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覆せぬ差をどうせよと
今日から呼ばれるこの身の名は
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その時、ずるりと何かが滑って落ちていった。見ると、それは千穿を押さえつけていた男だったものだった。死んでいる。当然だ、冷笑を浮かべつつ、千穿は思った。あれだけのことを母ちゃんにしたのだから、おなじ痛みを返されるのなんて、当然だ。
千穿は男を蹴とばした。転がっていくのを最後まで見届けはせずに、ほかの人間に視線を移す。一様におびえた眼差しが千穿に注がれる。異様な体躯だ、千穿も自身を見てそう思ったが、別段気にはしなかった。
もっともっと、怯えればいい。襲い来る死の恐怖に、震えればいい。
母と同じ痛みをもって、朽ちればいいッ。
より恐ろしく。千穿の思い浮かべた死を体現するものが、千穿の肉体を持ってつくられる。二丈はあろうかという巨体、闇を流し込んだ皮膚。血で濡らした瞳。
そうあれかしと千穿の思いに応えるように、身体中の構造が変わっていく。有する武器がなくとも鎌のごとき爪と歯があれば、ひとなど容易い。
『見ておけ、これがお前たちの死の姿だッ』
呻いて、慟哭する。
バケモノだ、自分はまさしくそうなのだ。頭の隅の冷静な部分で自身でもそう思ったが、ああならば、そのように振舞えばなんら問題などないのだ。
膨れ上がった手でひとり、またひとりと逃げようとするひとの命を潰していった。
動きあるものを目端にでも捉えれば原型も留めないほどにぐちゃぐちゃに引き裂いて屠る。何度も何度も突き動かされる衝動に従って数え切れないほどを散らして。きっと、己が手で父すらも殺しただろう、そんなことすら気にせずに愛おしかったものたちの面影を怨嗟で塗り固め、彼らの消えてゆく声を音楽として聴いた。
ようやくすべての受ける眼差しがなくなり、千穿はたったひとりになった。自分で造った血の海に立ち尽くして、千穿はいつまでも独りだった。頼りなく千穿は笑みを浮かべる。
誰ひとりとして生きているものはいなかった。ただ痛いほどの死が醸す静寂が、そこには横たわっている。そんな今を導いたのはほかでもない自分で、自業自得と嘲笑おうとしてみたが、上手くいったかは定かではない。
胸に傷なんてないのになぜだか穴があいているような気がして、千穿は気にいらずに吐き棄てた。
『なんだ、よ』
呼吸が希薄になる。頭が重い。
唐突に虚脱感が襲ってきて、千穿は膝をついた。口の中は血と肉の味でいっぱいで、耐え切れずに千穿は嘔吐する。千穿は善狐、化かせども人の肉など喰らわない。母も同じく。
口腔を満たす感触はひたすらにおぞましかった。害のない妖モノだ。そのはずだった。しかしもはやその名では呼ばれまい。
『ははっ』
吐きながら、泣いた。わらった。そうする理由も掴めないまま泣いて、わらって、崩れた母の亡骸を抱いてまた、泣いた。
一報を聞いた才津が迎えに来るまで、千穿はずっと、そうしていることしかできなかったのだ。
千穿は男を蹴とばした。転がっていくのを最後まで見届けはせずに、ほかの人間に視線を移す。一様におびえた眼差しが千穿に注がれる。異様な体躯だ、千穿も自身を見てそう思ったが、別段気にはしなかった。
もっともっと、怯えればいい。襲い来る死の恐怖に、震えればいい。
母と同じ痛みをもって、朽ちればいいッ。
より恐ろしく。千穿の思い浮かべた死を体現するものが、千穿の肉体を持ってつくられる。二丈はあろうかという巨体、闇を流し込んだ皮膚。血で濡らした瞳。
そうあれかしと千穿の思いに応えるように、身体中の構造が変わっていく。有する武器がなくとも鎌のごとき爪と歯があれば、ひとなど容易い。
『見ておけ、これがお前たちの死の姿だッ』
呻いて、慟哭する。
バケモノだ、自分はまさしくそうなのだ。頭の隅の冷静な部分で自身でもそう思ったが、ああならば、そのように振舞えばなんら問題などないのだ。
膨れ上がった手でひとり、またひとりと逃げようとするひとの命を潰していった。
動きあるものを目端にでも捉えれば原型も留めないほどにぐちゃぐちゃに引き裂いて屠る。何度も何度も突き動かされる衝動に従って数え切れないほどを散らして。きっと、己が手で父すらも殺しただろう、そんなことすら気にせずに愛おしかったものたちの面影を怨嗟で塗り固め、彼らの消えてゆく声を音楽として聴いた。
ようやくすべての受ける眼差しがなくなり、千穿はたったひとりになった。自分で造った血の海に立ち尽くして、千穿はいつまでも独りだった。頼りなく千穿は笑みを浮かべる。
誰ひとりとして生きているものはいなかった。ただ痛いほどの死が醸す静寂が、そこには横たわっている。そんな今を導いたのはほかでもない自分で、自業自得と嘲笑おうとしてみたが、上手くいったかは定かではない。
胸に傷なんてないのになぜだか穴があいているような気がして、千穿は気にいらずに吐き棄てた。
『なんだ、よ』
呼吸が希薄になる。頭が重い。
唐突に虚脱感が襲ってきて、千穿は膝をついた。口の中は血と肉の味でいっぱいで、耐え切れずに千穿は嘔吐する。千穿は善狐、化かせども人の肉など喰らわない。母も同じく。
口腔を満たす感触はひたすらにおぞましかった。害のない妖モノだ。そのはずだった。しかしもはやその名では呼ばれまい。
『ははっ』
吐きながら、泣いた。わらった。そうする理由も掴めないまま泣いて、わらって、崩れた母の亡骸を抱いてまた、泣いた。
一報を聞いた才津が迎えに来るまで、千穿はずっと、そうしていることしかできなかったのだ。
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