深く刻まれた皇妃への想い

さくらぎしょう

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13.シャドウの飼い主が好きなもの

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 濃くなった緑の葉がそよぎ、きらきらと陽射しが揺れる。
 目を瞑ったセラフィーナはフィガロ皇子の両手を握っていた。息切れをしていたフィガロ皇子の荒い呼吸はどんどん治り、顔色も良くなって疲労感は消え去る。

 セラフィーナが目を開ければ、同じ目線にフィガロ皇子の瞳があった。まだあどけない少年の面影は残しつつも、いつの間にか髪は伸び、顔や身体の丸みが消えつつある。

 懐かしいあの人に近づいていく少年の姿に、セラフィーナは物悲しさを感じていた。
 
「セラ?」

 首をかしげたフィガロ皇子が、微動だにしないセラフィーナに声を掛ける。
 フィガロ皇子を静かに見つめていたセラフィーナは、ネジが巻かれたかのようにいつもの表情に戻った。

「火と風の魔法をもう融合出来るなんて、大したものね。これならもうセラ峠に向かっても戦えそう」

「まだ本格的な夏を迎えていないよ?」

「あら、フィーの転移は最近は誤差も出ないし、魔法も予想以上に使いこなせてる。夏を待って徒歩で向かう必要もなくなったでしょ」

「ああ、転移すればいいのか。それなら、セラの目的地にもすぐに行けるじゃないか」

「そうねぇ……フィーは東ガレリア王国の王宮跡地がどこか知ってる?」

「いや、知らない。いずれ家を出る身だしと思って歴史は学校で学ぶ程度で、皇太子ほど詳細には学ばずとも大丈夫かと思ってたから……」

「まあ、それはそうよね。しかも九百年も前に消えた王国の詳細なんか。
 どこに行くか座標をイメージ出来なければ、目的地とは大幅にズレた位置に転移するし、徒歩で行くにしても東側の地図は絶対手に入れたいのよね。九百年も経ってるから、地図を見ても正確な位置がわかるかわからないけど、たぶん、大体の位置ならわかるはず。地図を手に入れるためにも、やっぱりバルドさんから旅の資金は援助してもらわないと……」

「……ねぇセラ、ちなみにリーアさんを見つけたとしても、もう二年も経ってる。つまり、その……リーアさんってどうやって確認するつもりなの?」

「スノーベアは捕まえた獲物は必ず巣まで持ち帰って保存するの。おそらく身につけていたものが巣にある可能性が高いから、まずはそれを持ち帰るのが目標ね。正直遺体として残ってるとは期待できないけど、骨が服のそばにあれば、それだと信じて持ち帰るしかないわ」

「そうか……」

「それだけでも、バルドさんとラーラさんには意味のあることだと思うわ」

「うん、そうだね」

 フィガロ皇子は神妙な面持ちで頷いていた。

「スノーベアを見つけたらフィーが攻撃魔法でスノーベアが逃げるように仕向けて。巣穴を突き止めるのが先よ。だから、間違っても早々に倒しちゃだめ。逃走させるくらいの攻撃をして」

「す……凄い難しそうだね」

 弱腰になったフィガロ皇子に、セラフィーナはさらりと言い放つ。

「大丈夫よ。私がついてるじゃない」

 セラフィーナの黒髪が風に吹かれ、明るい新緑の中で舞った。
 彼女の言葉に特別な意味があるわけじゃない。そうわかっていても、フィガロ皇子は思わず微笑んでしまうほど嬉しかった。

 セラフィーナは大きなあくびをする。

「ふぁあぁ~……フィーのレベルがどんどん上がるから、私の魔力消費量も凄くて、今すぐ自分の回復が必要だわ。さ、もう帰りましょう。休日が終わっちゃう。帰ってお昼寝したら、バルドさんに明日には向かうと話をしましょう」

 二人は手を繋ぐと、転移魔法でパッと部屋に戻った。
 フィガロ皇子は戻ったばかりの部屋の窓から強い視線を感じて顔を向けると、シャドウが外から窓越しにフィガロ皇子をジッと睨んでいた。

