指先はこいねがう 〜禁忌のケモノ少年は軍人皇子に執愛(とら)われる〜

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The adult is sly, and pretends to be gentle

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 それからまた二日が過ぎた。第五の月マユの十二日のことである。この二日、モモセはウルドにこれから通うことになる学校のことを聞いたり、そのことで、期待や不安を膨らませたりしていた。

 その過程でモモセはただでさえ自分を買うときに莫大な金額をホヅミに支払っていると思しきウルドに更なる支払いを負わせたのではと青くなったわけだが、通学先は国立学校であるため学費は無償なのだと聞かされて安堵するに至った。

 その学校のことは聞いたことがある――とモモセは思う。そこは第四位の隷属階級たちが立身するための数少ない場所だ。どうにかして入学したいと考えるものはあとを絶たないが、ざまざまな要因で、無償であったとしても実際に門戸を叩けるものは少ないのだった。

 この二日のあいだ、ウルドは以前のようにモモセにべったりとはいかず、何やら準備することがあるからと数度一人で出かけることがあった。その時間を意識して、モモセはもし学校に行くと言わなければ、このひとりきりの時間をさらに長く味わうことになっていたことに気づきぞっとする。モモセは自身に与えられた小部屋とウルドの部屋以外を詳しく知らず、許可なく出歩けるほど太くもなかった。願えば叶えられたかもしれないが、否定が返ってくるかもしれないと思えば口を噤むのが吉だ。想像するだけで胃が冷えるのだから、いわんや現実をや、である。

 結局としてモモセは自分で選んで引きこもっていたのだった。

 ウルドがいないと呼吸がしやすいのに、彼がいなければモモセは何もできない。生殺与奪の権利を他人に明け渡しているのはベゼルを封じられた気鬱さで、モモセをゆるりと追い詰める。

 あと何日放っておかれるのだろう?

 身分を隠してまで学校に行く選択は不可触民にしてみれば不相応に過ぎたが、こうなってくると僥倖である。きっと息が詰まって死んでしまう。

 少なくともこの状態から近いうちに脱することができるのだということが分かっているだけ、ありがたい。
 あとは、何とかこの白々しく無意味な時間を昇華すべく格闘するだけだ。

 モモセは広いウルドの私室を見回した。

 今日も天気がいい。アルムレンシスは砂漠の国だ。日中は外に出れば炎に炙られているようで、できるだけ建物の影に隠れてしのいでいたものだ。

 ウルドの部屋には巨大な四枚の窓があり、それはそれぞれの中央部を除き精巧な透かし彫りが施されていた。おかげで容赦ない日差しはそこで遮られ、美しい紋様となって黒々と絨毯の上に落ちるのだった。

 熱を過分に含んだまとわりつくようなもったりとした空気まではどうしようもないが、風が通るので屋外よりはよほどましだろう。

 両脇の二枚の窓には細工に紛れるように扉がついていて露台に出てられるようになっていたが、ウルドの許可がないので、出ない。一度触れることを許可された場所以外、不用意にウルドの領域を侵犯するつもりはなかった。そもそも広々とした空間を好まないモモセは出る気にもならなかったし、景観にも興味がない。王都とはいえ、もともと自分の住んでいる住処でもある。

 壁際に置かれた天蓋のついた寝台、その正面には美しい装飾窓、傍にはクッションを置いた幅広のカウチ、食事用の敷物の上にはいくつもの甘いお菓子や果物が、銀の盆に乗せられて並んでいる。硝子の水差しには搾りたてのオレンジがなみなみと注がれていて、冷えているのかそのふっくらとした下腹に汗をかいている。

 これらがとんでもなく旨いことをモモセはもう知っているが、未だに食べるたびに喉が詰まる。食べ方が分からないのではなく、このような上等なものを食べることを脳が納得しないのである。

 それでもウルドはモモセに餌付けしようとするし、ひとりでは到底食べきれない贅沢を簡単に置いていく。金はあるあるところにはあるのだということは、本当に真理であった。

 白漆喰の壁に並べられたいかにも高そうな箪笥や本棚を順繰りに眺める。眩暈のしそうな高価な背表紙の群には、まったく理解不能な言語と思しき何か。これが仔どもが適当に書いたものだとしてもモモセは納得する。共通語か、神世の言語かすらもわからない。また視線をずらせばモモセには到底価値の分からない絵画――額縁にひどく金がかかっているのはわかる――がかかっている。それを横目に、モモセは溜息を吐いた。

 この部屋には金のかかっていないものはないのか? これだから不用意に動けないのだ。

 壁にはめ込まれた鏡に映る偶然映り込んだ自分の姿は、まったく冴えない顔をしている。黒に染め変えた毛にもようやく慣れたが、それも相まってどうにも欝々として見えるのだった。

 ここで一番価値がないのは自分ではなかろうか、とモモセは皮肉にくちびるを吊り上げた。買われた金額こそ高かろうが、原価は最低であろう。

 自分の鬱屈した呼吸音しかしない静けさ。沈黙の音が耳鳴りとして聞こえてきそうだ。

 落ち着かないので自室として宛がってもらった小部屋に戻りたいのだが、それははっきりと言葉にして禁止されていた。屋敷にいないのならばモモセはどこにいようが関係ないではないか。

 こんな部屋では容易に昼寝もできやしない。
 退屈は生き物を殺す、特に今のモモセを。

 人は怠惰を愛するかもしれないが、モモセは違う。苛立ちの衝動を抑えようとモモセは用意されている食事に近寄り、焼き菓子を乱暴に口に放り込み、かみ砕いた。砂糖がふんだんに振りかけられたそれは、甘くあまく脳に突き刺さる罪の味がした。

 旨いが、食べなれていい味ではない。しかし他にすることもなく、続けて二枚、三枚と口に入れる。喉が渇いたので、オレンジも飲んだ。そもそも日中のこの気温、水分を取らねばやっていられない。

 どうだ、と思う。

 モモセのためのものなので食べたところで文句はどこからも出ないのだが。
 気が大きくなったついでに、タルトを手にしたままカウチに飛び乗ってやった。

 
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