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それは永遠の秘めごと
彼の偽り
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仕切りの襖を開けた先にあるのは、才津が営む呉服屋の大座敷だ。江戸裏の暗がりに慣れた目には、昼間の人の世はひどく眩しかった。満ち満ちた活気は生の明るさに華やいでいる。
この時刻は人間の客の方が多く、座敷にくつろいでは布を見繕っているのが目に留まる。帳場の机にはいつも店番の男がのへんと寝そべっていて、やる気のない態度で店子を采配していた。ただでさえ目つきが悪い上に舗に相応しくない袈裟姿なので、客自体は彼に寄りつこうともしていない。平時なら叱りつけるところだが今の自分の格好を顧みて、空は何も言わずに後ろを通り抜けることにした。
だが目ざとい男はそんな空に気づいて、にんまりと笑いながら声をかけてきた。
『空、どうしたそれは。ずいぶん可愛い格好をしてるじゃねえか。また旦那の戯れかい』
旦那、というのは才津の愛称のひとつだ。彼の名を出されて、空は自分の血が沸騰するのを感じた。
「煩いですよっ」
自制もせずに空は怒鳴り散らした。店内はざわめいていたため空の粗相に気づくものはすくなかったが、空は自身の醜態にも歯噛みする羽目になった。袷をきつく握りしめ、足音高く自室に走り去る。『おー、怖ぁ。女みてぇ』
男の呟きが背中に刺さって、顔には朱が上ってしょうがないのに、身体は冷たく冷えていく。空は唇を噛んだ。紅の味が口に広がり、それすらももう不愉快でならない。
彼の言葉を振り切るように戸を閉めた。障子戸を背に、しゃがみ込む。
おんなおんなおんな。言われ慣れているはずの言葉が、ひどく胸を突く。本当だったら、ここまで頑なになる必要なんてないはずだった。それなのにここほどに嫌悪感を抱くのは。
「才津、さま」
呻くような声で、空は主人を呼んだ。
そりゃあ男に決まっとろう。
一考の余地すらなく、言い切った主人の声が耳の奥で木霊している。ずっとずっと。それで当然だ。正答だった。逆を答えられればまさしく怒らずには居られなかっただろうに。
それでも可能性すら顧みられずに捨てられてしまうと、理性ではないところで湧き上がる痛みが、胸が苛んで仕方がないのだ。
「おれはあなたに、必要のない人間なんです」
この身体は。
「おれ、は」
着物を一枚一枚剥がしていって最後に残る頼りない肢体。胸に巻いた当て布は胸部を守るためだが、理由はそれだけではない。それすら外したあとに呪を掛けた符を取り払い、一呼吸。目の前にした姿見に映る躯は、どう取り繕っても少年とは言えないものだ。
「女だ」
いくら偽ろうと隠しきれない。
呻いて吐き出した言葉には、幾夜も幾夜も抱え込んだ暗晦が塗りたくられている。
産まれ出た瞬間から男として育った。
空は簪を抜き、畳に転がした。
こんなもの、似合いたくもなかった。
油で固められた髪を手櫛で乱し、視界を覆うそれに自嘲する。
鏡面の哀れを誘う少女に手を伸ばせば、そちらも同じように手を伸べる。触れ合った指先の冷たさに、どう足掻いてもそれが自分だと知らしめられている。
肌蹴た袷から覗くのは、膨らみを見せはじめた白い乳房だ。そこに痛みを覚えるようになってから、空の懊悩はいや増した。
今はまだ十一の空の躯は女ではなく、少年として十分どうとでも誤魔化しようもある。そのための呪だってある。けれど恐れている刻限までは、きっとあといくらもないのだ。
きっといつか才津は気づくだろう。空が続けた、その欺瞞に。
(そしてそのとき才津さま、あなたはきっとおれを捨てるんだ)
珍しいから、女物を着たら褒めてくれるだけ。いつも女として振る舞う空では、才津は何の興味も示しはしない。そういう、男だ。才津は。
けれどそんな才津に仕えるよう、仕込まれてきたのは空だ。才津に捨てられようものなら、空にはもう何も残らない。
「でも、いいんです。俺はできる限りあなたを騙して、だまして、そして」
そして、どうするだろう。
どういう風に、別れを告げるんだろう。
は、と空は自身に向けて嘲笑した。
髪の一筋すら主人のもの、そんな空に告げる言葉なんてあるはずもないのに。
「あなた以外に、預ける命なんてどこにもありはしないのに、空には」
ぽつりと落とされる響きには、頼りない幼子の寄る辺なさがあふれている。
心ノ臓を重ねて生きてきた。己も解さぬ遠い昔から。分かちがたく離れがたく、けれど乞うるのはいつだって空のほうだ。空をこの世界の桎梏に繋いだのは、紛れもなく才津自身であるのに。
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