傍へで果報はまどろんで ―真白の忌み仔とやさしい夜の住人たち―

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縁のはじまり

縁のはじまり、再会をいずれ

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          四

 カラン。
 女の顔が視界に入った。顔を歪めて、彼女は静かに泣き出した。子どもの世話をずっとしてくれていた叔母だった。
「小姫、小姫」
 身体を叱咤して、子どもは起き上がった。自ら裂いた腹は、まだ痛んだ。長いあいだ食べていない身体はやせ細って、何のことはないはずの動作も億劫で、困難だった。叔母は鳴らしていた風鈴を子どもに渡し、それを手伝ってくれる。子どもはぎゅうとそれを抱きしめた。
 子どもが寝かされていた部屋は、見知った蔵ではない。日当たりのよい座敷だった。障子に透ける陽光が夜を長く過ごした目にじんわりと沁みて、ほろりと転がり落ちるものがる。
 枕もとには水差しが置かれ、三角に折りたたまれた懐紙。かっぱがくれたという薬だろうか。
たくさんのひとに迷惑をかけた。馬鹿なことをした、そう思う。でも想われている証なんてどこにもなかったのだから、仕方がないと言えば、そうだろう。
だから、やり直すのだ。
子どもは今も、生きている。
「想詩、よ」
 泣き続ける彼女に、自身の名前を告げる。萎えた喉ではそれはひどく難しくて、水差しを与えられてやっと聞き取れる音になる。
「想詩よ。呼んでくれる、ひとがいないのは哀しい。叔母様の、名前は」
 泣き濡れたおもてが上がり、彼女はまっすぐ子どもを見つめた。
「和江(かずえ)と、言うのよ、想詩」
 抱き寄せられる。和江の腕の中は暖かかった。
「よかった、よかった無事で」
 泣きやまない和江の背中に、腕を回す。
 こんな風に、心配してくれる女(ひと)が自分にはいて。こんなにも思われていると自覚する。
 カタン、と障子戸が鳴った。はっと目を向けると、薄く開いた戸から覗く影が。和江はちょうど背を向けていて、彼らには気づいていない。
 子どもは風鈴を握りしめている。それぞれに蒼の瞳を向けると、受け止める眼差したちは揺れて、それでも確かに子どもの姿を映している。
(父さま、  兄様たち)
 困惑、焦燥、寄る辺なさ。それと安堵と。彼らの黒い瞳に映っているもの。言いよどむように動いた唇、父は踵(きびす)を返し、二人の青年はそのあとを追っていく。まだ交わせる言葉は持たないけれど。
養生せよ、また来る、と。
 子どもは抱きしめてくれる和江の胸に頬を寄せ、眦(まなじり)から雫を落とす。
 そうしてふと思い出した。無欲な腕の中があまりに安堵を誘うから。帰りたくとも、帰ることが叶わなかったという刹貴の言葉を。
 だからこそ、と。想詩は想うのだ。ねえ刹貴。
 想詩は多分、いまごろいつもと変わらずに、淡々と風鈴細工をしているだろう刹貴へと呼びかける。
後悔していたから毎日花を手向けたのでしょう。困惑、焦燥、後ろめたさや、きっとそんなものもあっただろうけれど。取り戻せないものは多いけれど。帰ってきてくれていたならば、あなたを迎えたのは、このやさしい腕だったはずなのだ。

 けれどそれがなせぬと言うなら。
あなたが聞かずに終わってしまった言葉のすべて。
きっと、今度はあたしが言おう。あなたが生きていて嬉しいと。


だから、再会をいずれ。

カラン、と風鈴は涼やかな音で肯(がえん)じた。



了    
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みんなの感想(1件)

アザレア
2020.07.17 アザレア

とても素敵でした!読みながら涙出てきました!また、彼女と彼らが逢えたらいいな!😂

2020.07.18 色数

アザレアさん、ご感想ありがとうございます!
彼らが再び出逢うことを願っていただけて、とても嬉しいです。
そんな果報が必ず来ることを、こっそりお伝えしておきますね。

解除

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