センゴク☆ロック

井ノ上

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第6話

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 瀬戸内に臨む備後のともに建てられた別荘で、AME(足利ミュージックエンタテインメント)の代表と会ってきた。
 鞆から戻ると、光秀はその足でメンバーと合流し、スタジオに入った。
 娘の義父である細川の伝手で、ギターを探していたロックバンドを紹介してもらい、グループを結成し、ひと月が経とうとしていた。
 信永との対バンまで、残すところひと月を切った。光秀がそのバンドでロックをやるのも、そこまでである。
 諸々の事情は、細川に引き合わされた際に、メンバーには話して承諾してもらっている。
「バンドとしては、かなりまとまってきたな」
 スタジオで練習を開始して二時間ほどして、スキンヘッドのドラムが立ち上がった。小休止を入れるタイミングだった。
「ああ。そろそろ、実戦も交えるべきかもしれない」
 光秀はピックをネックに挟み、額から流れる汗を拭った。
「実戦というと、人前で演るってことか」
 髪を派手に染めたボーカルが、水のペットボトルを片手に話しに加わった。
「それもあるが、対バンの経験を積んでおきたい。お前たち、対バンはあまり経験がないと言っていただろう」
「ああ」
 小柄なベースが、真っ先に頷いた。
「ブッキングなら結構やったが」
「まぁな」
 元々同じグループで付き合いの長い三人が顔を見合わる。
「単に共演するだけのブッキングライブとは、同じに考えない方がいい。対バンは戦のようなものだ、というのは人の受け売りだが、上を目指しているロックバンドは、大抵それぐらいの認識でいる」
「まぁ、わかるよ。やったことはなくても、対バンライブを観戦したことはあるし」
「拠点のない俺たちは、他所のバンドが縄張りにしているライブハウスへ乗り込むことになる。そうなると足も要る。そのあたりも詰めておきたいが、それは練習後に改めて考えよう」
「だな。スタジオを借りられる時間は、演奏に集中するべ」
 言って、ボーカルがマイクの前に戻った。小休止を切り上げ、ドラムのカウントで、練習を再開した。
 後半は、オリジナルの新曲を重点的にやった。
 バンド結成当初、メンバーは『天下布舞』でリードギターを務めていた光秀に恐縮しがちだったが、もうそんな素振りはない。
 活動中は、俺、お前で呼び合うことを、まず決めた。グループ内に遠慮があっては、信永に対抗できる音が生み出せるはずもなかった。
 半ば身勝手に付き合わせている後ろめたさもないではなかったが、彼らは彼らで、伝説的に語られる『天下布舞』の信永と対バンできる機会とあって、かなり意欲は高かった。即席であっても、光秀の立てるスケジュールに、不満も漏らさずついて来てくれていた。
 練習後、光秀たちは深夜でもやっている喫茶店に移り、今後の打ち合わせをした。
 それからアパートに戻ると、寝る前に通帳の残高を確認した。
 バンドで活動するには金がかかる。連日の合同練習でかかるスタジオ費用は、光秀がほぼすべて賄っていた。
 さらに対バンのための遠征費がかかってくるとなると、貯金は底をつきそうだった。妻が死に、娘を嫁に出してからは、大して蓄えもしてこなかった。
「時間をやりくりして、仕事を増やすか」
 考えている間に、ちゃぶ台に突っ伏して、いつの間にか眠ってしまっていた。
 目が醒めた。澱のように蓄積した疲労は抜けていない。仕事の始業時間が迫っていた。
 光秀は仏壇に線香をやり、身支度をして出勤した。
 その夜、サイガ不動産の男が、光秀に近づいてきた。
 仕事の後、数時間ほどメンバーとスタジオに入り、出てきたところだった。
 クラクションに、光秀は足を止めた。この時間人通りのほとんどない道の路肩に、小型のトラックが停まっていた。荷台には幌が掛けられ、運転席にサイガの男が見えた。
 光秀はメンバーと別れ、車に乗った。
「今夜も練習ですか。熱心ですね」
 クーラーの効きが悪いのか、車内は外とほとんど変わらない蒸し暑さだった。
「俺を尾行つけてたのか」
「そんなことはしませんよ。ただ、織田信永の対バン勝負をすると小耳に挟んだものですから。私の方で、なにか力になれることがあるかと思い、声をかけさせてもらいました」
「こんなトラックを引っ提げて来ておいて、白々しいな」
 光秀が車のダッシュボードを指で小突いて言うと、男は喉の奥でくぐもった笑い声をあげた。
「お貸ししますよ、この車。運転手付きで」
「で、またAZMARUの立ち退きに協力しろと?」
 のらりくらりと、返答を先延ばしにしてきた。そうしながら、打てる手は打っておいた。
「鞆にいるAMEの代表に直談判されるとは、意表を衝かれました。案外、大胆なことを考えるのですね」
「こちらの動きは掴まれていたか」
