レモンイエローの憂鬱

もとあ

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彼との関係

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 美紗の心中とは対照的に、英利花の表情には一片のかげりもなかった。美紗が先に見つけたものを買っても、悪びれた様子はない。

「あっ、ここのケーキおいしいよね」

 英利花が、あるカフェの前で足を止めた。高めの値段設定だからか、ショッピングモール内が混雑している割には、満席になっていなかった。
 可愛いスカートで物欲を満たしたら、次はスイーツを挟んでのガールズトーク。英利花の考えそうなことだった。

「入る? ちょっと疲れたし」

 美紗は高めの声で聞いた。あたかも率先して入りたいかのように。

「うん」

 英利花が笑顔でうなずく。

 美紗も、甘いものは好きだ。ケーキよりアイスクリームの気分だったが、誤差のうちである。
 運ばれてきたチーズスフレを、フォークですくって口に入れた。英利花の前には、三種のベリーのケーキが置かれている。
 英利花はケーキをちょっと見つめてから、美紗に視線を向けた。

「ねえ、彼とはどうなの?」

 聞くだけ聞いておいて、英利花はケーキをぱくっと食べた。おいしい、と目を輝かす。質問された美紗は、置いてきぼりである。

「……彼って誰?」

 気を取り直して問い返した。付き合っている人などいない。見当が付きかねた。

「この前の学園祭で一緒にいた人。美紗と同じサークルの、ええと」
「ああ、史朗くん」

 美紗の頭に、眉が太くて野暮ったい、宮岡史朗みやおか しろうの顔が浮かんだ。クラシックギターサークルの、美紗と同じ二年生だ。

 史朗くん、と名前で呼んでいるのは、美紗との特別な親しさを表すわけではない。同級生も先輩も皆、彼を史朗、史朗くんと呼ぶ。
 髪型も服装もおしゃれにしているのに、一向に格好良く見えない。それなのに、ギターを弾いている彼を、美紗はつい見つめてしまう。ギターの腕だけは、相当だった。

「そうそう、ギターの上手い人。何か進展した?」
「まさか。まあ、仲はいいんだけど。恋愛感情はないから」

 美紗はクールに宣言した。恋愛感情という単語を、意味を熟知しているかのように、さらりと使って。

「なあんだ、美紗はあの人のことが好きなのかと思ってた」

 英利花が、フォークを置いて紅茶を飲む。

「何それ、全然そんなことないよ」

 美紗は笑った。嘘を吐いたつもりはなかった。けれども抵抗を感じた。史朗への恋を明確に否定してみると、なぜか抵抗を感じた。

 英利花と史朗との接点は、美紗だけである。顔を合わせたのも一度きりだ。五ヶ月前にあたる去年の十一月、美紗の大学の学園祭でのことだった。

 美紗たちのクラシックギターサークルは、ミニコンサートを開いた。聴衆は三十人ほどと、それなりの集客だった。皆が家族や友達に宣伝した結果だった。
 美紗も、英利花に聴きに来てもらっていた。

 そのときの光景を、美紗は思い出してみた。

「お疲れさま」

 コンサートが終了して、美紗は史朗に声をかけた。

「いやー、緊張した」

 史朗が笑った。ギターを弾いていないときの史朗は、街ですれ違っても誰も振り向かないただの男子学生だ。その男の笑顔に、美紗は不覚にも、まぶしさを感じた、気がした。そこへ、英利花が近付いてきた。

「美紗、聴いてたよ。すごくよかった」

 英利花はまず、華やかな笑顔で美紗をねぎらった。続いて史朗に、微笑んで会釈をした。こうして美紗は、英利花に史朗を紹介することになったのだった。



 カフェでのスイーツタイムを満喫した美紗と英利花は、アクセサリーや日常小物のショップをいくつか回って腹ごなしして、ショッピングモールをあとにした。
 並んで駅への道を歩く。ショッピングモールから駅までは、線路沿いを歩いて五分ほどだ。

 時刻は午後五時半、休日が終わろうとしていた。

 英利花の手には、あのスカートの入った袋がある。美紗の心には、そのスカートへの未練が揺らめいている。

 英利花はいつだって、私よりも輝いていたいのだ。私が見つけた可愛い服も、自分のほうが似合うのだと見せつけて、自分のものにしなければ気がすまなかったのだ。

 どうしても美紗には、そう思えてしまう。

 あのとき英利花は、美紗にスカートを買うのかと確認した。美紗は買わないと即答した。

 もし買いたいと言っていたら、あるいは欲しいけれど迷っているとでも言っていたら。

 このような自省の感覚に、美紗は疎かった。それどころか、英利花からスカート購入の意志の確認をされたことすら忘れてしまっていた。

 いつだって、私の人生は英利花よりも地味だった、と美紗は思う。英利花という花の隣で、私は明らかに引き立て役だ。英利花はいつだって、それを知っていて私を誘うのだ。

 その誘いを、美紗は断らない。ヒロインを嫉視しつつ、器用にも別の次元では、ヒロインの誘いを受ける一番の親友役を誇ってもいた。
 もしその役を、他の誰か、たとえば英利花の大学の友達なんかに奪われてしまえば、美紗にはもう、なんの役も回ってこなくなる。この、道を行きかう通行人のように。

