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第2話
坂道と鬼門
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あいから、両親に騎手を目指すことの賛同を得られた、と連絡がきた。
天道はあいに言って、ビデオ通話に切り替えさせた。
両親を説得して、すぐ連絡してきたのだろう。携帯端末のディスプレイに映し出されたあいは、頬を紅潮させている。
その後ろの窓から、馬郷の厩舎の一角が見える。あいは携帯端末を持っておらず、家にはパソコンもないらしかった。
そのため、御園トレーニングセンターに戻ってからは、あいには馬郷のパソコンや山南の携帯端末を借りさせ、連絡を取り合っていた。
あいの父は、かなり長い沈黙の後に、あいが騎手を目指すことを受け入れてくれたのだという。海上自衛隊の幹部で、任務に就くと、半年以上家を空けることもざらにある父親らしかった。
母親の方はしばし惚けた後に、やがて、娘の挑戦を応援したい、と言った。はじめて娘が自分からやりたいと言い出したことだというのが、大きかったようだ。
父親は、命の危険も付きまとう騎手という職業を理解しているのか、手放しで応援はできない、といった様子だった。
あいの父親から、条件が出されていた。
一般の高校も併願で受験することと、競馬学校への受験は今年一度だけ。不合格だった場合は、来年のチャンスを待たず、高校へ進学すること。
それが条件だった。
CRA競馬学校の倍率は、かなり高い。
毎年百五十から二百人弱の応募があり、そこから七、八人程度しか合格しない。それは、すでにあいにも伝えてある。
条件は、けして易しいものではないが、画面越しのあいは悲観していなかった。
反対されると思っていたのだ。条件付きとはいえ、自分の想いを両親に聞き入れてもらえたことが、この上なく嬉しいのだろう。
年が明け、新緑が萌え立つ季節になろうとしていた。
「両親に賛成してもらえたことは、大きいよ。二次試験では、保護者面談もある。そこでの受け答えにも、ちょっとコツが要るから、挨拶もかねてそういった話をするのに、今度あいの家に伺うよ」
「よろしくお願いします」
「僕が残していったトレーニングメニューは、しっかりこなせているかい?」
「はい。課題も、一昨日までに九つ、達成できました」
「いいね。馬に関しちゃ、同年代であいほど乗れる子はそうそういないだろう。ただ、フィジカルとメンタルはゴミカスだ」
「ご、ごみかす」
「なに、心配いらないよ。天才の僕がコーチにつくんだ。トレーニングメニューは、経過を見ながら適宜修正していこう。それで僕が与えた百の課題をすべて達成する頃には、競馬学校の試験をパスするくらいの力は身に付いているはずだ」
「はい」
あいが目を輝かせて、頷いた。
掌に収まるサイズのディスプレイの中で、あいの表情がころころと変わるさまは面白かった。出会ったばかりの頃のあいは、悲壮感を漂わせていたのだ。
あいに与えた百の課題は、フィジカルトレーニングの効果を測ると同時に、成功体験を積み重ね、メンタルを強化するためのものでもあった。
すでに、その効果がではじめている、ということなのか。あるいは、抑圧してきた本来の明るさを、取り戻しつつあるのか。
どちらにしろ、いい兆候だった。競馬学校の試験では、受験生の人物考査も行われる。
天道は通話を切ると、あいの躰に合わせて考案した来月分の食事の献立を、山南の携帯端末に送信した。
騎手になるうえで、栄養管理は欠かせない。体重が規定を越えると、どんなに優秀であろうと、出走自体できなくなる。
騎手でいる以上、好きなものを、好きに食うことは許されない。
自分に適した食事の内容も、ゆくゆくはあいが自分で考えねばならないが、それは競馬学校で学べばいいことだった。
天道はあいに言って、ビデオ通話に切り替えさせた。
両親を説得して、すぐ連絡してきたのだろう。携帯端末のディスプレイに映し出されたあいは、頬を紅潮させている。
その後ろの窓から、馬郷の厩舎の一角が見える。あいは携帯端末を持っておらず、家にはパソコンもないらしかった。
そのため、御園トレーニングセンターに戻ってからは、あいには馬郷のパソコンや山南の携帯端末を借りさせ、連絡を取り合っていた。
あいの父は、かなり長い沈黙の後に、あいが騎手を目指すことを受け入れてくれたのだという。海上自衛隊の幹部で、任務に就くと、半年以上家を空けることもざらにある父親らしかった。
母親の方はしばし惚けた後に、やがて、娘の挑戦を応援したい、と言った。はじめて娘が自分からやりたいと言い出したことだというのが、大きかったようだ。
父親は、命の危険も付きまとう騎手という職業を理解しているのか、手放しで応援はできない、といった様子だった。
あいの父親から、条件が出されていた。
一般の高校も併願で受験することと、競馬学校への受験は今年一度だけ。不合格だった場合は、来年のチャンスを待たず、高校へ進学すること。
それが条件だった。
CRA競馬学校の倍率は、かなり高い。
毎年百五十から二百人弱の応募があり、そこから七、八人程度しか合格しない。それは、すでにあいにも伝えてある。
条件は、けして易しいものではないが、画面越しのあいは悲観していなかった。
反対されると思っていたのだ。条件付きとはいえ、自分の想いを両親に聞き入れてもらえたことが、この上なく嬉しいのだろう。
年が明け、新緑が萌え立つ季節になろうとしていた。
「両親に賛成してもらえたことは、大きいよ。二次試験では、保護者面談もある。そこでの受け答えにも、ちょっとコツが要るから、挨拶もかねてそういった話をするのに、今度あいの家に伺うよ」
「よろしくお願いします」
「僕が残していったトレーニングメニューは、しっかりこなせているかい?」
「はい。課題も、一昨日までに九つ、達成できました」
「いいね。馬に関しちゃ、同年代であいほど乗れる子はそうそういないだろう。ただ、フィジカルとメンタルはゴミカスだ」
「ご、ごみかす」
「なに、心配いらないよ。天才の僕がコーチにつくんだ。トレーニングメニューは、経過を見ながら適宜修正していこう。それで僕が与えた百の課題をすべて達成する頃には、競馬学校の試験をパスするくらいの力は身に付いているはずだ」
「はい」
あいが目を輝かせて、頷いた。
掌に収まるサイズのディスプレイの中で、あいの表情がころころと変わるさまは面白かった。出会ったばかりの頃のあいは、悲壮感を漂わせていたのだ。
あいに与えた百の課題は、フィジカルトレーニングの効果を測ると同時に、成功体験を積み重ね、メンタルを強化するためのものでもあった。
すでに、その効果がではじめている、ということなのか。あるいは、抑圧してきた本来の明るさを、取り戻しつつあるのか。
どちらにしろ、いい兆候だった。競馬学校の試験では、受験生の人物考査も行われる。
天道は通話を切ると、あいの躰に合わせて考案した来月分の食事の献立を、山南の携帯端末に送信した。
騎手になるうえで、栄養管理は欠かせない。体重が規定を越えると、どんなに優秀であろうと、出走自体できなくなる。
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