「わあ!! ごめん、シャドウッ!!」

 慌てて窓を開けに行くと、シャドウは手紙をくちばしに咥えたままハンガーポールに飛び乗る。

 フィガロ皇子はシャドウから手紙を受け取ろうとしたら、プイッと首を横に背けられてしまった。

「ごめんよ、シャドウ。あ、そうだ、良いものをあげるよ!」

 フィガロ皇子はそう言って部屋を出て行くと、階段を駆け降りる足音が響いた。遠くなった足音が、また大きくなって戻ってくると、息を切らせてフィガロ皇子が部屋に戻って来た。そしてシャドウにアプリコットの実がついた枝を差し出す。シャドウは黒い羽をパササッと軽く上下させて喜びを表現してから、手紙をポトリと床に落とし、開いた口でアプリコットの枝を咥えた。

 その様子を見て驚いていたのが、シャドウと長年連れ添っているセラフィーナだった。

「木の枝を喜ぶなんて、シャドウは巣作りでもしてるの?」

「セラ、シャドウが喜んでくれたのはアプリコットの方だよ」

「アプリコット? シャドウは何でも食べるのね。知らなかったわ」

「でもね、アプリコットだけ渡してもダメなんだ。こうやって枝についた果物を喜んでくれる。僕も最近知ったんだ」

 シャドウは大きく羽を広げて、窓の外へ飛び立って行った。

「セラは今までシャドウに何を与えてたの?」

 フィガロ皇子の質問はセラフィーナには痛いところを突く質問だったようで、眉尻を下げて苦笑した。

「釈明のようだけど、私とシャドウは食べなくても死なないし、何かをあげたい欲求が湧いても、あの部屋にいたから何もあげられなかった。むしろシャドウの方が色々持ってきてくれたから、面倒をみてもらっていたのは私の方。そもそも、シャドウは私を飼い主とは思っていないし」

「ダメだなんて……セラを飼い主だと思ってるから追いかけてきたんだよ。シャドウは不老不死でも自由に外を飛び回れたから、セラよりも恵まれていた。きっと食べたいときは好きなものを食べていただろうし、だから九百年の間に偶然口にした果物が美味しかったのかも」

「ありがとう。でも折角外に出たから、私があの子にできることも探してみるわ」

「いいね」

 フィガロ皇子は屈託のない笑顔で親指を立ててから、手に持っていたアプリコットの実をセラフィーナに渡す。

「はい、セラにも。アプリコットは好き?」

「嫌いじゃないわ」

「じゃあ、食べて。洗ってあるからそのままガブリと」

 渡されたアプリコットからは甘い香りが漂ってくる。冷たい井戸水で洗ってくれたようで、ひんやりとしていて、表面が濡れた様子がより一層みずみずしさを引き立てて美味しそうに見えた。
 セラフィーナはガブリと食べた。

「んん~、甘酸っぱくて美味しい。この味懐かしい」

「昨日バルドさんと近所のおばあさんちの庭掃除の手伝いに行ったんだ。立派なアプリコットの木があるお家で、セラとシャドウにあげたくて、頼んで貰ってきたんだよ」

「ふふ、フィーは本当に優しい子ね。本当の弟だったらいいのに」

「……弟?」

「息子の方が良かった?」

「いや、もっと嫌かな」

 フィガロ皇子は拗ねた様子で口元を膨らませてセラフィーナを見ている。

「思春期の子は扱いが難しいわね。それより手紙を読んだら? 私は少し寝るからゆっくり読んで」

 セラフィーナはそう言って、大きなあくびを一つしてからベッドに向かい、カーテンを閉めた。数秒後にはすやすやと寝息まで聴こえて来た。

「よっぽど疲れさせちゃったんだなあ……」

 フィガロ皇子は手紙を開き、中身を読む。差出人はメアリー。つまり、マリエッタだ。
 読み終わる頃には、フィガロ皇子の表情は少し浮かない様子に変わっていた。

 フィガロ皇子は手紙を魔法で燃やした。
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