傍へで果報はまどろんで ―真白の忌み仔とやさしい夜の住人たち―

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縁のはじまり

あなたを信じて手に入れた

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          三

 目を開ける。その腕に子どもを抱きながら、どうだった、と訊いてくるさつに、彼はすべてを知っているのだと悟った。

「知らな、かったの」

 ぽつりと仔どもは洩らした。

「だって、誰、も。言ってくれなかった、んだもの。好きだ、て、言ってく、れなかった、からっ」

 あの日蔵を訪れてから、言いたかったことが堰を切ってあふれ出す。
 刹貴の袷を握りしめ、子どもは声を震わせた。頬に伝うものはあまりに切ない。

「母さまだって、あんなっ。風鈴っ」

 母はもう、死んでしまったひとだった。もう、彼女の想いなんて何ひとつ触れられないはずだったのに。

『ああ、  すまない。
 だがもう分かったろう。ここだけではない。お前のいた場所にもお前を想うものはいた』

 何度も何度も子どもは頷いた。
 刹貴はそっと、その言葉を子どもに告げた。

『帰ってお出で、きっと待っている』

 お前が横たわる暗い場所で、彼女は子どものために風鈴を振った。子どものために音を鳴らして、目を覚ますのをずっと待っている。子どもの瞳がもう一度、現《うつつ》を映すときを。

『それにおれは、
 たゆたう永遠のなか変化のないお前を見るよりも、くるくると変わっていくお前のほうが、好きだよ。うた

 今度こそ日のしたへ、お前はもう大丈夫だろう。強がりでも、なんでもなく。
 もちろんだ、子どもは、想詩は自信を持って頷いた。

 なぜなら。

「刹貴、」

 子どもは腕を伸ばしぎゅうと彼の首を抱きしめた。

「ありがと、だいすき」

 涙が頬を、幾重も幾重も流れていく。けれど、これは哀しいからじゃない。子どもはもう、哀しみや恐怖しか知らなかった、そんな仔どもではない。

 たくさんのことを知った。嬉しいこと、楽しいこと。刹貴と、刹貴たちと出逢えたから知れた、たくさんのこと。

 これからも、いずれ訪れるかもしれない裏切りに、怯えることはあるかもしれない。ふと立ち止まったとき、その恐怖に竦むかもしれない。

 あの世界で生きていけば、心ないことを言われる機会だって多くある。子どもはあまりに人とは違う。けれど、甘受だけは絶対に、しない。

 ねえ刹貴。

「刹貴を信じて、よかった」

 ひと時だって休まることのなかった警鐘は、今ではなめらかな音楽となって風鈴の音と溶け合っている。

 それは子どもがひとりぼっちではないことの何よりの証左だ。
 抱きしめられるこの体温が恐ろしいなんてもう、微塵も子どもは思わないのだ。
 



 風鈴の音がする。どこか遠くで、ひとつのちいさな導のように子どもを呼んでいる。自分に向けられる想いのすべてを否定していたころには聴こえなかった音は、いまでは確かに耳に届いた。

 子どもは想詩という名前を再び手にして、自身を認めた。もうひとつ、帰る場所を手に入れた。

『音を辿っていけば、いずれ』

 そう言った刹貴に頷いて、子どもは一歩先に進む。進む、    進む。

 握っていた刹貴の手が、するりと解けた。けれど温もりはいつまでも、手のひらに残る。

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