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16−1 卒業旅行
しおりを挟むあの吹雪の日から月が変わっていき⋯
私は高校を卒業した。
あの日以来、カナトはくっついてくる事が増えて頬や額にキスをしてくるようになった。
家政婦の仕事の間はどんなに触れられても鋼の精神でやり過ごしていたが勤務時間以外だと逃げる口実がなかなか作れない。
それでも私が変わりなくカナトの所で働くのは⋯結局のとこ、カナトの人柄が気に入っているからだろう。
「アラター!明日の出発時間忘れてない?」
卒業証書を持ったイチカに声をかけられて、現実に引き戻された。
「覚えてるって。てか、空港まで送ってくれる父さんが覚えてくれてるはず」
明日はイチカと卒業旅行で東京まで行く。
最初はもう少し近場で旅行の計画を立てていたが、その話をハルキから聞いたタケルが私に連絡をしてきた。
『折角なら東京に来ないか?』
私は一応タケルの勤める会社に就職するが特に入社式などは設けていないという。
だがカナト専属の家政婦であることから、社長であるカナトの祖父が会いたがっているとタケルに言われた。
『泊まる場所はこっちで用意してやるから』
この言葉で旅行先が決まったとも言える。
イチカは久々にタケルに会えるからか、とても嬉しそうだ。
――――――――――――――――――――
「よぉ、お疲れ」
東京にやって来た私達をタケルが出迎えた。
「イチカちゃんも久々だな。元気か?」
「ハイ」
じゃあ行こうか――と私達の荷物をタケルが車に積んで、出発した。
「もう社長待ってるんですか?」
「そうだな。そろそろ店に入って待ってるかもな」
昼過ぎに到着した私達に遅いランチをご馳走してくれるというので、社長が待つお店に真っ直ぐ向かっていた。
「私まで一緒で本当にいいんですか?」
「ん?今更行かないなんて言わないでくれよ?親父が楽しみにしてんだからな」
タケルと言葉を交わすだけで頬を赤くするイチカが本当に新鮮で見ているだけで頬が緩む。
そんな私に気付いたイチカが一瞬で真顔になった。
その表情の変わりように思わず吹き出してしまった私はそのまま膝を叩いて大爆笑。
「楽しそうだな。そのテンションのまま親父に会ったほうが楽だぞ」
何故そんな事を言うのか分からなかったが、その後⋯店に着いてからタケルの言っていた意味がよく分かった。
「おー来たな!ずっと会いたかったんだ!」
椅子から立ち上がった社長が両手を広げて、私達を歓迎してくれた。
聞いていた通り、年齢を感じさせない豪快な明るさを持った人で気分を上げていかないと迫力負けして潰れてしまいそうだ。
社長の側まで行き、深々と挨拶する。
「本日はご招待いただき――」
「要らん要らん!肩苦しい。お前がアラタか?」
下げた頭を肩を掴んで戻され、ガタイの大きな社長を見上げた。
「ハイ、そうです」
「社長の片岡だ。カナトが世話になって⋯感謝している」
この一瞬、社長は己の立場の顔ではなく⋯カナトを思う祖父の顔になったように見えた。
「そっちが友人だな。お前もカナトと仲良くしてくれているんだろ?」
「いえ、私は何度か会って良くして頂けただけですから⋯なのにこの場に一緒に来てしまって⋯」
「オレが呼んだんだから気にすることはないだろ!さぁ、座れ!食いながら話そうじゃないか」
自分達では食べることの出来ないような豪華なランチがコースで目の前に運ばれてくる。
初めてのフレンチに固まるイチカ。
それを見たタケルが「個室だからマナーとか気にせず食べやすいように食べろ」と声をかけた。
出された食事を食べているとイチカからの視線を感じる。
「アラタ⋯マナー知ってるの?凄い普通に食べてるじゃん」
