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さあ、目を覚まして
象徴
しおりを挟む湿気た蔵に手を引かれて入って。格子の嵌められたちいさな明り取りから、差し込む光がどうしようもなくやるせなくて。その光に魅入っていると、彼女は階段を降りるよう、震える声で仔どもに言った。降りきったところで次はどうすればいいのかと振り返ると、彼女は蒼白な顔で仔どもを見下ろしていた。堪えておくれね、彼女はそう言って身を翻し、重い音を立てて扉を閉めた。
追い縋った。古い階段はあがるたびにぎしりぎしりと仔どものこころのように悲鳴を上げた。
そとで、彼女はひたすらに、赦してちょうだいと悲痛な声を絞り出していて、
小姫の、身のためなのだ、と。
「 え、」
無意識に過去を手繰り寄せていた仔どもは、そこまで思い至って呆然とした。戸惑いに似た何かが飛来する。
「あ、れ」
そんな、嫌っていた相手に謝罪なんてするはずがないではないか。
あんなに苦しげであるはずがない。仔どものためなどという言葉を、
間違っても使うはずが。
「っ、何、それ」
語尾を掠れさせ、仔どもはひとりごちた。
覚えていなかった。思い出した。閉じ込められた、そのことばかりが頭を占めて、ほかのすべてを考えることすらしなかったせいで。
はくはくと仔どもは胸をあえがせた。目頭に凝る熱が、否応なく溶けて流れ出す。
「じゃ、あ。うそ、じゃなくて、ほんとう、にっ」
顔を覆った手が濡れる。
「あたしのこと、きらいなんかじゃ、なかったの」
質問に女は答えなかった。仔どもの声が聞こえないので。代わりに風鈴が、慈しむような穏やかな音を聞かせている。
子どもを、彼女が疎んだりしようはずがないのだ。
母親の与えた風鈴の効果で、子どもに悪意を向けるものが仔どもの姿を見ることはなくなった。
しかしすでに手遅れ、子どもは従順すぎるほど、苦痛に従順になっていた。姿が消えて狂ったように探し回る父親、兄弟。それに反応し、一縷の期待をし、素直に身体を差し出そうとする子ども。家捜しもされた、どんな不運が重なって見つからないとも限らなかった。そのときにはもはや、暴力などで済む問題には思われなかった。
殺される、そしてそれは決して思い違いなどではなかった、そう悟った女はどこにも子どもを出ださないよう、使わなくなった蔵に子どもを閉じ込めたのだ。外の世界に逃がすには、そこは異端に厳しかった。
そのことを子どもに説明するのは、いまの彼女には不可能だったが。
「あたしあなたに、きらわれて、なかったの、ね」
仔どもは崩れるように、階梯に座り込んだ。激しい眩暈がしていた。知らず知らず、呼吸が荒くなる。
『無茶をする』
差し出された刹貴の手をとって、何とか身体を支えながら、仔どもは歩くと言った自分をなぜ刹貴が止めさせたのかを知った。「へーき」「小姫っ」
取り繕おうとした仔どもの言葉に、叔母の悲鳴が被さった。
「どうしたのっ」
自分の肉体が、細かく痙攣しているのが仔どもにも見える。千穿が壁から背を浮かし、空は階段の仔どもに焦った視線をくれる。
『魅櫨っ』
才津が鋭く、麾下の男を呼んだ。ここに、と魅櫨もまた鋭利な声で答える。
『今すぐ医者を連れて来いッ』『御意に、』
魅櫨はすばやく身を翻し、錫杖の音を響かせて掻き消える。
小姫、小姫と泣き声で女は仔どもを呼んでいた。千穿が、空がうろたえている。
「あたし、死ぬの」
ぽつり、仔どもは刹貴に訊ねた。『いいや』
答える声はいつにも増して平坦だ。
『医者が来る、すぐによくなる』
帰れたらいいのに、ようやっと、仔どもはそう思った。あの人が泣いていて、空や千穿がふためいていて、そんなものは見たくなかった。
打算でも建前でもなんでもなく、そうしたいとやっと思えたのに、視界の隅に動くものを認めたとたん、仔どものその感情は灰燼に帰す。払拭された思いは分厚い恐怖で何十にも覆い隠された。
それが誰なのか、理解してしまったので。
「父、さま」
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