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1−1 出会い
しおりを挟む「大丈夫。俺がいつでも⋯君に手を伸ばすから」
どうしてあなたはこんなにも私に優しいのか⋯
こんなにも温かな日々をくれるのか⋯
お願いだから⋯これ以上、私を見透かさないで⋯
――――――――――――――――――――
「アラタが狙ってた店、昨日バイトの募集終わったって」
親友のイチカが机に肘を付いてスマホでLINEを確認しながら放った言葉を聞いて、私はこの世の終わりのような顔で机に項垂れた。
バイト先が少ないこの小さな町で今、最後の希望が消えたのだ。
私、渡仲アラタは二ヶ月前に高校に入学してからずっとバイトを探していた。
高校入学時から友人が情報をくれてもその日か次の日には枠が埋まってしまい、このバイト激戦区では負け組となっていた。
「この先、募集出てもこんな感じであっという間に埋まってくよ?」
もう諦めろ――ということだろうか。
大学に進む気がないので高校のうちに将来の独り立ち資金を貯めたかったのに⋯
放課後、下校のチャイムがなる前に自転車に乗って、肩を落としながら自宅に帰ると家では中学生の妹のアカネと仕事が休みだった両親がTVを見て寛いでいた。
「おかえり。今日は母さん休みになったから家のことはしなくていいからね?」
両親共働きで帰宅の遅い時もある母の代わりに普段から全ての家事を担っている。
母親として、感謝しつつも罪悪感があるのか自分が休みの日は一切私に家事をやらせようとしない。
それでもたまの休みぐらいゆっくりしたいだろうと思う私は「何か手伝うよ?」と言葉を返す。
「じゃあ父さんとアカネと買い出しに行こう。さっきハルキから友達を連れて帰って来るってLINEがきたんだ」
そう言いながら向けられた父のスマホを覗き込むと⋯確かにLINEが届いていた。
七個上の兄ハルキは東京の大学に進学して、この春からは社会人。
無事東京で希望の職に就き、家族も安心して落ち着いたと思っていたところでいきなりの帰省連絡だ。
部屋で私服に着替えるとすでに玄関で待っていた父と妹と一緒に家を出て、車に乗った。
「夕方には空港に着くって⋯何でもっと早く連絡しないかな?」
「あいつはのんびりしてるからな」
刺し身や他に必要な食材とお酒を買って家に帰り、母と調理をしていると父がアカネを連れて空港へハルキを迎えに行った。
急だったので凝ったものは用意出来なかったが完成した料理をリビングの座卓テーブルに並べていると玄関の戸が開き、賑やかな声が聞こえてきた。
そんな中、バタバタと慌てて走ってきたのはアカネだ。
「ヤバいって⋯⋯兄ちゃんの友達⋯ヤバいって⋯」
ヤバいヤバいを連発する妹に溜め息を吐く。
カッコいいのか、強面なのかは知らないが飛行機に乗って遠路遥々やって来た兄の友人ならば誰でも快くもてなしたい。
言語能力を失ってヤバいしか言えなくなった妹に腕を引っ張られながらテーブルを見て、必要な物が他にないか確認していると上機嫌のハルキがリビングに入ってきた。
「よっ!GW振りだな」
爽やかな笑顔を向けてくる兄に細やかな怒りが込み上がってきた。
「もっと早く連絡できなかったの?」
「え、飛行機乗る前じゃ遅いのか?」
こいつは社会人にもなって何を言っているんだ――と七つも上の兄に対し、不安と怒りを感じる。
「だから言ったでしょ?帰省が決まった時点で連絡したほうがいいって」
ハルキの後ろから長身の男性がリビングに入ってきて、母は驚きのあまり手で口を覆った。
” 全く知らない人 ”に驚いた私も失礼と思いつつ相手を食い入るように見てしまった。
「畑山カナトです。突然お邪魔してしまってすみません。これ、つまらない物ですが⋯」
長身痩躯だが男性らしくしっかりした綺麗な体付き、垂れ目でボーッとしているようにも見えるが筋の通った鼻と薄い唇の整った顔、全体的に色素が薄くて色白の肌に透明感のある茶髪が妙に日本人離れしているように感じる。
見惚れて固まる母に呆れて、代わりに手を出し受け取るとカナトが一瞬驚いたあと微笑んだ。
「妹のアラタです。ご丁寧にありがとうございます。突然になってしまったのは兄のせいなので気にしないで下さい」
「そう言って頂けて安心しました。しっかりされた妹さんですね」
褒められて悪い気は全くしないな――と少し照れていると父に座って食べるように声をかけられ、母が男性達にビールを持っていく。
