけられなかったが、代わりに魔力を復活できる妖精をみつけたよ。その隣の男の周りからお前以外の黒い水の力が微かに見えたんだ。そしたらどうだ、あの場所には妖精がいた」
この言葉に顔色を悪くしたのはフィガロ皇子だった。
「まさか、あの湖に行ったのか?」
「ククッ、こればかりはアンジェロの奴に感謝せねばなぁ」
バルトロは見せつけるように魔法を放ち、ガレアータ山脈の麓の姿を変えていく。まるでアンジェロ皇帝の記憶の光景に重なり、フィガロ皇子は身震いした。
「おい、大魔法使い」
アンジェロ皇帝の記憶の声が耳に生々しく響く。まるで、本当にすぐ後ろから声を掛けられているように……。
「おい、フィー、フィガロ皇子、いや、フィガロ皇太子」
フィガロ皇子はその声にハッとして振り返ると、そこには顔や身体を煤だらけにしたバルドが立っていた。
「そうか……あなたは……」
フィガロ皇子は運命というものに胸を熱くする。歴史の歯車たちは、廻りまわってまた出会うことが出来るのだと。
生命の書で受け継がれた深く刻まれた願いや想いは、新しい歴史の歯車を生み出し、人々をより良い未来へと繋げ、廻していく。
「バルドさん、安心してください。この村も、この国も、私が守ります」
フィガロ皇子はバルトロの方へと向き直し、手の平に魔法の力を集めた。
目を瞑れば、アンジェロ大帝のあの日の光景が広がる。焦燥感と深い後悔の念。託された彼の深く刻まれた生命の書。
「大丈夫。今度は上手くやれる。あなたが残してくれたから」
そう呟いたフィガロ皇子は、全てのエレメントの魔法をバルトロ目掛けて発動していく。大魔法使いアンジェロの意思を継ぎ、想いを受け止め、フィガロ皇子は空に輝くアンジェロ大帝を弔うように集中してバルトロを仕留める。
土魔法で身体は拘束され、水魔法で身体中を氷漬けにされていく。動きを封じ込められたバルトロの周りを風が舞い始めた。
一連の魔法を見つめる群衆は、皆唖然とその光景を見つめるしかなかった。まさか、フィガロ皇子が魔法使いだと誰が思っていただろうか。
「皆、出来るだけバルトロから下がれっッ!!」
フィガロ皇子は自身の得意とする火の魔法を発動し、風魔法で一気にバルトロに火柱を上げた。轟々と燃え盛る炎の音はまるで地獄の業火のようで、低温から高温に一気に身体を変化させられたバルトロは断末魔を上げてバラバラに砕け散った。
そして、一片の肉片も残さぬよう、フィガロ皇子はバルトロを燃やしきる。
フィガロ皇子の魔法は被害を拡大させなかった。アンジェロ大帝が見つめた風景よりも、圧倒的に被害は少なかった。そして、バルトロが復活することはもう二度とない。
静まり返った戦場を、急にバタバタと動き出す群れがある。ドロバンディ家の者達だ。バルトロが消滅した今、この家の希望は絶え、むしろ今は世界で唯一の大魔法使いを前に処刑を免れる事しか考えられない。
帝国軍の者達が慌ててフィガロ皇子に指示を仰ぐ。
「皇太子殿下、あいつらを追いかけて討つようご指示ください」
「いや、全員を捕まえようとしても無駄だ。精鋭した者でジルベルタ側妃だけを追い、必ず捕まえて帝都の牢へ入れるんだ。彼女には兄達を暗殺した疑いもある」
「はっ!! 残りの兵はいかがなさいますか?」
「村人たちをすぐに助けるんだ。必要な資材や物資は惜しみなく城から運び込むように」
「はっ!!」
帝国軍やバルドや村の人々は慌ただしく動き始めた。フィガロ皇子は魔法を使いすぎて息を切らせていると、ポンと肩に華奢な手が乗る。その手のひらからは、フィガロ皇子の身体に巡るように力が注ぎ込まれてくる。
「フィー、ありがとう。次は私よ」
フィガロ皇子が隣に立ったセラフィーナを見れば、彼女は緊張した面持ちでフィガロを見つめていた。自分の肩に乗せられた手はだんだんと震え始めている。
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