 光秀は鞆に行く前に、細川精工からAMEに戻った一色に連絡をとり、アポイントメントをとった。
 娘が嫁いだ細川精工を人質に、『天下布舞』を裏切らせたのが、一色だった。その裏には、確証はないがAMEがいたはずだ。
 そのことは、忘れられるわけもないが、心の奥底にしまった。いま守るべきものを、憎しみで見誤りたくはない。
 光秀の動向が一色から漏れたのか、あるいは代表である足利義秋自身から話が回ったのかはわからない。どちらにしろ、サイガに気取られる前にAZMARU立ち退きについて糸を引いている親玉と話をつけようとした、光秀の魂胆は破綻したことになる。
「AMEが計画している音楽ホール建設を、羽芝秀吉との関係構築に利用する。面白いことを考えたものです」
「話の中身まですべて筒抜けか。なら、お前にそれを漏らしたのは義秋か」
「いえ、代表は、あなたと会ったことを私には隠しています。明池さんの提案を呑むつもりなんでしょう」
 光秀は話しながら、今夜サイガの男が現れた意図が、今ひとつ読めずにいた。出し抜かれたことに腹を立てて押しかけて来た、という雰囲気ではない。
「一気に盤面をひっくり返された。そんな気分ですよ」
「俺は、秀吉ととりなしてもいいと、AMEにもちかけただけだ。AMEは『天下布舞』が解散したあと、克家を抱き込んで、業界での勢力拡大を図ろうとした」
「が、それは失敗した」
「ああ。対バンの勝敗は、ファンの盛り上がりで決まる。秀吉は克家をやぶって『天下布舞』ファンの大多数から支持を集め、正統後継グループであるという認知を得た」
「AMEは、柴田克家を見限り、その後は静観の構えをとっていますが、その実羽芝秀吉と関係を持ち、自社から彼らのレコードを出したいと考えていた、と」
「義秋が俺の提案を飲もうとしているのなら、そうだったのだろう」
 むろん、光秀自身が秀吉とAMEのかけ橋になることは不可能だ。だが、それができる人物なら数人心当たりはあった。
 新音楽ホールで行う初ライブを、現在飛ぶ鳥を落とす勢いの秀吉のバンドが務める。
 そういうを、光秀は提示した。
 同時に、秀吉にとっても馴染み深いライブハウスであるAZMARUを潰せば、それも実現しなくなることも、言い含めた。
「私の完敗だ。いやぁ、まんまと裏をかかれた」
 サイガの男があっけらかんに言った。
「降ろしてもらおう。もうお前が俺に付きまとう理由もあるまい」
「そう邪険にせんでください。最初に言った通り、この車はお貸ししますよ。ついでに、そこのグローブボックスを開けてみてください」
 光秀は拭い難い気味悪さを感じつつ、グローブボックスの取手を引いた。
「これは」
 数枚綴りの紙が出てきた。さっと目を通した。
「尾張、美濃、三河で活動中のロックバンドを、リサーチしておきました。必要なら、近江や伊勢のものもあります」
「いや」
 対バンの遠征をするなら、その三県を中心にと考えていた。しかしそれは、メンバーにも話していない、光秀の頭の中にだけあったことだ。
 資料を見る限り、各バンドの長所短所、支持している男女比、年齢層の分布など、かなり事細かに記されている。
「お前、何者なのだ」
 光秀は、いよいよ耐えられなくなり、訊いた。
 こちらに気づかせない追跡力に、わずかな期間でこれだけの情報を洗い出す調査能力。この男が単なる地上げ屋だとは思えない。
「忍ってやつです。といっても、忍び働きをしていたのはご先祖様で、私の親父も祖父も、企業の走狗のようにして日銭を稼いでいただけで、いってしまえば何でも屋です」
「伊賀や甲賀、あるいは風魔という名なら、フィクションで知っている」
「我々は竹馬ちくまノ者と呼ばれていました。私の血族は、末端も末端でしたが」
 聞いたことのない名だった。フィクションにさえならない、真の闇の中で生きてきた者達、ということなのか。
「ま、明池さんには関係のないことだ。いま話したことは、忘れてください」
「なぜ」
「はい?」
「どうして俺に協力しようとする。言ってしまえば、俺はお前の仕事を一つ潰したのに」
「一言で言えば、興味が湧いた。明池光秀、あんたがどんな音を奏でるのか」
 ふいに、男の声が低くなった。
 光秀は男の横顔に目をやった。言葉とは裏腹に、無感情な表情が、そこにはあった。これまでの作り物じみた笑顔とは違った。これがこの男のほんとうの顔なのかもしれない。
「なんて、ね。AZMARUの件ではまんまと出し抜かれたので、この車とその資料は、私からの賞賛とでも受け取ってください」
 声の調子が戻り、男は笑顔の仮面を被り直した。笑顔だけではない、色々な仮面を持っていそうだった。
「そういうことなら、受け取っておこう。忍の血統に認められるというのは、悪くない気分だ」
 光秀は冗談めかして言ったが、男は聞き流し、十字路でハンドルを左に切った。
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