傍へで果報はまどろんで ―真白の忌み仔とやさしい夜の住人たち―

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覆せぬ差をどうせよと

たとえ境界に住まうとも

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       一

 がらりと襖が開いて、愛らしいかんばせが仔どもを見てほころんだ。
 
「お嬢さん」
「空っ」

 彼のおとないは数日ぶりであった。空は腰にいた刀を支え、身軽に畳へ飛び降りる。

 相変わらずの襖からの登場。アヤカシモノに混じって暮らす空はそれでも人間であることには違いなく、彼は刹貴が封じている表から出入りすることは叶わないのだった。

 不思議な術で繋がれた押し入れから、彼は予告なく現れる。

 しばらくと顔を見なかったので、元気そうな面持ちに仔どもはほっとした。

「御無沙汰をしてしまいました。お変わりありませんか」

 うん、と返事をしようと口を開いたのだけれど、彼が片手に引き摺っているものを目にして、仔どもは口を開けた格好のまま目だけを瞬かせた。

 その巨体の襟首をがっちりと拘束されているのは、ずいぶんとぼろぼろな千穿ちせんであった。

 最後の抵抗とばかりに襖を掴み、絶対に部屋に入るものかと抗っている。

 空は襖にしがみついている彼女を見つめ、睥睨へいげいし、ぐいぐいと数度引っ張った。首を絞めつけられながらそれでもなお抵抗がやまないのを見るや、彼は呆れたといった体でふかぶかとため息をつく。

「千穿、」

 そのたった一言で空の言わんとすることが伝わったのか、ますます強く千穿は襖を握る手に力を込めた。彼女の持つ長く鋭い爪のせいで襖の紙はすでにびりびりに裂けていて、さらに追加された爪痕に空からはもとより、さつからも非難のこもった視線を浴びる。盲目である刹貴だったが、音や気配、制限されているものの自分の能力のおかげで、周りの様子は十分に理解できるのだった。

 無言の圧力に耐えかねたように、千穿は常ならば零れ落ちそうなほどに剥きだされている目を堅くつむり、声高に宣言した。

『私はそこなコムスメの世話などせんぞッ。何度言ったら分かるのだ、私は人間など好かぬ、関わりとうないと言っているだろうッッ』「おれも、幾度となく言っているんですけどねぇ、」

 ひくりとこめかみを引きつらせ、空はすうと息を吸い込んだ。

「おれが、れっきとした人間であることをお忘れか。勝手に異形のくくりに放り込まないでいただきたいものだッッ」

 耳元で叫ばれて千穿は手を放した。耳を押さえ、顔をしかめている千穿に仄暗ほのぐらいものを背負いつつ空はにっこりと口だけの笑みを向ける。目はまったくの無表情だ。

「あなた、このおれを何だと思っているのです。いくら異形に紛れていてもおれは人間です。どうです、あなたはおれも嫌いますか」

 言葉に詰まる千穿の逸らされた横顔を、腰に手を当てて空はねめつける。

「いいですか、同じことを何度も繰り返させないでください。悠帳ゆうちょう店則てんそくは主人のめいには絶対服従。あなたに拒否権はありません。才津さいつさまがお嬢さんの世話をするようにとあなたに命じたかぎりには、思う存分職務を全うしていただきます」

 そしてごうぜんと彼は腕を組み、知ったようにいう。

「そもそも、あなたは気まずいだけでしょう。自分が殺そうとした者の世話を任されたものだから」『お、お前は反対しておったのではないのか。白鷺はくろの方が適任だと言っていたではないか』

「何度言わせれば気が済むんです。あなたに命じたのは才津様にお考えあってのことです。なればおれはそれに従うまで。よもや、主命を破ってお嬢さんを害したりしませんよねえ」

 そうして威圧感丸出しで付け加えられた台詞に千穿はとうとう震え上がった。

「それとも才津さまにまた説教を食らいたいんですか」

 観念したのか千穿は腰を引いて『わ、わかった』と消え入りそうな声で頷いた。

 とにかく千穿は才津を持ち出すとめっぽうに弱い。激しく叱責しっせきされるわけではないが、ただひらすら千穿は才津に失望されるのが恐ろしいのだ。

 千穿にとって才津の実家は主家であり、姻戚いんせき関係のある遠い親戚という立場になる。頭が上がろうはずはないし、頼みごとをされれば嬉しくもある。しかし、それが人間の子守りとなれば、何よりも拒否が先にたってもおかしくはないことくらい、みなみな了承しているはずなのに。


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