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第2話
坂道と鬼門 ③
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一次試験合格の通知を報せる書類が、CRA(中央競馬協会)から家に届いた。
「あいちゃん、どこに行くの。もうお昼ご飯よ」
「馬郷。一次試験に受かったの。天道さんに伝えなきゃ」
「なら家の電話からでも」
「天道さん、仕事中は電話に出れないから、メッセージじゃないと駄目なの」
あいは家を飛び出し、バスに乗り、馬郷へ走った。
厩舎作業中だった山南が、あとを雇いの厩務員に頼み、出迎えてくれた。合格を知らせると、老け顔が破顔一笑、喜んでくれた。
「それは、すぐにやつにも知らせてやらんとね」
山南から携帯端末を借り、天道にメッセージを送った。すると、すぐに着信が返って来た。
「もしもし、藤刀です」
「あいか、やったね」
「はい」
「とりあえず、第一関門は突破だ」
「天道さんのコーチのおかげです」
天道が監修してくれたフィジカルトレーニングで、あいは数カ月前と比べると見違えて体力、瞬発力がついた。
他にも、一次試験で行われた筆記試験や集団面接の対策を練られたのも、天道の助言が大きかった。
とくに、天道に紹介してもらった、競馬学校を志望する中高生向けに開かれている、集団面接の演習ができる講座は、かなり実になった。
一次試験当日、あいは、六名の受験生と集団面接を受けた。その中には、双子の兄と試験を受けに来た、という生徒もいた。
「気を抜かずに、このまま二ヶ月後の二次試験に備えよう」
「はい。トレーニングは、合否を待っている間も続けてました」
「だろうとは思っていたよ。前にも話したが、二次試験にも一次同様、運動機能考査の項目がある。内容は変わるが、メニューを欠かさずにこなしていれば、難しいことはないはずだ。あいの場合、オーバーワークの方が心配かな」
一次試験があった八月までは、ほぼ毎日、天道と連絡を取り合っていた。
いまは、トレーニングの効果チェックや、それに伴う内容の修正などを、週に一回話す程度になっていた。
天道には調教助手の仕事がある。ただ、それ以外にも、なにやら抱えている用件があるようだった。
なにをしているのかは、訊いても教えてもらえなかった。
「わかりました。あと、二次には、乗馬実技とか、個人面談もあるんですよね。一日で全部やるんですか?」
「合格通知の封書に、案内があるはずだけど、二次は四泊五日程度の合宿形式でやるんだ」
「そうなんですね。まだちゃんと見てませんでした」
「それと、保護者面談か。お父さんの方は、参加は難しいかな」
天道が、海上自衛隊幹部で、なかなか家に帰れない父のことを慮って言う。
「父は、面談の日には予定を調整して行くって言ってくれてます」
「そうか、それは心強い。乗馬技術は、あいなら問題ないだろうし、あとは」
「あとは?」
「個人面談で、鬼門に当たらないことを祈るのみ、かな」
「きもん?」
「僕の同期で、小早川というやつが、学校で実技教員をやっていてね。聞くところによると、数年前から個人面談の一部も受け持っているらしいんだ」
「その人が、鬼門、なんですか?」
「どうも、この数年で小早川が面談した学生は、全員落とされているらしい」
あいは、血の気が引く感覚を覚えた。
天道がディスプレイ越しに軽い笑い声をあげた。
「わかりやすくビビってるね。なに、面談一つで合否が決まるはずもないし、気負わずにやろう」
「は、はい」
もう昼休憩を終えて仕事に戻らなければならないという天道とのビデオ通話を終え、あいは山南に携帯端末を返した。
「あの、山南さん」
「ん?」
「小早川さんって、どんな人なんですか?」
山南は天道とCRA競馬学校で同期だったと聞く。つまり小早川とも同期になる。
天道は調教助手、山南は牧場《まきば》のオーナー、小早川は競馬学校の教員と、三者三様の道を歩んでいるものの、面識はあるはずだ。
「ああ、知っているよ。でもどうして」
「小早川さんが、二次の個人面談を担当しているらしくて」
小早川が面談を担当した学生が、ことごとく不合格になっているとは、口にしなかった。しかし山南は察したらしく、苦笑を浮かべた。
「ははん、なるほど、それで鬼門がどう、と言っていたのか」
「そんなに、厳しい人なんですか?」
「厳正ではある。心根は優しい奴だよ。天道や私なんかよりもね。彼なら、生半な気持ちの学生を受け入れて、苦労の挙句に挫折させるくらいなら、試験できっちり落そうと考えそうだ」
「わ、私は」
「あいさんは、しっかり自分の想いを話すことだけ、考えておけばいい。ほら、綾が馬房からこっちを覗いてる。行って、彼女にも知らせてあげたらどうだい?」
あいはおずおずと頷き、厩舎にいる綾に会いに行った。
山南は昼の飼いつけの途中だったらしく、綾の飼葉桶には食べかけの飼料が残っていた。
「綾、私、競馬学校の一次試験、受かったよ」
あいが言うと、綾は舌の先であいの頬を舐めた。おめでとう、と言っているのだ。
「二次試験も受かって、来年になったら、綾とはしばらく、会えなくなる、ね」
淡雪のような毛色の鼻面に、手を当てた。
綾が尻尾を揺らし、蹄の大きな前脚の片方で、床を小突いた。
寂しいことだけれど、成長していくあいの姿は嬉しくもあるから、私なら平気よ。だからあいも、いまは前だけを向いていて。
