115 / 203
mid point
アレッシオ・ロマンティ 7
しおりを挟む
天を覆うフェンガーリンの影に、無数の星が瞬きはじめた。
その星が、流れた。星だと思ったものは、星ではなく刃だった。
夥しい槍剣が、頭上から矢のように降り注ぐ。あっという間に、辺りが刃だらけになる。
大吉、徹平、アレッシオの三人がいる場所だけが、空隙になっていた。
それを見て取った双剣遣いが、大吉に駆け寄ろうとした。だが降ってくる槍剣を打ち払うのに精一杯になり、足が止まる。
雨脚は、増していく。たかだか二振りの剣で、無数の雨を凌げるはずもなかった。
造営官も、執務武官も、サーベル遣いも、刃の雨を浴びている。
常夜の王、カムリだけは、その中で体勢を変えず、鎮座し続けていた。身体にはいくつもの刃が突き立っている。珠木を庇う腕にも、数本の剣が刺さっていた。
珠木は、目を瞑ったままだ。
「大吉、なに呆けてんねん」
いつのまにか近くに来ていたフェンガーリンに腕を取られ、引き立たされた。
「今のうちや。逃げるで」
「お、おう」
フェンガーリンが走り出す。その後に続いた。徹平とアレッシオも、ついてきていた。
斜面を駆け下りる。振り返ると、丘の頂にいたカムリたちの姿は見えなくなっていた。
フェンガーリンの影に覆われた空間から抜けた。元の部屋だった。徹平が壁を砕き、その穴から外へ飛び降りる。
芝の生えた庭だった。
背後に巨大な建造物があり、それを取り囲むように、いくつかの塔が建っている。
海底にある常夜街の空は、暗い色のドームで囲われている。半球状になっているようだが、かなりの大きさで、端は見えなかった。
傍にいたフェンガーリンの身体が、急に傾げた。
倒れそうになるのを、大吉は慌てて抱き留める。
「おいっ」
フェンガーリンは、気を失っていた。
「仮想定理の反動デスね」
「アレッシオ。なんだったんだ、あれ」
「あれは」
「おいお前ら、暢気に話してる場合かよ」
王やその側近たちが無事だとは考えづらいが、追手が差し向けられないとも限らない。
徹平がフェンガーリンを担いだ。
城内を脱すると、煉瓦造りの民家が広がっていた。明かりは、城と比べると極端に少なかった。
一行は、常夜街の闇に姿をくらませた。
カムリの傷は、ものの数秒で完治した。
腕を解かれ、珠木は辺りを見渡す。夜空と丘は消え、元の部屋に戻っていた。
部屋は無残な状態に変わり果てていた。
「アサリ」
全身から血を流して倒れているアサリに駆け寄った。記憶では、生前の珠木の妹分である。こうするのが、珠木としては自然だ。
「どけ」
抱き起こそうとしていると、執務武官に足蹴にされた。執務武官の傷も、回復している。
執務武官は折れた剣で腕を切り、血をアサリに振りかける。傷が塞がっていく。執務武官は、同じようにして造営官と屠殺隊隊長の傷も治した。
執務武官も、カムリと同じ吸血鬼だ。
「あれはなんだ、造営官」
血を失い立ち上がれない造営官を見下ろしながら、執務武官が問う。
「仮想定理。魔術師の、一つの到達点。悔しのう。しかし、見事じゃった。ああも完成された仮想定理を、この目で拝めるとは」
「おいじじい、お前はその仮想定理とやらで死にかけたんだぞ」
造営官は高揚し、無邪気に感心している。
「で、その仮想定理ってのは、なんなんだ」
「新しい世界の創造。それが、魔術師の本懐である」
造営官に向けた問いに、カムリが答える。執務武官は、膝をついて拝礼した。
「仮想定理とは、その前段階といえる。この世界に、新しい法則を生み出すのだ。といっても、そこに到達する人間の魔術師などいない。魔術を極めるのに、人の生は短かすぎる」
「おそれながら王よ、人間にも、何代もかけて一つの魔術を継承し、極め、その域に到達する者はおりますぞ」
「そうなのか」
「しかしあの者、フェンガーリンとやらは、たった一人であれを完成させたのですかな」
「おそらくな」
「夜空を自らの影とする。おおかた、そういう仮想定理だったのだろうと思います。夜空は、そう見立てられれば、天井であっても発動できるのでしょうな」
「ふむ」
「吸血鬼は短命と聞きますが、あの者は太陽を克服したと申されていましたな」
カムリの瞳に、寂しげな光が過ぎる。手の届かなかった夢を、ふと思い出したかのような顔だ。
「我は、魔術に関心を持てなかった」
カムリが、造営官が口にした話題を無視し、言った。
「王には、二千年鍛え続けてきた、肉体をお持ちです」
「よく飽きなかったものだと、我が身ながら思う」
カムリは立ち上がり、珠木を置いて部屋を出て行った。
