傍へで果報はまどろんで ―真白の忌み仔とやさしい夜の住人たち―

色数

文字の大きさ
42 / 74
覆せぬ差をどうせよと

どうか君には幸いな日々を

しおりを挟む


          三


「千穿、どうしたの」

 目を開けると、至近に子どもの顔があった。眠っていたのか。心配げに見つめる眼差しに不意におかしくなって、千穿ちせんは口端を上げる。

『来い』

 返事も聞かないうちに千穿は子どもの腕を引く。倒れこんでくる温度を抱きしめてみて、ああやはり、と思った。

「ど、どっ」

 どうしたの、と言いたかったのだろう、どもる子どもになんでもない、と返す。この行為に、別に大意はない。

『ただ、お前に謝らなければいけないと思ったのだ』

 子どもに当てつけ、はじめて明確になった自分の本心。

 条件反射。

 それでは今までの自分はどうだった。人間を厭うて見かければいびり殺していた自分は、
 本当に、人間を憎んでいたのだろうか。

『違ったんだ、私は決して、そうではなかった』

 ではなぜ泣いた。自分が殺した者たちを見て、あんなにも苦しくなったのはなぜ。 

 自分も目を逸らしていただけではないのか。

『もう愛してくれないことが哀しかったんだ。私は愛しているのに、同じように愛してくれないことがたまらなかったんだ』

 慈しむ瞳を、もう受け取ることはないことを。それがたまらなく辛くて。

 母を殺されて、もう恨むしかないと思った。愛しているものが、同じように千穿が愛するものを殺すから。どちらをも今までのように好きだと言うことはできない。

 けれど母のためにと振るった手は、結局として千穿が愛して愛していないいるものを絶つことしかしない。たとえ目を逸らし続けても、本当は誰よりよく知っている。

 子どもがこの町にきて、思い知らされた。なにより自分に近い子どもが、目の前で千穿と同じように心にもないことを叫ぶから。

「千穿も、刹貴と同じことを言うのね」

『あいつも、そう言ったか』

「言ったよ。大好きだ、て。ほんとはずっと、大好きだった、て」

 首肯に、千穿はちいさく笑み零した。吐息に交じりそうなほどの声音で、呟く。

『そうか、
 私も、そうだったんだよ』

 気に入らなくて、当てつけで言ったはずだったのだがな。
 そのことで自分自身が知らしめられるなんて。

 抱き寄せている子どもの肩に額をつけて、千穿は目を閉じた。流れ込んでくる体温が心地いい。そう、この子どもは嫌ではない。

 きっとこれからも人間を厭うことに変わりはないのだろう。けれど、千穿 、 、を見て好悪を分けてくれるなら。それはきっと愛してもいいものだ。

 空や、子どものように。

 千穿はようやく、自分が空を排除しなかった理由に気づいた。

 怖いくせに子どもが黙って縋らせてくれているので、ありがたいと思う。

 この子には自分とは違う幸福な未来が訪れればいい、千穿はそう切に願っている。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

あなたの片想いを聞いてしまった夜

柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」 公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。 政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。 しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。 「好きな人がいる。……片想いなんだ」 名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。

あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜

鳴猫ツミキ
キャラ文芸
【完結】【第一章までで一区切り】時は大正。天羽家に生まれた桜子は、特異な体質から、家族に虐げられた生活を送っていた。すると女学院から帰ったある日、見合いをするよう命じられる。相手は冷酷だと評判の帝国陸軍あやかし対策部隊の四峰礼人だった。※和風シンデレラ風のお話です。恋愛要素が多いですが、あやかし要素が主体です。第9回キャラ文芸大賞に応募しているので、応援して頂けましたら嬉しいです。【第一章で一区切りで単体で読めますので、そこまででもご覧頂けると嬉しいです】。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

本日、訳あり軍人の彼と結婚します~ド貧乏な軍人伯爵さまと結婚したら、何故か甘く愛されています~

扇 レンナ
キャラ文芸
政略結婚でド貧乏な伯爵家、桐ケ谷《きりがや》家の当主である律哉《りつや》の元に嫁ぐことになった真白《ましろ》は大きな事業を展開している商家の四女。片方はお金を得るため。もう片方は華族という地位を得るため。ありきたりな政略結婚。だから、真白は律哉の邪魔にならない程度に存在していようと思った。どうせ愛されないのだから――と思っていたのに。どうしてか、律哉が真白を見る目には、徐々に甘さがこもっていく。 (雇う余裕はないので)使用人はゼロ。(時間がないので)邸宅は埃まみれ。 そんな場所で始まる新婚生活。苦労人の伯爵さま(軍人)と不遇な娘の政略結婚から始まるとろける和風ラブ。 ▼掲載先→エブリスタ、アルファポリス ※エブリスタさんにて先行公開しております。ある程度ストックはあります。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

秦朱音|はたあかね
キャラ文芸
王を中心に五家が支配する、綺羅ノ国。 五家に覡(かんなぎ)として仕える十六夜家の娘、久遠(くおん)は、幼い頃から男として育てられてきた。 都では陽を司る日紫喜家の王が崩御し、素行の悪さで有名な新王・燦(さん)が即位する。燦の后選びに戦々恐々とする五家だったが、燦は十六夜家の才である「夢見」を聞いて后を選ぶと言い始めた。そして、その夢見を行う覡に、燦は男装した久遠を指名する。 見習いの僕がこの国の后を選ぶなんて、荷が重すぎる――! 久遠の苦悩を知ってか知らずか、燦は強引に久遠を寝室に呼んで夢見を命じる。しかし、初めて出会ったはずの久遠と燦の夢には、とある共通点があって――? 謎に包まれた過去を持ち身分を隠す男装姫と、孤独な王の恋と因縁を描く、和風王宮ファンタジー。 ※カクヨムにも先行で投稿しています

人間嫌いの狐王に、契約妻として嫁いだら溺愛が止まりません

由香
ファンタジー
人間嫌いで知られる狐族の王・玄耀に、“契約上の妻”として嫁いだ少女・紗夜。 「感情は不要。契約が終われば離縁だ」 そう告げられたはずなのに、共に暮らすうち、冷酷な王は彼女だけに甘さを隠さなくなっていく。 やがて結ばれる“番”の契約、そして王妃宣言――。 契約結婚から始まる、人外王の溺愛が止まらない和風あやかし恋愛譚。

処理中です...