あいは、綾の言葉に涙ぐみそうになったが、なんとか堪えた。
「あいちゃん、どこに行くの。もうお昼ご飯よ」
「馬郷。一次試験に受かったの。天道さんに伝えなきゃ」
「なら家の電話からでも」
「天道さん、仕事中は電話に出れないから、メッセージじゃないと駄目なの」
あいは家を飛び出し、バスに乗り、馬郷へ走った。
厩舎作業中だった山南が、あとを雇いの厩務員に頼み、出迎えてくれた。合格を知らせると、老け顔が破顔一笑、喜んでくれた。
「それは、すぐにやつにも知らせてやらんとね」
山南から携帯端末を借り、天道にメッセージを送った。すると、すぐに着信が返って来た。
「もしもし、藤刀です」
「あいか、やったね」
「はい」
「とりあえず、第一関門は突破だ」
「天道さんのコーチのおかげです」
天道が監修してくれたフィジカルトレーニングで、あいは数カ月前と比べると見違えて体力、瞬発力がついた。
他にも、一次試験で行われた筆記試験や集団面接の対策を練られたのも、天道の助言が大きかった。
とくに、天道に紹介してもらった、競馬学校を志望する中高生向けに開かれている、集団面接の演習ができる講座は、かなり実になった。
一次試験当日、あいは、六名の受験生と集団面接を受けた。その中には、双子の兄と試験を受けに来た、という生徒もいた。
「気を抜かずに、このまま二ヶ月後の二次試験に備えよう」
「はい。トレーニングは、合否を待っている間も続けてました」
「だろうとは思っていたよ。前にも話したが、二次試験にも一次同様、運動機能考査の項目がある。内容は変わるが、メニューを欠かさずにこなしていれば、難しいことはないはずだ。あいの場合、オーバーワークの方が心配かな」
一次試験があった八月までは、ほぼ毎日、天道と連絡を取り合っていた。
いまは、トレーニングの効果チェックや、それに伴う内容の修正などを、週に一回話す程度になっていた。
天道には調教助手の仕事がある。ただ、それ以外にも、なにやら抱えている用件があるようだった。
なにをしているのかは、訊いても教えてもらえなかった。
「わかりました。あと、二次には、乗馬実技とか、個人面談もあるんですよね。一日で全部やるんですか?」
「合格通知の封書に、案内があるはずだけど、二次は四泊五日程度の合宿形式でやるんだ」
「そうなんですね。まだちゃんと見てませんでした」
「それと、保護者面談か。お父さんの方は、参加は難しいかな」
天道が、海上自衛隊幹部で、なかなか家に帰れない父のことを慮って言う。
「父は、面談の日には予定を調整して行くって言ってくれてます」
「そうか、それは心強い。乗馬技術は、あいなら問題ないだろうし、あとは」
「あとは?」
「個人面談で、鬼門に当たらないことを祈るのみ、かな」
「きもん?」
「僕の同期で、小早川というやつが、学校で実技教員をやっていてね。聞くところによると、数年前から個人面談の一部も受け持っているらしいんだ」
「その人が、鬼門、なんですか?」
「どうも、この数年で小早川が面談した学生は、全員落とされているらしい」
あいは、血の気が引く感覚を覚えた。
天道がディスプレイ越しに軽い笑い声をあげた。
「わかりやすくビビってるね。なに、面談一つで合否が決まるはずもないし、気負わずにやろう」
「は、はい」
もう昼休憩を終えて仕事に戻らなければならないという天道とのビデオ通話を終え、あいは山南に携帯端末を返した。
「あの、山南さん」
「ん?」
「小早川さんって、どんな人なんですか?」
山南は天道とCRA競馬学校で同期だったと聞く。つまり小早川とも同期になる。
天道は調教助手、山南は牧場《まきば》のオーナー、小早川は競馬学校の教員と、三者三様の道を歩んでいるものの、面識はあるはずだ。
「ああ、知っているよ。でもどうして」
「小早川さんが、二次の個人面談を担当しているらしくて」
小早川が面談を担当した学生が、ことごとく不合格になっているとは、口にしなかった。しかし山南は察したらしく、苦笑を浮かべた。
「ははん、なるほど、それで鬼門がどう、と言っていたのか」
「そんなに、厳しい人なんですか?」
「厳正ではある。心根は優しい奴だよ。天道や私なんかよりもね。彼なら、生半な気持ちの学生を受け入れて、苦労の挙句に挫折させるくらいなら、試験できっちり落そうと考えそうだ」
「わ、私は」
「あいさんは、しっかり自分の想いを話すことだけ、考えておけばいい。ほら、綾が馬房からこっちを覗いてる。行って、彼女にも知らせてあげたらどうだい?」
あいはおずおずと頷き、厩舎にいる綾に会いに行った。
山南は昼の飼いつけの途中だったらしく、綾の飼葉桶には食べかけの飼料が残っていた。
「綾、私、競馬学校の一次試験、受かったよ」
あいが言うと、綾は舌の先であいの頬を舐めた。おめでとう、と言っているのだ。
「二次試験も受かって、来年になったら、綾とはしばらく、会えなくなる、ね」
淡雪のような毛色の鼻面に、手を当てた。
綾が尻尾を揺らし、蹄の大きな前脚の片方で、床を小突いた。
寂しいことだけれど、成長していくあいの姿は嬉しくもあるから、私なら平気よ。だからあいも、いまは前だけを向いていて。
あいは、綾の言葉に涙ぐみそうになったが、なんとか堪えた。
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