月夜の小鳥は哀切な嘘をつく【本編完結。アナザーストーリー連載中★】

山葵トロ

文字の大きさ
64 / 152
8.

12-6

しおりを挟む



 「うわっ?!  てめぇ、何すんだ!!  」 

 突然のことに驚いてそう叫ぶと、吐瀉物を浴びた男は、真祝を強い力で突き飛ばす。
 拘束が解かれたと思った次の瞬間、真祝の身体は思い切り地面に叩き付けられた。力が入らない身体では、受け身を取ることも出来なかった。

 全身が痛くて、息が止まる。だが、それでも激しい吐き気は止まらず、真祝は倒れたまま嘔吐し続けた。


 「きったねぇな、コイツ何てことしやがる 」

 自分のしようとした事は棚に上げて、確かめるように男は真祝を爪先で蹴った。


 「病気なら病気って、言いやがれ。外に出てくんじゃねぇよ! 」

 流石にその気は失せたのか、そんな捨て台詞を置いて男は足早に立ち去って行った。


 自分以外に誰も居なくなり、一応は助かったと思ったら、ホッとして涙が止まらなくなった。
 もう、涙と鼻水と自分の吐いたもので、ぐちゃぐちゃだ。あんな男が萎えてしまうくらいに、俺は汚い。

 頬にコンクリートの冷たさを感じながら、真祝はくっくっと笑うと「ざまみろ 」と泣きながら呟いた。

 具合が悪い。最低、最悪とはこのことだ。

 もう吐くものなんか、無い。昨日の朝から固形物は何も食べていない、胃の中は空っぽだ。薬の副作用だとしても、こんなにムカつきが収まらないのは何故だ?。

 それに、どうして俺はこんな所に居る? 全く記憶が無いし、いつもの自分なら発情期に外に出るなんて危険な真似は絶対にしない。
 
 無意識下の行動に自分が怖くなる。それにまた、さっきのような男が来たら……。


 知らない男に襲われたショックが落ち着いて来ると、発情期で朦朧としながらも、真祝はここに居ることに恐怖を感じ始めた。
 

 ここで考えていても仕方がない。先ずはここが何処だか確かめないと……。

 ユラリと立ち上がって、壁に寄り掛かりながら自分の身仕舞いを少しでも整える。何か持っていないかとポケットを探ったが、スマホはおろか小銭さえ入ってはいなかった。

 ため息を吐くと、壁を伝い、明るい方へと向かう。

 路地裏に出て、ふらつきながら大通りへと出た。


 「ここって…… 」


 角のコンビニ、その隣の昔ながらのパン屋。今は時間的に閉まっているが、このパン屋の玉子サンドは真祝の大好物だ。


 ぐるりと見渡せば、さっきは気付かなかったがそれは見慣れた景色だった。
 四つ角の手前の横断歩道を渡ったその先、住宅街を少し歩いて左に曲がった所に、そこはある。


 会いたい……。

 気付いた途端、身体中がその気持ちでいっぱいになった。想いが溢れる。


 会いたい、会いたい、会いたい……っ。


 まだ、帰って来ているかも分からないけれど、行き慣れたそのマンションへと、縺れる足で走り出そうとした時だった。

 「真祝っ! 」


 突然、後ろから名前を呼ばれて、足を止めた。心臓がドキドキする。違ったら?いや、そんな訳はない。だって、俺がこの声を間違える訳がない。

 振り向けば、思った通り、真祝が誰よりも好きな男が自分の方に駆け寄って来る姿が目に入ってきた。


 「ふみ…… と 」

 「お前っ、どうして……っ?! 」

 手を伸ばして倒れ込みながら、受け止めてくれたニ海人のその胸にしがみつく。


 「ごめ…… 」

 「何があった?  おい? 」

 言いながら、自分が着ているスーツのジャケットを真祝に掛けて、包むように抱き締める。安心出来るニ海人の匂いに、別の意味で涙が出てきた。


 「ごめん。汚……ないから、服、汚れる…… 」


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 8/16番外編出しました!!!!! 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭 3/6 2000❤️ありがとうございます😭 4/29 3000❤️ありがとうございます😭 8/13 4000❤️ありがとうございます😭 12/10 5000❤️ありがとうございます😭 わたし5は好きな数字です💕 お気に入り登録が500を超えているだと???!嬉しすぎますありがとうございます😭

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話

降魔 鬼灯
BL
 ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。  両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。  しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。  コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。  

あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー

《一時完結》僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ

MITARASI_
BL
彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。 「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。 揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。 不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。 すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。 切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。 続編執筆中

春風の香

梅川 ノン
BL
 名門西園寺家の庶子として生まれた蒼は、病弱なオメガ。  母を早くに亡くし、父に顧みられない蒼は孤独だった。  そんな蒼に手を差し伸べたのが、北畠総合病院の医師北畠雪哉だった。  雪哉もオメガであり自力で医師になり、今は院長子息の夫になっていた。  自身の昔の姿を重ねて蒼を可愛がる雪哉は、自宅にも蒼を誘う。  雪哉の息子彰久は、蒼に一心に懐いた。蒼もそんな彰久を心から可愛がった。  3歳と15歳で出会う、受が12歳年上の歳の差オメガバースです。  オメガバースですが、独自の設定があります。ご了承ください。    番外編は二人の結婚直後と、4年後の甘い生活の二話です。それぞれ短いお話ですがお楽しみいただけると嬉しいです!

処理中です...