元ヤン辺境伯令嬢は今生では王子様とおとぎ話の様な恋がしたくて令嬢らしくしていましたが、中身オラオラな近衛兵に執着されてしまいました

さくらぎしょう

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8. 前世の記憶

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 少し重めのガラスのドアを、客がグッと押して入店してきた。客と共に入ってくる外の空気は生温く、夏独特の夜の香りがする。ゆかりは店内の冷気が逃げないようにドアを閉めに行こうと身を乗り出したが、客が手を離したドアは自らの重みでゆっくりと元の位置に戻った。

 「ゆかりちゃん、外に貼り出してるポスター剥がしてきてくれる? あのキャンペーン今日で終わりだから。剥がすの少し早いけど、遅番の人に任せると忘れるからさ」
 「了解です、店長」

 ゆかりは、コンビニ内の一番奥にある飲料売場の上に掛けられた時計を見た。あと五分程で深夜帯の人達と交代の時間だ。足早に店外に出ると、湿気を帯びたむわっとした空気が肌に触れ、バイクを空ぶかしする爆音と共にエンジンの匂いが鼻をかすめた。音が聞こえてくる店の角に目を向けると、シートの背もたれがやたらと長い改造バイクが沢山止まっており、特攻服を着た奴らがたむろっている。ポスターが貼られている位置は彼らの方向に向かって歩かないといけない。
 
 ゆかりは地元では有名なヤンキーだ。茶色に染めた長い髪に、細い眉毛、ピアスを開けて、化粧もしている。ただし、母親が高級クラブのママをやっているだけあり、その血を受け継いだゆかりも顔立ちは整い、十六には見えない大人っぽさがあり、同じ不良でなくとも惚れる男はかなり多かった。だが告白は殆どされない。何故なら彼女を怒らせると怖く、何かあればキックボクシングで培ったキツイ一発を食らわせてくるからだ。美人な最恐ヤンキーとしてその名は通っていた。
 
 そんなゆかりだが、基本は平和主義である。ヤバそうな連中に自ら近づいたりはしない。コンビニでたむろう暴走族など絶対に関わりたくない。なので目を合わせないように、顔を横に向けてガラス張りの店内を覗きながら歩き、ポスターを乱暴にベリッと剥がすと、駆け足で入口まで戻った。
 
 店のドアノブに手をかけると急にドアが引かれて、ゆかりはそのまま扉と共に前に引っ張られ、ドアを引いた客のがっしりとした胸板に抱き止められてしまう。その身体からは甘めの香水とたばこの香りが入り混じった匂いがした。
 
 「すいませんっ」と言って、慌てて客から離れると、目に飛び込んできた姿は真っ黒な特攻服を着た背の高いいかつい男だった。絶対に関わってはいけない空気を出しているのに、ゆかりは彼から目が離せない。日本人離れした体型に、おそらく白人系のルーツもあるであろう顔立ちは、彫が深く彫刻のように美しい。暴走族をしていなければ、普通にモデルか芸能人にでもなっていそうだ。
 たむろっている同じ特攻服を着ている仲間達は、茶髪のロン毛やブリーチされた金髪など派手な頭が多い中、彼だけは黒い髪をオールバックにして硬派なイメージを出していた。
 
 「なに?」

 ゆかりは露骨に凝視しすぎてしまったようで、睨まれてしまう。

 「いっ……いえ、何でも」

 目を逸らして道を譲ると、特攻服の男は仲間達の元に怠そうに歩いていく。

 「ヤマトさん!」

 男は仲間達からそう呼ばれていた。

 (そっ、その容姿でヤマト!?)

 ゆかりはドアノブに手を触れた状態で立ち止まり、無意識に男の方に顔を向けてしまう。
 
 ——息が止まりそうになった。

 ヤマトは店の窓ガラスに寄りかかって煙草の煙を燻らせながら、ゆかりをジッと見ていた。目が合うと、少し顎を上げて軽くふーっと煙を吹く。その際もずっとこちらを流し目で見ていた。その目は鋭く、精悍で、とても美しかった。
 彼が顔を動かすと、両耳につけたシルバーリングのピアスがきらりと光る。

 ゆかりは心臓の音をドクドク鳴り響かせながら、慌てて店の中に戻って行く。
 店の中に戻りながらヤマトの目を思い返すと、心の声が聞こえてくる。
  
 (……似てる……)

 目の前の景色が急に暗くなり、どこかに引き戻される感覚がした。

 (……似てる? 誰に??)
 
 グレースは目が覚めて飛び起きた。

 朝の光が差し込む窓は高さのある大きな開戸で、外からは鳥の囀りが聞こえる。
 
 部屋の中を見回すと、豪華なシャンデリアに、曲線美の美しいロココ調の家具、建物は石造りで、先程夢で見た世界観とはまったく違う。

 部屋に掛けられた大きな鏡に自分の姿が映っていた。滑らかな紫色の長い髪は寝起きだというのに乱れが少なく、少しつり目な目元と、血色の良いぷっくりとした肉厚な唇が、大人びた妖艶な雰囲気を作り出している。

 (ああ、そうか、私はグレースだ。あれは前世の夢だ)

 先ほどの夢……思い返すと胸がズキンと痛む。

 (大和やまとの顔と記憶をあんなにハッキリ思い出すなんて……)



 ♢♢♢



 ダイニングルームでは両親とジブリールがテーブルを挟んで座っている。既に朝食の準備は整っており、あとは食べ始めるだけなのだが、グレースが中々起きてこない。ロザリオ侯爵家では、朝と夜は基本的には家族揃っていただく。

 「……先にいただくとしようか」

 ロザリオ侯爵の一言に、夫人とジブリールは頷きながらナイフとフォークを手に取る。

 「グレースって元々活発な子でしたけど、いつからあんなに口や素行が悪くなったんでしたっけ?」

 ジブリールは視線を落とし、ナイフで肉を切りながら両親に話しかけた。そしてその質問に両親はお互いに目を合わせる。ジブリールの質問に答えてくれたのは父だった。

 「十三歳位の時からだったかな? まあ、まだグレースは思春期なんだろう。誰だってその時期は反抗的になるものだ」

 ジブリールは口に入れようとした肉を一度止めて、父の目を見て言い返す。

 「いやいや、口の悪さと態度が、反抗期なんて可愛いもんじゃないでしょ」
 「別に常に素行が悪いわけではない。社交界デビューした後は、素行が悪くなるのはガウルの前くらいで、他では令嬢らしく振る舞う努力をしていたぞ」
 「それは王太子殿下の為に猫を被ってたんでしょ? もう諦めたのか、最近は堂々と素行の悪さを出す日が増えてますよ」
 「あー、私が殿下は諦めろと言ったなぁ」
 「言わなきゃよかったのに」

 夫人は二人の会話をよそにして扉の方をチラチラと見ている。まだ姿を現さないグレースを心配していた。

 「……あの時も、今日みたいに中々起きてこなくて……ほら、グレースが反抗期の様な態度を取り始めた最初の日です」

 夫人が心配そうな目を、夫ロザリオ侯爵に向ける。

 「よく最初の日なんて覚えてるな?」
 「あの日は人が変わったようだったので、良く覚えています」

 夫人は部屋の隅に待機している使用人を手招きで呼び、グレースの部屋まで侍女と共に朝食を運ぶ様に指示した。

 グレースには既婚者の侍女ディアナがいる。多くの侍女は結婚と共に退職をするのだが、彼女の結婚相手は領主軍のガウルであった。いわゆる職場内結婚である。軍人の夫は忙しく、家に帰れない日もある。それなら、侯爵家でこのまま働かせて欲しいと本人からの希望があった。ディアナは侍女の仕事に生き甲斐を感じ始めていたし、何よりここにいたら、少しでも多くの時間を夫の近くで居られると思った。

 ディアナが使用人を伴ってグレースの部屋まで朝食を運ぶ。

 「お嬢様、朝食をお持ちいたしました」

 ディアナは扉をノックしてから開くと、グレースはちょうどベッドから降りようとしていた。ディアナが扉を支えて朝食を運ぶ使用人を先に中へ通すと、カチャカチャと音を鳴らしながら朝食の良い香りが部屋の中に漂った。

 「わざわざ部屋までありがとう」
 「おはようございます。今朝はお部屋でゆっくり朝食をと、奥様からご伝言でございます」
 「ああ、それは助かるわ」
 
 グレースは苦笑いして、使用人が準備してくれている朝食の席に着く。

 「それと、お手紙が二通届いております」

 ディアナはテーブルの上に二通の手紙を置いた。グレースは先に置かれた一通を手に取り目を通す。

 「トラヴィス様からだわ……」

 “親愛なるグレース嬢 この度は事件解決にご尽力いただきありがとうございました”
 
 それは、事件の犯人を捕まえた事への感謝の気持ちが綴られており、取り調べは順調に進んでいる事などが書かれていた。
 セニ嬢は社交界デビューの後、身分と資産をかなり気にするようになった。自分の暮らしていた町では自分が最も豊かな家の令嬢だったのに、社交界のパーティーに行ったら一番下になってしまった。元々自信家の負けず嫌いだったのだろう、虚栄心を満たす為にお金が必要だったようだ。魔石の粉は、父親が魔石の採掘事業に携わっていた為、そこからくすねていたそうだ。売人の仕事は手っ取り早く大金が手に入るだけでなく、今まで自分を相手にもしなかったような高位貴族達からちやほやされるきっかけにもなり、彼女は麻薬を使用するのではなく、麻薬を売る行為に快感を感じて耽溺してしまった。

 「こうして手紙をくださるなんて、トラヴィス様は律儀な方ね」

 グレースはトラヴィスの手紙をテーブルに置き、次にもう一枚の手紙を手に取って開いた。それはビリーからの手紙であった。

 “王太子殿下の用命でそちらに行く”

 文章はたったそれだけだった。
 
 あの事件のパーティーから既に二週間以上経過しており、やっとフランソワとの出来事を気に留めることもなくなってきた頃なのに、王太子という単語を目にして思わず唇を指でなぞってしまった。ここに彼は居ないはずなのに、あの甘い香水の香りが纏わりつき、王太子の顔が近づいてくる白昼夢まで見えてきた。

 グレースは落胆した。

 「なぜ……しっかり唇の感触を覚えておかなかったんだろう……」

 グレースは王太子がキスした瞬間に思考回路がショートしたので、そこから先は記憶が朧気である。思い出せるのは彼の香りと、自分の心臓の爆音だけだった。フランソワの行動の真意がわからず混乱し、そして自分自身の気持ちもわからなくなり、しばらくは悶々とする日々を過ごしていた。

 扉をノックする音がした。
 ディアナがそのドアを開けると、男性の使用人が立っていた。

 「グレースお嬢様、近衛師団の方々がお見えです」

 グレースはまさかの本日の来客に、持っていた手紙をパサッとテーブルの上に落とした。

 「早ぇよ」
 
  

 

 



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