よく見ればタケルと社長も私を見ている。
「何か⋯間違ってましたか?」
「いや⋯昨日まで高校生だったようには見えなくてな⋯」
” 夢の人生 ”の中で旦那とよくフランス料理を食べに行っていた。
あまり気乗りはなかったが拒否権もなかった為、必要に迫られて身についたものだ。
「お前らは歳の割にかなりしっかりしているようだな」
「え、私もですか?マナーも何も知りませんよ?」
慌てるイチカを見て、社長が豪快に笑う。
「マナーを知らなくても構わんと言ったのにオレらを見て、キチンと真似して自然に食事をしている。評価すべき能力だ」
静かに喜ぶイチカを見ながら、食事を口に運んでいると社長に呼ばれ、視線を上げた。
「カナトはかなりアラタに心を開いていると聞いた。最初それをタケルから聞いた時は冗談だと思ったんだ。たった一人の友人すらもオレはカナトの妄想だと思ってたぐらいだからな」
爺ちゃん、ヒドイ⋯――アラタとイチカの心境が被った瞬間だった。
「だがお前はその友人の妹だった。兄のハルキにも何度か会ったが⋯実に気に入った。うちの会社に欲しいと思ったな」
うちの兄貴の行動はもう読めません⋯――と心で涙するアラタの心境をイチカは隣で読み取っていた。
「お前ら兄妹⋯いや、家族か。カナトと仲良くしてくれて本当に感謝しているんだ。まさかイチカのような子もいたのには驚いたが⋯」
「イチカちゃんは良い意味でカナトに興味ないんだよ。俺みたいなのがタイプなんだよな?」
タケルの言葉にイチカの顔が赤く染まっていく。
これは隠しきれない⋯
「ハッハッハッ、若くて素直で可愛いな。タケル、こういう子を選べよ?」
イチカが今にもキャパオーバーしそうだ。
社長達も気付いたのか一度話しを終えて、食事に戻る。
他愛のない話に花を咲かせている間にデザートも終わり、みんなでコーヒーを飲んでいると⋯
「そうだ。アラタ、一応伝えておくが⋯」
何かを思い出した社長が口を開いた。
「うちは社内恋愛歓迎だからな。カナトとそういう関係になったとしても決まった仕事をキチンとこなせば何も問題はない」
思いがけない発言に口に含んだコーヒーを吹きそうになって、手で口を抑えた。
「ん?そんなに驚くことか?」
ナプキンで口を拭きながら無意識に眉間に力が入る。
「社長⋯そのようなことはないと、思いますので⋯」
「何故だ?お前はカナトが心を開いた初めての女なんだから可能性としてはかなり高いと思っていたんだが⋯」
女で初めて心を開いてもらった存在なのは重々承知している。
(恋愛⋯。私のその相手がカナトであっても他の誰かであっても、まだ⋯無理だ⋯)
苦い顔をする私に社長が言葉を続ける。
「ここからはカナトの祖父⋯まぁ、ジジイの戯言として聞いてくれ」
視線を合わせると優しく微笑むその顔にカナトの雰囲気を感じさせられた。
「お前もカナトのように心を閉ざす傾向があるように感じる。意識してか無意識かは分からんが⋯。だがな⋯その行為は時に大事な物を取り零してしまう。それに気付いた時の後悔は⋯何よりも苦しいかもしれん」
勢いのあった声ではなく、穏やかな声で紡がれていく言葉に自然と耳が傾く。
「お前は恩人だ。オレはな、孫にもお前にも笑っていてほしいと思う」
初めて会った私にもこんな言葉を与えてくれるカナトの祖父の広大な心に感銘を受けた。
この方は祖父として孫を心配し、幸せを願っている⋯
そして私のことを恩人だと言う⋯
何故かこの方の言葉を否定する気にはなれない。
社長がそう言うならそうなんだ――と無意識に受け入れてしまう。
「⋯⋯社長の思い⋯しっかり心に、留めておきます⋯」
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