アサリは完治したものの、眠り続けていた。起きるまで、自室で様子を見た方がいいかもしれない。
珠木は眠っているアサリを抱え、アサリの持ち物である二振りの剣も拾い、自室へと戻った。
その星が、流れた。星だと思ったものは、星ではなく刃だった。
夥しい槍剣が、頭上から矢のように降り注ぐ。あっという間に、辺りが刃だらけになる。
大吉、徹平、アレッシオの三人がいる場所だけが、空隙になっていた。
それを見て取った双剣遣いが、大吉に駆け寄ろうとした。だが降ってくる槍剣を打ち払うのに精一杯になり、足が止まる。
雨脚は、増していく。たかだか二振りの剣で、無数の雨を凌げるはずもなかった。
造営官も、執務武官も、サーベル遣いも、刃の雨を浴びている。
常夜の王、カムリだけは、その中で体勢を変えず、鎮座し続けていた。身体にはいくつもの刃が突き立っている。珠木を庇う腕にも、数本の剣が刺さっていた。
珠木は、目を瞑ったままだ。
「大吉、なに呆けてんねん」
いつのまにか近くに来ていたフェンガーリンに腕を取られ、引き立たされた。
「今のうちや。逃げるで」
「お、おう」
フェンガーリンが走り出す。その後に続いた。徹平とアレッシオも、ついてきていた。
斜面を駆け下りる。振り返ると、丘の頂にいたカムリたちの姿は見えなくなっていた。
フェンガーリンの影に覆われた空間から抜けた。元の部屋だった。徹平が壁を砕き、その穴から外へ飛び降りる。
芝の生えた庭だった。
背後に巨大な建造物があり、それを取り囲むように、いくつかの塔が建っている。
海底にある常夜街の空は、暗い色のドームで囲われている。半球状になっているようだが、かなりの大きさで、端は見えなかった。
傍にいたフェンガーリンの身体が、急に傾げた。
倒れそうになるのを、大吉は慌てて抱き留める。
「おいっ」
フェンガーリンは、気を失っていた。
「仮想定理の反動デスね」
「アレッシオ。なんだったんだ、あれ」
「あれは」
「おいお前ら、暢気に話してる場合かよ」
王やその側近たちが無事だとは考えづらいが、追手が差し向けられないとも限らない。
徹平がフェンガーリンを担いだ。
城内を脱すると、煉瓦造りの民家が広がっていた。明かりは、城と比べると極端に少なかった。
一行は、常夜街の闇に姿をくらませた。
カムリの傷は、ものの数秒で完治した。
腕を解かれ、珠木は辺りを見渡す。夜空と丘は消え、元の部屋に戻っていた。
部屋は無残な状態に変わり果てていた。
「アサリ」
全身から血を流して倒れているアサリに駆け寄った。記憶では、生前の珠木の妹分である。こうするのが、珠木としては自然だ。
「どけ」
抱き起こそうとしていると、執務武官に足蹴にされた。執務武官の傷も、回復している。
執務武官は折れた剣で腕を切り、血をアサリに振りかける。傷が塞がっていく。執務武官は、同じようにして造営官と屠殺隊隊長の傷も治した。
執務武官も、カムリと同じ吸血鬼だ。
「あれはなんだ、造営官」
血を失い立ち上がれない造営官を見下ろしながら、執務武官が問う。
「仮想定理。魔術師の、一つの到達点。悔しのう。しかし、見事じゃった。ああも完成された仮想定理を、この目で拝めるとは」
「おいじじい、お前はその仮想定理とやらで死にかけたんだぞ」
造営官は高揚し、無邪気に感心している。
「で、その仮想定理ってのは、なんなんだ」
「新しい世界の創造。それが、魔術師の本懐である」
造営官に向けた問いに、カムリが答える。執務武官は、膝をついて拝礼した。
「仮想定理とは、その前段階といえる。この世界に、新しい法則を生み出すのだ。といっても、そこに到達する人間の魔術師などいない。魔術を極めるのに、人の生は短かすぎる」
「おそれながら王よ、人間にも、何代もかけて一つの魔術を継承し、極め、その域に到達する者はおりますぞ」
「そうなのか」
「しかしあの者、フェンガーリンとやらは、たった一人であれを完成させたのですかな」
「おそらくな」
「夜空を自らの影とする。おおかた、そういう仮想定理だったのだろうと思います。夜空は、そう見立てられれば、天井であっても発動できるのでしょうな」
「ふむ」
「吸血鬼は短命と聞きますが、あの者は太陽を克服したと申されていましたな」
カムリの瞳に、寂しげな光が過ぎる。手の届かなかった夢を、ふと思い出したかのような顔だ。
「我は、魔術に関心を持てなかった」
カムリが、造営官が口にした話題を無視し、言った。
「王には、二千年鍛え続けてきた、肉体をお持ちです」
「よく飽きなかったものだと、我が身ながら思う」
カムリは立ち上がり、珠木を置いて部屋を出て行った。
