74 / 74
縁のはじまり
縁のはじまり、再会をいずれ
しおりを挟む四
カラン。
女の顔が視界に入った。顔を歪めて、彼女は静かに泣き出した。子どもの世話をずっとしてくれていた叔母だった。
「小姫、小姫」
身体を叱咤して、子どもは起き上がった。自ら裂いた腹は、まだ痛んだ。長いあいだ食べていない身体はやせ細って、何のことはないはずの動作も億劫で、困難だった。叔母は鳴らしていた風鈴を子どもに渡し、それを手伝ってくれる。子どもはぎゅうとそれを抱きしめた。
子どもが寝かされていた部屋は、見知った蔵ではない。日当たりのよい座敷だった。障子に透ける陽光が夜を長く過ごした目にじんわりと沁みて、ほろりと転がり落ちるものがる。
枕もとには水差しが置かれ、三角に折りたたまれた懐紙。かっぱがくれたという薬だろうか。
たくさんのひとに迷惑をかけた。馬鹿なことをした、そう思う。でも想われている証なんてどこにもなかったのだから、仕方がないと言えば、そうだろう。
だから、やり直すのだ。
子どもは今も、生きている。
「想詩、よ」
泣き続ける彼女に、自身の名前を告げる。萎えた喉ではそれはひどく難しくて、水差しを与えられてやっと聞き取れる音になる。
「想詩よ。呼んでくれる、ひとがいないのは哀しい。叔母様の、名前は」
泣き濡れたおもてが上がり、彼女はまっすぐ子どもを見つめた。
「和江(かずえ)と、言うのよ、想詩」
抱き寄せられる。和江の腕の中は暖かかった。
「よかった、よかった無事で」
泣きやまない和江の背中に、腕を回す。
こんな風に、心配してくれる女(ひと)が自分にはいて。こんなにも思われていると自覚する。
カタン、と障子戸が鳴った。はっと目を向けると、薄く開いた戸から覗く影が。和江はちょうど背を向けていて、彼らには気づいていない。
子どもは風鈴を握りしめている。それぞれに蒼の瞳を向けると、受け止める眼差したちは揺れて、それでも確かに子どもの姿を映している。
(父さま、 兄様たち)
困惑、焦燥、寄る辺なさ。それと安堵と。彼らの黒い瞳に映っているもの。言いよどむように動いた唇、父は踵(きびす)を返し、二人の青年はそのあとを追っていく。まだ交わせる言葉は持たないけれど。
養生せよ、また来る、と。
子どもは抱きしめてくれる和江の胸に頬を寄せ、眦(まなじり)から雫を落とす。
そうしてふと思い出した。無欲な腕の中があまりに安堵を誘うから。帰りたくとも、帰ることが叶わなかったという刹貴の言葉を。
だからこそ、と。想詩は想うのだ。ねえ刹貴。
想詩は多分、いまごろいつもと変わらずに、淡々と風鈴細工をしているだろう刹貴へと呼びかける。
後悔していたから毎日花を手向けたのでしょう。困惑、焦燥、後ろめたさや、きっとそんなものもあっただろうけれど。取り戻せないものは多いけれど。帰ってきてくれていたならば、あなたを迎えたのは、このやさしい腕だったはずなのだ。
けれどそれがなせぬと言うなら。
あなたが聞かずに終わってしまった言葉のすべて。
きっと、今度はあたしが言おう。あなたが生きていて嬉しいと。
だから、再会をいずれ。
カラン、と風鈴は涼やかな音で肯(がえん)じた。
了
0
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
あなたの片想いを聞いてしまった夜
柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」
公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。
政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。
しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。
「好きな人がいる。……片想いなんだ」
名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。
あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜
鳴猫ツミキ
キャラ文芸
【完結】【第一章までで一区切り】時は大正。天羽家に生まれた桜子は、特異な体質から、家族に虐げられた生活を送っていた。すると女学院から帰ったある日、見合いをするよう命じられる。相手は冷酷だと評判の帝国陸軍あやかし対策部隊の四峰礼人だった。※和風シンデレラ風のお話です。恋愛要素が多いですが、あやかし要素が主体です。第9回キャラ文芸大賞に応募しているので、応援して頂けましたら嬉しいです。【第一章で一区切りで単体で読めますので、そこまででもご覧頂けると嬉しいです】。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
本日、訳あり軍人の彼と結婚します~ド貧乏な軍人伯爵さまと結婚したら、何故か甘く愛されています~
扇 レンナ
キャラ文芸
政略結婚でド貧乏な伯爵家、桐ケ谷《きりがや》家の当主である律哉《りつや》の元に嫁ぐことになった真白《ましろ》は大きな事業を展開している商家の四女。片方はお金を得るため。もう片方は華族という地位を得るため。ありきたりな政略結婚。だから、真白は律哉の邪魔にならない程度に存在していようと思った。どうせ愛されないのだから――と思っていたのに。どうしてか、律哉が真白を見る目には、徐々に甘さがこもっていく。
(雇う余裕はないので)使用人はゼロ。(時間がないので)邸宅は埃まみれ。
そんな場所で始まる新婚生活。苦労人の伯爵さま(軍人)と不遇な娘の政略結婚から始まるとろける和風ラブ。
▼掲載先→エブリスタ、アルファポリス
※エブリスタさんにて先行公開しております。ある程度ストックはあります。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~
秦朱音|はたあかね
キャラ文芸
王を中心に五家が支配する、綺羅ノ国。
五家に覡(かんなぎ)として仕える十六夜家の娘、久遠(くおん)は、幼い頃から男として育てられてきた。
都では陽を司る日紫喜家の王が崩御し、素行の悪さで有名な新王・燦(さん)が即位する。燦の后選びに戦々恐々とする五家だったが、燦は十六夜家の才である「夢見」を聞いて后を選ぶと言い始めた。そして、その夢見を行う覡に、燦は男装した久遠を指名する。
見習いの僕がこの国の后を選ぶなんて、荷が重すぎる――!
久遠の苦悩を知ってか知らずか、燦は強引に久遠を寝室に呼んで夢見を命じる。しかし、初めて出会ったはずの久遠と燦の夢には、とある共通点があって――?
謎に包まれた過去を持ち身分を隠す男装姫と、孤独な王の恋と因縁を描く、和風王宮ファンタジー。
※カクヨムにも先行で投稿しています
人間嫌いの狐王に、契約妻として嫁いだら溺愛が止まりません
由香
ファンタジー
人間嫌いで知られる狐族の王・玄耀に、“契約上の妻”として嫁いだ少女・紗夜。
「感情は不要。契約が終われば離縁だ」
そう告げられたはずなのに、共に暮らすうち、冷酷な王は彼女だけに甘さを隠さなくなっていく。
やがて結ばれる“番”の契約、そして王妃宣言――。
契約結婚から始まる、人外王の溺愛が止まらない和風あやかし恋愛譚。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
とても素敵でした!読みながら涙出てきました!また、彼女と彼らが逢えたらいいな!😂
アザレアさん、ご感想ありがとうございます!
彼らが再び出逢うことを願っていただけて、とても嬉しいです。
そんな果報が必ず来ることを、こっそりお伝えしておきますね。