64 / 74
さあ、目を覚まして
閉ざしたのは、
しおりを挟む「だっ、だからと言って無用心が許されるわけではっ」『騒がしいな』
鈴の音とともに、蔵の中がますます影をはらんだ。丁度、魅櫨と同じほどの背丈の男が扉を塞ぐ形で立っている彼の隣に並び立ったところだった。
今まで聞かれなかった声の持ち主は、盲目のサトリ、刹貴である。そのサトリに抱きかかえられているのは彼の拾った人間の子どもだ。
『刹貴ー、それ以上進むとちょっと危ないぜっと』
足場のないところに行こうとする刹貴の進行を錫丈で阻み、魅櫨が言う。
『すまんな』
自身に呆れたような色を含む声で、刹貴は言った。
刹貴は階梯に足を掛け、仔どもを後ろから抱え込んで座る。
『おお、ちゃんと娘も来ているな』
才津がそう言って手を叩いたのに、仔どもの叔母が素早く反応した。
「小姫がいるのですか、ここに」
『来ているぞ、見えんだろうがな』
「っ、ああ、」
吐息ともつかぬ声を漏らし、鳴らし続けた風鈴を胸に抱き、女は淡く破顔した。才津が教える方向に、仔どものいるところに目をあてた。
「ちゃんと、無事でおるのですね」
その視線を受けて。見えないけれど。語りかけられているみたいだと仔どもは思った。戸惑いながら、頷いた。伝わらないなりに。安堵に満ちた表情で笑う彼女は、優しくて、どうしてだか分からなくなる。彼女の笑顔なんて、見たことなどなかった。
「よかった」
やわらかすぎる、その言葉。
「どうして、」
女を見つめたまま、仔どもはふっと刹貴に訊ねた。
「どうしてあの人は笑ってるの」
『嬉しいからだろう、お前が無事で、ここにいると分かって嬉しいからだ』
「でも。あたしがちゃんとここにいるとき、笑ってくれたり、しなかったよ」
それどころか、仔どもをまっすぐ見てくれることすらなかったのに。
『そのときは、人間。お前は別に無事だったわけではないだろう』
刹貴の微妙な言い回しに仔どもは気づく。
「今、は、あたしが、無事だか、ら」
誰に向けるともなしに訊ね、自分の中に答えを見出して、仔どもは動揺を抑えきれないまま身体を反転させ刹貴を見上げた。
「違う、よね。ちがうよね」
『なにが』
「あの人、あたしを、」
湧き上がってきた意見を否定して、さらにそれに否定を重ね、仔どもはごくりと唾を飲み込んだ。
「あの人、なの」
『是』
頼りなく訊ねると、明確な肯定がもたらされる。刹貴のその言葉はどんな角度から聞いてみたって紛れもなく、同意以外の何ものでもありえなかった。
仔どもは顔をゆがめ、階梯の下を顧みる。
風鈴の音が聞こえてきていた。刹貴のものと似通った音。設えられた布団の前に座って、女は風鈴を鳴らしていた。眠っているのは、仔ども自身。大嫌いな白髪が視界に入る。顔はよく見えない。だが閉じられた瞼の内側には蒼い硝子球がふたつ、おさまっているはずだ。彼女は仔どもが疎まれている理由のすべてを、ちゃんと見ているのに。
動かない仔どもを見つめる彼女の横顔は微笑んでいた。
切なげで、でも確かにそれは喜びも含んだ笑みで。
ぞっと、した。
「、違う、ちがうっ」
胸の潰れる思いで、仔どもはすべてを叩き切った。
唯一まだ消えない傷が、じくりと疼く。
刹貴の腕を振り払い、よろめきながら仔どもは古びた階段の板の上に立ち上がった。
「あのひとはっ、あのひとがっ。
あたしをここに閉じ込めたっ」
0
あなたにおすすめの小説
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
あなたの片想いを聞いてしまった夜
柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」
公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。
政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。
しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。
「好きな人がいる。……片想いなんだ」
名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。
あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜
鳴猫ツミキ
キャラ文芸
【完結】【第一章までで一区切り】時は大正。天羽家に生まれた桜子は、特異な体質から、家族に虐げられた生活を送っていた。すると女学院から帰ったある日、見合いをするよう命じられる。相手は冷酷だと評判の帝国陸軍あやかし対策部隊の四峰礼人だった。※和風シンデレラ風のお話です。恋愛要素が多いですが、あやかし要素が主体です。第9回キャラ文芸大賞に応募しているので、応援して頂けましたら嬉しいです。【第一章で一区切りで単体で読めますので、そこまででもご覧頂けると嬉しいです】。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
本日、訳あり軍人の彼と結婚します~ド貧乏な軍人伯爵さまと結婚したら、何故か甘く愛されています~
扇 レンナ
キャラ文芸
政略結婚でド貧乏な伯爵家、桐ケ谷《きりがや》家の当主である律哉《りつや》の元に嫁ぐことになった真白《ましろ》は大きな事業を展開している商家の四女。片方はお金を得るため。もう片方は華族という地位を得るため。ありきたりな政略結婚。だから、真白は律哉の邪魔にならない程度に存在していようと思った。どうせ愛されないのだから――と思っていたのに。どうしてか、律哉が真白を見る目には、徐々に甘さがこもっていく。
(雇う余裕はないので)使用人はゼロ。(時間がないので)邸宅は埃まみれ。
そんな場所で始まる新婚生活。苦労人の伯爵さま(軍人)と不遇な娘の政略結婚から始まるとろける和風ラブ。
▼掲載先→エブリスタ、アルファポリス
※エブリスタさんにて先行公開しております。ある程度ストックはあります。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~
秦朱音|はたあかね
キャラ文芸
王を中心に五家が支配する、綺羅ノ国。
五家に覡(かんなぎ)として仕える十六夜家の娘、久遠(くおん)は、幼い頃から男として育てられてきた。
都では陽を司る日紫喜家の王が崩御し、素行の悪さで有名な新王・燦(さん)が即位する。燦の后選びに戦々恐々とする五家だったが、燦は十六夜家の才である「夢見」を聞いて后を選ぶと言い始めた。そして、その夢見を行う覡に、燦は男装した久遠を指名する。
見習いの僕がこの国の后を選ぶなんて、荷が重すぎる――!
久遠の苦悩を知ってか知らずか、燦は強引に久遠を寝室に呼んで夢見を命じる。しかし、初めて出会ったはずの久遠と燦の夢には、とある共通点があって――?
謎に包まれた過去を持ち身分を隠す男装姫と、孤独な王の恋と因縁を描く、和風王宮ファンタジー。
※カクヨムにも先行で投稿しています
人間嫌いの狐王に、契約妻として嫁いだら溺愛が止まりません
由香
ファンタジー
人間嫌いで知られる狐族の王・玄耀に、“契約上の妻”として嫁いだ少女・紗夜。
「感情は不要。契約が終われば離縁だ」
そう告げられたはずなのに、共に暮らすうち、冷酷な王は彼女だけに甘さを隠さなくなっていく。
やがて結ばれる“番”の契約、そして王妃宣言――。
契約結婚から始まる、人外王の溺愛が止まらない和風あやかし恋愛譚。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる