深く刻まれた皇妃への想い

さくらぎしょう

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14. セラフィーナの想い人

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 昼寝をしたセラフィーナの眠りは深く、夕食の時間になっても部屋から降りて来なかった。 
 テーブルにはすでにバルドさんとラーラさん、そしてフィガロ皇子が着席していたが、三人とも食事には手をつけず、視線を天井に向けていた。

「セラは体調でも悪いのか?」

 心配そうに天井を見上げるバルドに、隣に座るフィガロ皇子が声を掛けた。

「ちょっと疲れてるだけだよ。僕、起こしてくるね」

「あまり無理に起こさなくてもいいからな」

 フィガロ皇子は階段を上がっていき、部屋をノックした。中からは返事がないので、まだセラフィーナは眠っているようだった。

 そっと扉を開けると、苦しそうな寝息が聞こえた。

 心配になったフィガロ皇子はカーテンの前まで足早に向かい、立ち止まる。
 この仕切りを越えたことは一度もなく、ましてや眠る女性を覗くなんてしてはいけない事ではないかと悩んだ。だが、またセラフィーナの苦しそうな声が聞こえ、フィガロ皇子は居ても立ってもいられずカーテンを開けた。

 びっしょりと寝汗をかいたセラフィーナは、苦しそうな表情で小声で何か呟いている。

 フィガロ皇子はセラフィーナを悪夢から起こそうと、ベッドの横で膝立ちし、少しだけ力を入れて肩を揺すった。

「セラ、起きて。目を覚まして」

 普通なら肩を揺すられて、声を掛けられれば起きるだろう。しかしセラフィーナは起きる気配がない。

 フィガロ皇子は困り果て、鬱陶しそうに伸びてきた髪をかき上げると、セラフィーナの頬に涙が伝うのが見えた。

「行かないで……お願いよ、アンジェロ」

 フィガロ皇子の目は開き、不穏な心拍数が上がってきた。その間も、セラフィーナは何度もアンジェロの名を呼んでいた。その様子は、少年でも察しがつくほど、セラフィーナがアンジェロに恋をしているということがわかった。

 フィガロ皇子はセラフィーナの手を再び両手で握りしめた。

「私は……フィガロだよ」

 フィガロ皇子は乞うように声を出すが、それでもセラフィーナは夢から戻ってはくれず、子どものようにアンジェロを求めては涙を流し続ける。

 フィガロ皇子は指で優しく彼女の涙を拭い、頭を撫でた。

 目の前で好きな人が、違う誰かを想って涙を流している。

 ガレアータ帝国初代皇帝アンジェロ・ヴァレリアーニの姿は、城に飾られた肖像画で何度も見た。
 歴代の皇帝は筋肉質で体格の良い男達が並ぶ中、初代皇帝だけが異彩を放っていた。

 繊細な骨格に目鼻立ちが整った中性的な顔立ちで、長い睫毛から覗く透き通ったブルーアイが真っ直ぐにこちらを見つめており、肖像画の前に立つ者の心をとらえて離さなかった。
 豊かなシルバーの長いウェーブヘアーは、女性的な妖艶さを垣間見せ、しかし意思の強さが現れた表情は、皇帝としての堂々たる品格を感じさせた。

 彼だけが魔法使いだったため、その後の皇帝達と違い、身体を鍛えるような訓練はしなかったのだろう。
 その姿は魔法そのもの、別次元の生き物のようだった。

 フィガロ皇子は成長するにつれて肖像画の容姿に似ている部分が際立つようになり、以前までは偉大な皇帝に似ることはとても誇らしく嬉しかった。

 なのに、今は自分がアンジェロの姿に近づき始めていることに拒否感が芽生えている。

 数年後、成長した自分の姿形がアンジェロと良く似ていたら、セラフィーナは永遠に自分を通してアンジェロを見続けるのだろうか……。

「ねえ……私はアンジェロじゃなくてフィガロ・ヴァレリアーニだ。だから、絶対にあなたを置いてはいかない」

 フィガロ皇子はセラフィーナの手を取り、その手の甲にそっと頬擦りをする。

「アンジェロに似たフィガロは嫌だな……」

 フィガロ皇子はゆっくりと立ち上がり、カーテンを再び閉めて、机に向かう。引き出しからハサミを取り出すと、そのまま部屋を出て行った。

 その後どれくらい経ったのか、セラフィーナは目が覚めると、部屋の中はすでに暗く、自分が寝過ぎたことに気づくと慌てて下の階へと降りて行く。お腹は空かないが、この家でのルーティンは守っているのだ。

