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井ノ上

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アレッシオ・ロマンティ 8

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頭上から斬撃がきた。
半歩下がり、地に降り立った直後の敵を、斬り伏せる。はっきりとした手ごたえがあり、敵は斃れた。
妖を斬るのも、人を斬るのも、大吉にしてみれば大きな違いはない。ただ、真剣で人を斬ったのははじめてだった。
駆け足は止めなかった。
徹平はフェンガーリンを背負っている。敵はなるべく、大吉とアレッシオが応戦した。
しかし、逃げ切るのは難しそうだった。
敵は三人一組で、次々と襲いかかってくる。
敵の攻撃を凌ぎ、路地裏に身を潜めても、誰かしらの目があった。声を上げて居場所を知らされてしまう。
城外で暮らす常夜街バロム・シティの民も、大吉たちの逃走を許そうとしなかった。
常夜街の民は、まるで剣で脅しつけられているかのように必死だった。怯えきっていて、大吉らの居場所を叫ぶ声は、引き攣っていた。
最初は自分たちが恐れられているのだと思ったが、様子が違うことには気づいていた。
「ここの人達、俺らより、俺らを追ってくる連中の方を怖れてないか」
行く手を塞いだ二組の小隊を、アレッシオと協力して斃す。刀の血を払い、大吉は言った。『ナイフtoフォーク』は敵に回すと厄介な魔術だったが、味方だと頼もしかった。
「どうやら、そのようデスね」
アレッシオは涼しい顔をしていた。
荒事には大吉よりよほど馴れている。共闘してみるとあらためて、伊賊山での喧嘩では手心を加えられていたのだと感じた。
ナイフとフォークで一撃ずつ入れれば相手を戦闘不能にできるというのは、やはり強力な能力だ。その上、かなり高いレベルの体術を遣う。
大吉が二人斬る間に、アレッシオは六人を斃していた。
「あんたらを追ってるのは、屠殺隊だ」
路地の先にある物陰から、人が出てきた。
薄汚れた格好の、尚継と同じ歳ごろの少年だ。大吉たちが来る前から、ここでゴミを漁っていたらしい。
前髪を紐で束ねている。少年が隠れていたのはダストストッカーで、腕には膨れた麻袋を抱えていた。
「やつらの常時の任務は、常世の王の食糧、つまり俺たちを、この城下町から収穫することだ。だから、ここの連中はあんたらよりやつらを怖れてる」
少年が近寄ってきて、大吉が斬った敵の死体を靴先で小突く。
「はっ、いくら媚びたって、殺されるときは殺されるってのに、上層区の連中は心まで家畜に成り下がってやがる」
愉快そうに鼻で嗤うが、少年の目の奥では、怒りの炎が燃えていた。
かなり強い対抗心を持っている。それはこの区画で暮らす者に対してというより、この街、この世自体に向いているように大吉には感じられた。
「俺しか知らない抜け道がある。そこを使って、あんたらを逃がしてやるよ」
大人がやるように、少年は顎で付いてきなと促す仕草をする。
大吉は徹平、アレッシオと顔を見合わせる。
「俺はいいと思うぜ。あのガキに賭けるのは、悪くねえと思う」
「そうデスね。どのみち、こうなるとこの街の地理に詳しい協力者は欲しいところデス」
「決まりだな」
すたすたと先に行ってしまう少年を追いかける。
「なぁ、名前はなんて言うんだ」
「カジキ」
「俺は大吉だ。カジキって、魚のカジキのことか?」
「この街の人間に名前はない。でも、俺が昔にいた区画には、やたら名前をつけたがる人がいた」
「その人から、貰った名前ってことか」
「そうらしい。俺が赤ん坊の頃に、常世の王の夜伽として連れてかれて、よくは知らない。死んだんだって、みんな言っていた」
カジキは無表情に話している。
追手が迫る気配はなかった。屠殺隊が張った探索網を、すり抜けられたようだ。排水ダクトの中や厚い壁の内の空洞といった、道ならざる道を進んだ。
大吉たちはカジキの先導で追撃を躱し、常夜街の上層区画街を脱した。

