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しおりを挟む「大丈夫ですよ」
マグカップに視線を向けたまま、昨日の出来事を話すとタケルが腕を組んで相槌を打ちながら真剣に聞いてくれた。
「なるほどな。カナトが介入しちまったか」
「何よ。悪い?」
「何とも言えねぇな。無理強いしているといえばしているが止めに入るのが許されるのはそのイチカちゃんって子じゃないのか?暴力を受けているなら納得できるが⋯」
あっ!――と声を出して、カップを置くと服の袖を捲り上げて二の腕を出した。
そこには必要以上に強く掴まれた事がハッキリ分かるほど痛々しく赤紫に浮かび上がった指の跡が残っていた。
「半日以上経っても消えねぇほどか⋯カナト、お前が正解だ。痛かっただろ?」
「まぁ⋯でも我慢出来るレベルでしたし」
捲った袖を直すとカナトが肩に手を置いた。
「我慢出来るからいいわけでも、大丈夫なわけでもないんだよ?」
眉尻を下げたカナトが昨日のように心配した眼差しを送ってきた。
「分かってはいます⋯でも跡が付くほど掴まれたことに対してどうこうするつもりはなくて⋯」
「君がいいならそれでいいけど、だからって今ここで平気な態度でいる必要はないよ。怖かったなら怖いって言えばいいし、痛かったならそう言えばいい。そしたら俺がもう大丈夫だよって言うんだから。ちゃんと言ってくれないと⋯何もしてあげられないじゃん」
悲しそうにも見える表情で必死に心配の言葉を紡ぐカナトから目を逸らすとタケルに呼ばれた。
「人には確かに忍耐力も必要だ。でもな、まだ高校生の君がそこまで感情を我慢する必要はないと思う。俺は兎も角カナトとはそれなりに付き合いが長くなって色々話もしてるんだろ?これでもカナトは大人なんだから遠慮する必要はないんだ」
「これでもって何よ」
「閉鎖的な生活をしてるこいつなら色々吐き出しやすいと思うしな」
普段から自分の抱える不安と向き合うことはない⋯必死に目を瞑って、辛いと思う感情が小さくなっていくのをただただ待っているだけだ。
” 夢の人生 ”のせいで心の幼い期間が早く終わってしまい、変に大人びてしまったせいで泣き言も吐きづらくなっていた。
「⋯⋯掴まれたと思ったら、どんどん力が強くなってきて⋯きっと、それだけ真剣なんだろうって思ったんですけど、痛くなってきてもあの時はどう断ればいいかってことで頭がいっぱいで⋯あいつも人の顔覗き込んでる癖に何も察してくれないし⋯好意と一緒に痛み与えてくるとか、怖すぎてっ⋯そん、なんでっ好き、とか⋯言われてもっ⋯説得力がないって⋯っ、うっ⋯」
改めて感情を吐き出して、また涙が溢れ出る。
カナトに頭を撫でられながら手で口を塞ぎ、涙が太腿に落ちてボトムスが濡れていくのを見つめ続けた。
「そうやって吐き出していいんだ。恥でも迷惑でもないんだから」
「強がっている姿を見せられるより泣き言や文句言って泣いてる姿見せられたほうが安心だ。溜め込むのは良くないからな」
溜め込むのが良くないことは分かっている。
表情を読まれているのかイチカにも心配されることが多い。
それでも何故か口に出したら負けだ――と思うようになってしまい、一度泣いたら涙がなかなか止まらないのもストレスなのかもしれないと思っていた。
家族やイチカに相談や弱音を吐いたとしても泣かないレベルで留めていたのに何故この二人にはこんなにも簡単に言葉が漏れるのか⋯
いや、きっとカナトがいる安心感からタケルの前でもこうして泣けているのだろう。
一緒にいる時間が多いからか⋯ タケルの言った通り閉鎖的な生活をしているから安心なのかは分からないが⋯
カナトが向けてくる” 優しさ ”はこのようにして私の無意識に閉ざしていた心を開いていっているのかもしれない。
泣いたせいで荒れた呼吸が落ち着いてきたのが分かるとカナトが私の顔を自分に向かせて、服の袖で濡れた顔を拭く。
まだポロポロと少量ではあるが涙が溢れていた。
「昨日より落ち着くの早いんじゃない?」
「そう、みたい⋯です」
「しっかりして大人びているのが悪いとは言わないが⋯存分に甘えて許されるのは子供のうちだけだぞ?普段頑張ってんだろ?辛い時くらい人に甘えたってバチは当たらん!」
「ハイ⋯」
顔を拭かれる私と拭くカナトを交互に見て、タケルがフッと小さく笑った。
「カナト、今日は泊まってくからな」
「でしょうね」
「じゃあ、夕飯どうしますか?」
「あぁ、大丈夫。ここ来る途中で寿司屋に寄って注文してきたから時間になったら取りに行ってくる。三人でも食べ切れないかもしれないほど頼んできたぞ!」
