傍へで果報はまどろんで ―真白の忌み仔とやさしい夜の住人たち―

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夜に暮らす穏やかな

そのひらめく感情は

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「では、」

 そら刹貴さつきを顧みて、先ほどの返事を彼に求める。

「それで、どうでしょう、さつどの。湯は、使えますか」

 彼はようやく顔を上げた。

『風呂は沸いている』

 地面から湯が沸くおかげで、刹貴の庵ではいつでも好きなときに湯にかることができるのだった。

 風鈴に紋様を彫っている手を止めて、刹貴はついと家の裏手を指差した。例に漏れず風鈴が、そこではカランカランと身体を揺らして仔ども以上の存在感を振りまいている。

『だか長湯はするな。まだ傷が深い、手早く済ませろよ』
「ええ、ではそうします」

 あっさり空は頷いて、勝手知ったる他人の押し入れとばかりに、そこを躊躇いなく開け放ち、新しい浴衣を取り出した。

 淡い桃色が美しい、桜の幹から取り出した稀少な染め粉を使った糸で織られた浴衣だ。

 これが仔どもの髪に似合うからと空が才津にわがままを言ってねだった品だということを仔どもは知らない。あんまり仔どもを構うから、才津が舗でねているということも。

 そのくせ才津は自分でも仔どもを気にして、早く名を思い出させなければ肉体はすぐに滅んでしまうぞと忠告を寄越したりもするのだった。

 空が下段から真新しい手ぬぐいを取り出したとき、しかし刹貴はその手を止めさせた。

『いや、空の坊、いい。やはりおれがする』

 その言葉を受け、しばし首を傾けて、

「ああ、そうですね。千穿がいませんし、おれがやるわけにはいきませんね。考えがいたらなかったな」

 空は合点が言ったように、にっこりと笑んで頷いた。
「ええと、机、端をお借りしますよ。よろしいですね」

 風鈴の部品となる幾つもの外身そとみぜつ、文様を彫るために用いるたがねを始めとする様々な種類の刃物。磨くためのやすりや布がそこには置かれていて、雑多な有様になっている。

 空はその刹貴の散らかった作業台の上のものを少しばかり寄せ、空いた場所に抱えていた荷物を手放した。

「刹貴殿。いいですか。着替え、ここに置きましたからね」

 刹貴の手を導いて、空は言う。

『応』

 驚いたのは仔どもだった。

「ど して。空でも いいよ」

 相変わらずの吃音きつおん混じりに、仔どもは言葉を発する。同年代の気安さからか、はたまた単純に大人の男でないからか、どちらかと言うと仔どもには空のほうが親しみやすかった。

 両目を覆う面も表情が読めないせいで恐ろしい。

 いまもそう。

 せっかく空が手伝ってくれると言うのだから、任せておいてくれればいいのに。

「べつ に、ひとりでも、 いい し」

 そも湯浴みに手伝いなぞいらぬのだ。荷物も持てぬほど重体でもなし、もう風呂の勝手も分かっている。手をわずらわせるくらいなら別に入らずともよいのだし、

 言い訳なら次々と湧いてくる。

「うーん、それはどうでしょうねえ。気になさってないかもしれませんけど、お嬢さん、結構重症ですからね。万一のことがありますから。刹貴殿とご一緒すべきだと思いますよ」

「そう、かな」「そうですとも」「なら べつに、空 でも  」

 外身の細工はまだ途中で、はんぶんも終わっていないようだった。それを中断してまで仔どもに構う必要はないと思うのだが。何しろ空はそのために来てくれている。

『阿呆、』
 言いながら刹貴が立ち上がった。

『いくらお前が幼かろうと、空に分別があろうとな。これは年頃の男ゆえ、肌を見せるを許すわけにはいかん』

 ばちりと何かはぜる音がして刹貴が顔をしかめる。しかめたとはいっても、少しばかり口元が歪んだだけだったが。風鈴のなびく音を含んだ破裂音は刹貴が足を踏み出すごとに聞こえる。仔どもはその音にわずか、身を引いて、反対に伸ばされた刹貴の手に囚われる。

 ふわりと身体が浮く。荷物のように片腕に抱えられる。

『あまり、褒められたものではないぞ』

 そういうものなのか。刹貴の着物にすがりつきながら、仔どもは思った。仔どもが人と関わっていたのは産まれてから数年だけだったから、そんな知識が入る隙間はなかった。


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