アサリは完治したものの、眠り続けていた。起きるまで、自室で様子を見た方がいいかもしれない。
珠木は眠っているアサリを抱え、アサリの持ち物である二振りの剣も拾い、自室へと戻った。
0
あなたにおすすめの小説
黒に染まった華を摘む
馬場 蓮実
青春
夏の終わりに転校してきたのは、忘れられない初恋の相手だった——。
高須明希は、人生で“二番目”に好きになった相手——河西栞に密かに想いを寄せている。
「夏休み明けの初日。この席替えで、彼女との距離を縮めたい。話すきっかけがほしい——」
そんな願いを胸に登校したその朝、クラスに一人の転校生がやってくる。
彼女の名は、立石麻美。
昔の面影を残しながらも、まるで別人のような気配をまとう彼女は——明希にとって、忘れられない“初恋の人”だった。
この再会が、静かだった日常に波紋を広げていく。
その日の放課後。
明希は、"性の衝動"に溺れる自身の姿を、麻美に見られてしまう——。
塞がっていた何かが、ゆっくりと崩れはじめる。
そして鬱屈した青春は、想像もしていなかった熱と痛みを帯びて動き出す。
すべてに触れたとき、
明希は何を守り、何を選ぶのか。
光と影が交錯する、“遅れてきた”ひと夏の物語。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説
宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。
美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!!
【2022/6/11完結】
その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。
そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。
「制覇、今日は五時からだから。来てね」
隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。
担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。
◇
こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく……
――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
少しの間、家から追い出されたら芸能界デビューしてハーレム作ってました。コスプレのせいで。
昼寝部
キャラ文芸
俺、日向真白は義妹と幼馴染の策略により、10月31日のハロウィンの日にコスプレをすることとなった。
その日、コスプレの格好をしたまま少しの間、家を追い出された俺は、仕方なく街を歩いていると読者モデルの出版社で働く人に声をかけられる。
とても困っているようだったので、俺の写真を一枚だけ『読者モデル』に掲載することを了承する。
まさか、その写真がキッカケで芸能界デビューすることになるとは思いもせず……。
これは真白が芸能活動をしながら、義妹や幼馴染、アイドル、女優etcからモテモテとなり、全国の女性たちを魅了するだけのお話し。
幽縁ノ季楼守
儚方ノ堂
キャラ文芸
「季楼庵当主の代理を務めてもらう」
幼少期、神隠しにあった過去を待つ青年ユメビシ。
迷い込んだ先で、事件に巻き込まれ両手を失い、生死を彷徨うことに。
ただ「死にたくない」と望んだ願いは、ある故人の手を移植することで実現した。
これを境に不死の体質へと変貌したユメビシは、約70年の時を経て、因縁の土地『瞑之島(みんのとう)』へ帰還する。
しかし、どうして今自分がここにいるのか、その理由となる記憶がすっぽり抜け落ちた状態で……。
奇妙な忘却に焦りを抱えながら、手がかりを求め探索するさなか、島の中枢を担う組織『季楼庵(きろうあん)』の面々と関わりを持ち、次々と巻き起こる騒動に身を投じていくのだった。
現代において、人と人ならざる者が共存する瞑之島を舞台に、半ば強制的に当主代理に据えられたユメビシの非日常。
異色の現代ファンタジー✖️和風奇譚✖️ミステリー
様々な思惑が交錯する中、彼の帰還を以て、物語は一つの結末へ動き出す。
その約束は、何十年何百年経ち、たとえ本人達が覚えていなくとも。
幽かな縁で繋がり続け、決して解けない糸となる。
それを人は、因縁――またの名を『呪い』と呼ぶのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる