傍へで果報はまどろんで ―真白の忌み仔とやさしい夜の住人たち―

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さあ、目を覚まして

この胸をさいなむのはいつでも

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「父、さま」

 父親だった。騒がしさのせいで、目を覚ました父親だった。
 仔どもの漏らした呟きに才津が反応し、男に目を向ける。

『起きたか、何をしても起きんから、今日はもう話すのは無理かと思っておった』

 仔どもを窺いながら、隠れて時折蹴っ飛ばしてみたりしていた才津だ。

『見れば理解できようが、そちらのご息女はいま危険な状態にある。勝手ながら医者を手配させてもらった』

 まだぼんやりしているのか数度頭を振り、それからくっと男は笑みを閃かせた。

「医者か。そんなものはいらぬ」

 ぺったりとした昏い笑みを浮かべて、男は言った。

「死、ふふっ、死ぬのだろうっ、あれはっ。殺して、殺してしまえっくははハはッ」

 寒々しいほどの哄笑が蔵の中にこだまする。仔どもは身体を硬直させ、見開いた目いっぱいに父親を映した。
 才津は嫌悪にか、目を険阻けんそに眇める。

『仮にも自分の娘だぞ、よくそこまで言えるな』

 大口を開けたまま、ひくりと男はこめかみを引き攣らせた。血走った目が才津を見据える。狂気に満ち満ちた眼差し。

『娘、だと。否っ、』

 男の顔は負の感情に塗りつぶされ、とても正視に堪えうるものではなかった。仔どもは痛みのひどくなってきた胸元の傷に手を当て、一段上にいる刹貴の足に身体を凭せかける。

 逃げるわけにはいかなかった。連れて逃げてと刹貴に言いたかった。それでもそれを堪え、仔どもはただ、悲鳴を堪えて刹貴に縋りついている。

 認めなければ、最後まで、見届けなければ。
 ここで死ぬわけにはいかないなら。

 あのひとのことを知った。一歩進めた。だからいくら痛くて苦しくても、二歩目が歩けぬわけがない。

 呪詛のような父親の言葉を、あえて聞くのだ。

「姫などおらぬっ、わしには娘はいなかった。息子が二人のみっ。殺せ、殺せ、女、剣をとれっ。忌まわしい血などここで絶ってしまえッ。バケモノの血が流れているやも知れぬ仔、わしの娘などでは断じてないッ」

 思いもしない言葉に、空間が凍りつく。胸の傷の疼痛とうつうに仔どもは呻いた。

 氷壁を無理やりに破り、血相を変えて女は叫ぶ。「二心をお疑いになるかっ」

 泣き顔は、驚愕へと変わっていた。「おのが妻のこころすらもお疑いになるのですかっ。我が姉があなたを想っていらっしゃったことくらい、お分かりにならぬかっ」「相手はバケモノぞ、仮に我が妻が二心抱かずとも、だ。お前はわしを誰と思っておる、ただ黙って殺せばいいッ」

 彼女は血の気のない顔で、両腕を胸に抱き身を震わせる。空が打ち払った、目の前に転がっている懐剣を、ひび割れた瞳で見つめ続ける。

「いや、」 痛みを多分に含んだ声で女は漏らした。

 仔どもの傷が、ぴしりと裂けて当てた布に血を滲ませた。

 その瞬間、誰の背にも等しく奔ったおそれがある。     『ほう、』

 あまりに冷えたその呟きは、二匹分。瞬時、蔵に満ちた空気の質が変わった。肌を刺し貫くほどの重圧は腰を萎えさせるに余りある。そしてその源のひとつは刹貴だった。

 怒っている、比類ないほどに。

 身体を崩しながら、仔どもは刹貴の身頃を力の入らぬ手で握ろうとあがく。そうしながら仔どもは刹貴が袖下から取りだした青銅の風鈴を、たやすく握り潰すのを見た。呪の刻まれた風鈴は、直接触れれば刹貴の身を害す。煙を吹いて手のひらをただれさせていくそれを、仔どもは驚愕に声も出せず見ている。痛みを覚えている様子もなく、小さな塊になってしまったそれを刹貴は無造作に放り出した。階梯を一段いちだん、空恐ろしいほどゆっくりとひしゃげたそれは落ちていく。

 その行方を追って目線だけを下げた仔どもは、その先で膨らむもうひとつの圧に行き当たった。

主人あるじッ」

 空は主人を抑えようとしたが、遅かった。制止を振り切り、才津は空の腰帯から脇差を抜く。何の変哲もない刀のはずだが、今や青白い炎を刀身に宿しているそれを、才津は一度空中でぎ払った。轟とひときわ燃え盛る炎。

『傷の痛みと焼け死ぬでは、どちらが早かろうな』
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