残りの料理を持っていき、アカネに飲み物を渡すと自分もやっと腰を下ろして食べ始めた。
「ね?ヤバかったしょ?」
アカネがコソコソと話しかけてくる。
「まぁ⋯母さんにはちょっと衝撃的過ぎたみたいだね」
「何でそんな普通にしてられるの?ほんと姉ちゃんって冷めてるよね。青春って言葉知ってる?」
イケメンに喜ばないだけで何故そこまで言われなきゃいけないんだ――と思いながら刺し身を口に入れると兄に呼ばれた。
「今日の飯、作ったのアラタだろ?カナトが美味いってさ」
「小学生の頃から料理をしてるって聞いてたけど⋯想像以上の腕前でビックリだよ」
気に入ってもらえたなら良かった――と安心し、そのまま目を合わせて会話を続ける。
垂れた目と色素の薄い瞳がとても穏やかに映り、見ているだけで心が安らいでいくように感じる。
得意料理は何かと聞かれたりしていると兄が不思議そうに私を見ていた。
「お前ってイケメンとか興味ないの?」
「ほら、やっぱそう見えるんだよ!」
「興味ないといけないの?」
「いけなくはないけど⋯そんなんで高校生活楽しいか?」
兄にも妹にも同じような事を言われ釈然としない中、カナトだけは嬉しそうに笑っているので不思議に思った。
「なぁ、お前バイトしてる?してないなら紹介してやろうか?」
「マジ!?どこ!?何の仕事!?」
突然の兄の発言に私は不覚にも身を乗り出してしまった。
「この町で家政婦の仕事。お前に合ってるだろ?」
「そんな仕事あったか?」
父が不思議そうに兄に聞くと小説家が個人で雇っていると説明され、眉間に力が入る。
この小さな町に小説家がいるなんて聞いたことがない――と父以外も思った。
「今はいないけど引っ越してくる。そうなんだろ?」
兄がカナトに声をかけると笑顔で頷いた。
「カナトは小説家なんだよ。大学一年の時にデビューして、ずっと静かなとこに引っ越したいって言ってたんだ。それで前にこの町を勧めたらあっさり引っ越し決めやがってさぁ。今回俺の帰省ついでに物件契約してくって⋯⋯この顔はかなりお気に召したように見える」
「うん。ここ、いいね。希望通りだ」
父がカナトに家政婦の必要性を聞いた。
毎日忙しいわけではないがどうしても生活リズムがめちゃくちゃになって家のことにも自分のことにも構っていられなくなってしまうことが多いらしく、最低限の家事は出来るが得意なわけではないのでどうしても大変な時は全てを後回しにしてしまい、家の中が悲惨な状態になる。
いつでも安心して家の中で仕事に打ち込めるようにと家政婦を求めていたのだ。
「畑山って⋯もしかして⋯連載小説” 夢で紡ぐ君への道標 ”の⋯」
頷いたカナトを見て、本好きの私は嬉しくなった。
自分がよく読んでいる小説の作者が目の前にいるのだ。
高まる興奮を必死に抑え込んで、カナトを見つめた。
「父さん、カナトはもう物件の目星も付けてんだよー。ここから一〇分で着く家だし、俺の友達なんだからいいだろ?」
その目星を付けている家というのが最近完成した建売住宅だった。
一人暮らしで一軒家を購入しようとするなんて⋯さすが売れっ子小説家だなと思った。
「ん~、そこまで余裕があるならちゃんとした家政婦を雇ったほうがいいと思うんだけどなぁ」
「実はそれが難しくて⋯」
東京のほうでも家政婦を雇っていたが真面目に仕事をするのは最初だけで、二週間ほど経つと私情で仕事の邪魔をし始め、プライベートにも介入して彼女面をし始める人ばかりだったという。
年配の人を雇ってもみたが愛人のように扱われたので、ついに男性を雇い始めたが成人男性が求める賃金は稼げないので長く続かず、早々に辞めていってしまうのだった。
「そんなこと本当にあるんだな⋯本当にうちのアラタでいいのか?」
「この顔を見て「イケメンだから何?」みたいな態度してんだから、俺も安心してカナトを任せられる。俺の友達が俺の地元に住むって言ってんだから、出来る限り安心した環境を整えてやりたいんだよ」
ハルキの気持ちを理解した両親は「あとはアラタ次第」だと伝えた。
週四で一日三~四時間、相場より高い時給をカナトから提示され、簡単に承諾してしまった。
よろしくね――と握手したカナトがとても嬉しそうだったので何だかとても不思議に感じた。
こうして私は一つ気がかりな事を抱えたまま小説家 畑山カナト先生の元でのバイトが決まったのだった。
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