「あれ、九条さん」

 駅の改札の前で、突然、名を呼ばれ、美紗は振り向いた。
 噂の男、宮岡史朗が、CDショップの袋を提げて立っていた。

「史朗くん、偶然だね。何してるの?」

 無意識に、美紗の声のトーンは上がっていた。

 恋愛感情がない相手だとしても、可愛く見られて損はないはずだ。
 いや、それどころか。
 恋愛感情もない男から好かれるなんて、まるで、ヒロインだ。

 美紗は思わず、英利花を盗み見た。
 ヒロインの役割を親友に奪われたら、英利花はどんな顔をするのだろうか、と。

 英利花はただ、にこにこと微笑んでふたりを見守っていた。
 何の企みもなさそうな、余裕の表情で。

 期待が外れた。
 美紗は、そう感じてしまう。

 史朗に目をやれば、相変わらず、服装には気を遣っている。グレーのカットソーにカーキのミリタリージャケットを羽織り、ヴィンテージのデニムを履いている。首にはシルバーアクセサリーまで下げていた。

 美紗にはどうしても、がんばっておしゃれをしました、という風にしか見えない。
 史朗では、英利花の欲求センサーに引っかからないのだろうか。
 英利花は興味を示さない程度のチャンスしか、美紗には巡っては来ないのだろうか。

 美紗は悔しくて、密かに右手を握りしめた。
 
 史朗の声がして、我に返る。

「暇だったから、ちょっとCDショップに行ったらさ、欲しかったCD、ほら、この前話したイギリスのバンドの、見つけて……そうだ、よかったら今度、貸そうか?」

 史朗が野暮ったく笑った。細められた目が温かい。

「本当? 聴いてみたいな」

 すごく興味がある、という気持ちを、美紗は急いで顔と声にこめた。
 かりそめのヒロインの座を、捨てきれなかった。

「じゃあ今度、学校に持っていくよ」

 史朗の積極性が心地よかった。心なしか、史朗も嬉しそうに見える。

「うん、ありがとう」

 美紗は自然に微笑んだ。史朗と目が合った。

 恋愛感情。

 その言葉が、美紗の頭に浮かんだ。頬が熱くなる。視線を外す。

「美紗、洋楽に興味あったんだ。全然知らなかった」

 英利花が何気なく会話に加わった。十分に注目を集めるような、ゆったりとしたしゃべり方で。瞳には、レモンイエローのスカートを見つめたときと同じものがちらついていた。

 美紗は、何だか落ち着かなかった。

 恋愛感情はないから。

 そう言ったのを思い出した。心がざわめいた。

「私も最近、洋楽も聴いてみたいなって思ってたんだ。美紗はおすすめとかあるの?」

 英利花の言葉は美紗に向けられていたが、意識は史朗に向いていた。

「私もまだ、そんなに聴いてるわけじゃないんだ。史朗くんは、何がおすすめ?」

 美紗は自然な笑顔を装った。

「そうだな、どういう音楽が好きかにもよるけど、バラードなら、このアーティストはいいと思うよ」

 史朗が、持っていた袋からCDを一枚取り出した。

「それから、いろんなアーティストの曲を集めたオムニバス形式のアルバムなんかもあるから、初めはそういうのを聴いてみるのもいいかもね」

 史朗の視線は、美紗と英利花に交互に向けられた。

 改札に入って、二人は史朗と別れた。

「史朗くんのアドレス、聞けばよかったな。洋楽の話ができる人って、まわりにいないんだよね」

 電車の中で、英利花が言い出した。
 史朗に対して恋愛感情がないことになっている美紗。あるともないとも言っていない英利花。
 英利花は美紗の仲の良い幼馴染。美紗は、史朗のメールアドレスを知っている。

 いくつかの情報が、美紗に次のセリフを教えた。

「英利花にアドレス教えてもいいか、史朗くんに聞いてみようか?」
「本当? いいの?」
「うん、史朗くんもきっと、英利花みたいな可愛い子と仲良くなれたら嬉しいんじゃないかな」

 美紗は冗談めかして言った。
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