そんなに沢山注文してどうやって取りに行くんだ――とカナトに責められ、持ちきれないか?タクシー呼んだほうがいいか?と話している。
「どこの寿司屋ですか?」
「” かずはら ”って寿司屋だ」
「そこ、イチカの家です」
「え⋯イチカちゃんちってお寿司屋さん!?」
「ハイ」
車無しで取りにいける量か確認する為に電話を掛けるとイチカがすぐに出て、カナトの叔父が注文していったことを伝えた。
『そうだったんだ!今、注文票見たけど⋯この量、取りに来るの大変じゃない?先生って車ないよね?』
「ない。そんなに多いの?」
『一番大きい寿司桶が三つ』
食べ切れないほどと言っていたが予想以上の量にスマホを持ったまま固まった。
「おい、多すぎだろ」
「旨い寿司を沢山食いたかったんだよ!」
電話の声が漏れて、話が聞こえたカナトが呆れた言葉を出した。
すると私からスマホを取ったカナトがイチカと話し始める。
「こんにちは、畑山です。⋯⋯いえいえ、あのね?良かったら一緒に寿司食べない?知っての通り、凄い量を注文したみたいだからさ。⋯⋯全然構わないよ。⋯⋯そう?いいのかい?⋯⋯じゃあ、甘えさせてもらおうかな。⋯⋯わかったよ。じゃあ待ってるね」
私に返ってくることなく通話が終了して、スマホを返された。
どうなったのか分からず、カナトをジッと見つめる。
「ん?あぁ、食べ切れないから一緒にどう?って誘ったら注文したやつ持ってきてくれるって」
「え!?」
「いいだろ?」
「あぁ、沢山注文したからな。アラタちゃんも友達いたほうが楽しいだろ」
そして夕方になると外にタクシーが停まったのを確認して、カナトが外に出ていった。
タクシー代を払って、大きな寿司桶を受け取り、イチカと家に入ってくる。
「お邪魔します。⋯アラタ!あんた目赤いよ!?」
私の顔を見たイチカが驚いて、両手で顔を掴む。
「ハハハ~⋯参っちゃうよね~。でもスッキリしたわ」
「本当に仲良しなんだな。初めまして、カナトの叔父で担当編集者の片岡タケルです」
「⋯⋯⋯あっ、ハイ。和原イチカです。あの⋯今回は沢山注文して頂いてありがとうございました」
「いえいえ、これ支払いね」
封筒に入ったお金を数えて、「丁度頂きます」と言うとお金が戻された封筒の口をタケルがホチキスで止めた。
「中身が出たら大変だからな。親に怒られるだろ?」
「ありがとう、ございます⋯」
柄にもなく頬を赤くしたイチカを見て、ついニヤけてしまう。
「よし、食うか!」
四人でテーブルを囲み、寿司を食べ始めるとカナトとタケルが「美味い!」と大興奮していた。
何故か注文していない小さな寿司桶があり、不思議に思っているとイチカの父親が「アラタちゃんはうちの出汁巻き好きだったよな」と言って、持たせてくれたんだという。
「おじさん大好き!!」
美味しそうに出汁巻き玉子を食べる私を見て、注文した寿司に玉子が無かったカナトとタケルが食べたそうに見つめてくる。
イチカに桶を差し出され、出汁巻き玉子を食べた二人は美味しそうに必死に頷いていた。
お腹が膨れてくるとカナトとイチカが昨日の話になった。
「ハッキリしてて分かり易い返事だったと思う。九五点」
「五点減点の理由は?」
「即答だとさすがにキツいだろうから三秒は間を作ったほうがいい」
「⋯⋯二秒でもいいですか?」
「一秒でも早く返事したいのか?」
「答えが決まっていることに無駄な時間を使いたくないです」
「相手が真剣でもか?」
「これが私なんで。それで文句言われたり、幻滅されたとしても相手がちゃんと私を見ていなかっただけですし」
「自分をしっかり持ってんな。あと二~三年したらめっちゃいい女になってそうだ」
タケルの言葉にまた頬を染めるイチカをニヤけ顔で見つめていると、タケルが思い出したかのように私の二の腕に残った跡のことを話し出した。
どんどん顔をしかめていくイチカがアラタの側にいき、遠慮なく袖を捲って二の腕を確認する。
「あんのクソヤロー⋯なんですぐ言わないのさ!」
「忘れてただけだって。ちゃんと言うつもりだったよ」
「また同じ事になる可能性も考慮して、イチカちゃんにはちゃんと伝えないとね。アラタちゃんは何されても我慢しちゃいそうだから」
「こんな事二度とさせませんよ!⋯⋯でも多分、暫くはあいつら⋯近くには来ないでしょう」
「なんで?」
「私の知るあいつらは小心者です。だからお互いがいる状況で告白したんだと思います。そんな奴等が振られた相手に近寄るなんて行動出来るとは思いません」
イチカが言うならそうなんだろうな――という空気になり、その後は四人で楽しい時間を過ごしたのだった。
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