 ちょうどキッチンからフィガロ皇子が出てきて鉢合わせすると、セラフィーナは驚きの声をあげた。

「フィー! その髪型、どうしたの?」

 フィガロ皇子の伸びっぱなしだった髪は、バッサリと切られ、出会った頃よりもさらに短いシルバーのショートヘアになっていた。

「伸びてきてたから切ったんだ。失敗しちゃって、ラーラさんが綺麗に手直ししてくれたんだ。どう? これくらい短いのも似合うよね?」

 フィガロ皇子は笑顔を作ってみたが、表情が反抗するかのようにこわばる。
 そんなフィガロ皇子の様子に気づいていないセラフィーナは、目を輝かせて前のめりに頷く。

「ええ、もちろん! とっても似合ってる! 私はその方が好き」

「え? 本当?」

「とっても爽やかだもの」

「長くなくてもいいの?」

「なんで長くないといけないのよ」

「いや……だって……」

「だって?」

 フィガロ皇子が口籠もってモタモタしていると、キッチンからラーラが出てきた。

「あらセラ! やっと起きたんだね。お腹空いてるだろ? 今スープを温めなおすから、席について待っといで」

「わざわざまた火を起こさなくても、そのままでいいわ」

「温かい方が美味しいに決まってる。フィーにもハーブティーを入れてあげるから一緒に待ってな」

 ラーラが二人にウインクをしてからキッチンに戻ると、セラフィーナとフィガロ皇子はダイニングで席に着いて待った。

「すっかり夜になってたわ。バルドさんに話せないまま明日を迎えそう」

「そしたら、セラ峠は明後日になるの?」

「まさか、明日よ」

 そんな話をしていたら、扉が開いてバルドが入ってきた。

「何が明日だ?」

「バルドさん、ちょうど良かった。話があるの」

「なんだ、またリーアのことか? だめだ、だめだ」

「絶対に大丈夫だから。フィーには特別な力があるの」

「特別な力?」

「魔法が使えるのよ」

 バルドは唖然としてセラフィーナを見ていた。

「どんな事を言うかと思えば、魔法はないだろ。二人がセラ峠を越えて東側に向かう時はちゃんと資金や物資を渡す。でも、スノーベアを倒すとか、リーアを連れ帰るとか、そんなことしなくても面倒見てやるから、もう考えなくていい」

「私たちが行きたいの」

 食いつくセラフィーナに向かってバルドは威圧感たっぷりに立ち塞がった。

「もう、やめろ」

 バルドは初めてセラフィーナを睨んだ。空気は凍りつき、セラフィーナもそれ以上は何も言えなかった。

 バルドが部屋を出て行ったあと、セラフィーナはフィガロ皇子の腕を掴んで自分の方へ引っ張り、隣のキッチンにいるラーラに聞こえないよう、フィガロ皇子の耳に手を当て顔を近づけた。

 あまりの密着具合にフィガロ皇子は緊張して呼吸ができなかった。

 セラフィーナの息が耳に掛かるだけで胸の中が熱くざわめいた。

「早朝、黙って行くわよ」

 予想外の耳打ちに、フィガロ皇子は咄嗟にセラフィーナに顔を向けた。

 セラフィーナの顔が目と鼻の先にある。緊張と混乱で口をぱくつかせるだけで精一杯だった。

 セラフィーナがにっこりとフィガロ皇子に微笑んだ時、ラーラが夕食とハーブティーを持ってきてしまい、話はそこで終わった。







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