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遅すぎた日々が巡って
その問答に果てはなく
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外に通じる狭い扉の手前、時折風鈴を提げた提灯が飛んでいる空をぼんやり見上げながら座り込んでいた。払暁の頃にもかかわらず、日は精々山の端に薄く輪郭を見せるばかり、木の葉で隠された仔どもの視界からのぞむ天は深藍以上には明るくはならない。夏らしい澄んだ蒼に変化することも。ずっとずっと見つめ続けて、もう三日も経っているのに。
そう、季節は夏で、世界はじっとりとした暑さに覆われている。それはこの奇妙な世界においても変わらない。けれど太陽の存在を、はっきりと意識することは叶わなかった。
不思議だ、仔どもはそう思ったがあえて理由を訊こうとはしなかった。
この庵の主人である刹貴とは、時たま言葉を交わす程度だ。彼は風鈴細工をする職人であった。盲目であるように見えるのに、彼は様々な細かな道具を自在に操って、風鈴に紋様を刻んでいる。そして造られた多くの風鈴は、驚くことに仔どもが持っていたものととてもよく似ているようであるのだった。刹貴は座敷の奥の一角に大判の机を置き、そこで日がな一日細工をしてばかりで、仔どもにほとんど構ってくる気配はなかった。
だから仔どもは暇にあかせて、先日聞いた刹貴の恐ろしい言葉を、望むと望まざるとに関わらず何度となく心の中で反芻している。
信じろと、彼はそう言った。だがこれでは信じることなどどうやってすればいい。
もちろんそれは仔どもにとって好都合なことでしかなかったが、ほんのすこし、哀しいという気持ちを抱くのも本当だった。刹貴を信じてみたい、そういった本音がこころの奥底で疼いているのを、仔どもは否定し続けている。警戒音は変わらず盛大に鳴り響いていて、刹貴の声を掻き消そうとしている。
せめて、と。
声は聞こえない。それなのに刹貴の意思はこの家から明確に伝わってきていた。逃がさないように、守るために。
開け放された表戸なのに、そこから逃げ出そうとすれば吊るされた風鈴から阻まれるのだ。仔どもをそとに出さないための風鈴だ。近づけば得体の知れない気持ち悪さを感じた。
だから近づきたくなかったし、近づけもしなかった。見た目は文様が刻まれただけ、仔どもが持っていたものと大差ないような気がするのに。
風鈴の音は仔どもを家に閉じ込め、警戒音は裡に閉じ込める。
檻、みたいに。
大きな窓を背に、据えつけられた机で作業をしていた刹貴を仔どもは振り返った。視線に気づいたのか、ややおいて彼は顔を上げる。
『どうした』
雑音を突き抜け、きれいな声が届く。うわん、と追いすがる警戒音が刹貴の声を消そうと躍起《やっき》になっていたが、出来てせいぜい雑じる程度だ。
『朝餉にでもするか』
仔どもは無言で首を振った。
精をつけよとばかりに刹貴はさまざまとやせ細った仔どもに食べ物を与えたが、そもそも食が細い仔どもには粥をすこし口にするだけで腹がくちくなる。そうでなくとも、何かを食べたいという気は起きなかった。
「出てく」これまで幾度も繰り返した台詞をまた、告げた。「風鈴、返して」
『ならん』
刹貴の拒否もすばやかった。ともすれば、仔どもの言葉よりも早かったかもしれない。何度も交わしたやり取りだ。返答はすでに想像がついていたけれど、もしかしたらいい加減辟易した刹貴が自分を放り出しはしないかと思って。
だとしたら、きっとそれは仔どもに対する裏切りだと、そういうことになるのだろう。けれど仔どもはそれを望んでいた。矛盾している。傷つくことを恐れているのに、刹貴に見放されることも待っていた。ほらやはり信じるものではないと憫笑する日を退廃的に待っている。
「 、そっか、」
仔どもは視線をそとに戻す。諦めたわけでは決してない。
早いうちに刹貴から風鈴を返してもらわなければ、哂うことなどできようはずもない。遅くなればなるほど、その足元は瓦解するのだ。
仔どもが与えられ続けていた行為は、無意識に仔どもに刹貴を試させていた。そしてその試みが終わることはないのだろう。
虚ろに、流れていく雲を目だけで追う。今度は雲が切れて星空が見えたら、刹貴に出て行きたいと言うのだ。
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