常夜街の全容がおおよそ把握できた。
常夜街は三階層から構成されていた。まず最上に王城がある。住民区画は上層と下層に分かれていて、上層は文字通り、広大な台地の上に形成されている。
なぜこんなかたちにしたのかは、なんとなく想像がついた。
上層区と下層区でいがみ合わせ、民全体の不満や怒りをコントロールしているのだ。日本の歴史にも似たものはある。士農工商という職業区分がそれだ。
上層区の台地からは、高架道路ぐらいの太さのあるパイプが複数本、常夜街を覆うドームへ伸びていた。
街へ取り入れた海水を、ろ過装置へと運ぶためのパイプだと言われているが、確証はないとカジキは話した。
そのパイプの上に張られた天幕が、カジキのねぐらだった。
立体交差したパイプの下には、暗闇が広がっていた。多少なり明かりのあった上層区と比べると、下層区は闇そのものだった。
「あそこで、下層区の連中は暮らしてるんだ。地虫みたいに掘った穴にもぐりこんで」
「そういう言い方はよしなさいと、いつも言っているだろう。すみませんな、お客人」
腰の曲がった老人が、炭を熾しながら謝る。瞼が垂れさがり、老人の目は線のように細い。カジキはここで、この老人と暮らしているらしかった。
「この態度のせいで、下層区でも住む場所を追われましてな。しかたなく、こんなところに移り住んだのです」
「違う。俺の方から出てきたんだ。あんな、辛気臭い場所」
カジキは炭の上に鍋をかけた。先ほど上層から持ち帰った残飯を入れて煮る。
天幕の外側には、泥が塗られていた。なんのための泥なのか、最初はわからなかったが、この炭のかすなか明かりが、外に洩れないようにするためらしい。
「下層区でひそかに流通している炭です。十日に一度、配給の食糧が木箱で届けられるのですが、その箱を解体して、屑にして押し固めたものを、隠れて炭にしているのです」
「いけないことなんですか?」
「火を熾す行為が見つかると、棒打ちの刑罰が与えられます」
ここで暮らす人間の血は、王の食糧と考えられていた。だから多少決まりを破っても殺されることはなく、かわりに血の出ない方法で辛い刑罰を与えられるのだという。
「上層区には、生活に足るだけの電力や水、食料が配分されてるんだ。あいつらは、正真正銘の家畜だよ」
食料は、大吉たちも乗ってきたエレベーターで、定期的に地上から降ろされているとの話は、掘削リグに偽装した街の入口でも聞いた。
カジキが食糧を自力で調達していたのは、下層区から追い出されてしまったからなのだろう。最低限の配給は、下層区にもあるはずだ。
カジキが鍋で煮込んだものを椀によそってくれた。
アレッシオは受け取ろうともしなかった。耐えられないほどの空腹ではなかったが、大吉と徹平は受け取り、口にした。
味付けをする素振りはなかったが、ほのかに塩の味がする
「塩味だな」
「下層に回される水は、ろ過しきれてないからな。そのせいで死ぬ人も、少なくない」
常夜街の下層区は、生存するには過酷な環境だった。それでも人口が減っていかないのだとすると、子どももそれだけ生まれていることになる。
食事を終えると、カジキは空の鍋を持って天幕を出て行った。
「カジキは、ここで生まれたようなことを話していました。ご老人は、いつからここに?」
「幼少に。当時日本は貧しく、食べるものはここ以上に乏しかった。あっても、闇市で売られるものは高すぎた。飢えていた私に、差し伸べられた手を取る以外の選択肢はなかったのです」
最初にここへ連れて来られた人間は、身の上に違いはあれど、ここへ来るほか生きる術がなかったのは一様だったという。
老人は訥々と当時のことを語る。
大吉の知らない時代の話だった。
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