伯爵令嬢の華麗なる殺害回避ー婚約者が欲しいものは私の命だそうです、いや無理ー

菜の花

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婚約宣言

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 会場への扉を開けて、リディアは踊り場へと降り立った。
 視線の先では、ゼドがリディアに手を差し出していた。

「会いたかった。早くこっちにおいで」

 彼は口だけを動かしてリディアを呼んでいた。
 だが誰もそれには気づいていない。会場中がリディアに目を奪われ、同時に見惚れていた。

 リディアのポニーテールはほどかれ、腰ほどまでのストレートが豊かに波打っていた。
 ドレスはシンプルだが、彼女の抜群のスタイルを際立たせていた。鎖骨や腕、腰回りの形が美しく、髪色に似た、金色がかった明るい黄色のベルラインのデザインが華やかだ。
 まるでその場に大輪の向日葵が花開いたようだった。シャンデリアの照明で一層鮮やかに映える。

 ゆっくりと階段を下りる。
 指先まで洗練された所作が美しい。リディアは会場にいる何人かに、ライトグリーンの瞳の射貫くような視線を投げると、形の良い薄桃の唇の口角を上げた。
 ドキリとさせる、心臓をまるごと掻っ攫うかのような気高い微笑に、会場が圧倒された。

 上出来だ。とリディアは内心、ガッツポーズを決めていた。

 リディアの登場を目立つように演出して、全員の視線を奪うことは先にゼドに相談していたことだった。
 リディアの身分は伯爵令嬢。たとえブルームバーグ家が国に重宝されていようとも、侯爵や公爵連中に身分を引き合いに出されたら、リディアは立ち行かなくなる。
 だから、言葉を交わして、身分を引き合いに出して戦う前に、この場の全員を圧倒させる。今宵の主役がリディアであることを会場に焼き付ける。
 一瞬でも場の空気を従わせたら、リディアの勝利だ。

 一か月、リディアは知識はもちろんのこと、所作やふるまい、身体の筋肉の使い方に力を入れてきたのだ。アランとの戦闘のような日々を思いだす。
 この場じゃあ、リディアの独壇場、敵なしだった。

(もっとだ。もっと見ろ。私を見ろ。全部私が受け止めてやる。畏怖も嫉妬も羨望も驚愕も。すべての感情を私に向けろ。ここでの一番は、私だ!)

 階段を降りると、リディアはまっすぐゼドのもとへ歩いていく。
 示し合わせたかのようにさっと道を開ける貴族たちが何だかおかしかった。

 ゼドもリディアの方へ歩いてきた。側にいた取るに足らない侯爵令嬢はすぐに色あせて脇役に成り下がる。
 二人が手を取り合った瞬間は、まるで絵画のようで、周りからはほう、と感嘆のため息が漏れた。

「綺麗だ、リディア。ちょっと嫉妬したくなる」
「さらっと恥ずかしいこと言うな。……だけど、ゼドに言われるなら、まぁ悪い気はしないな。私だって、文句なしの仕上がりだ」

 ヴァイオリンの艷やかな旋律が響き渡り、管弦がゆったりとした三拍子を刻みはじめた。リディアはそれに合わせてステップを踏む。二人だけのファーストダンスが始まった。

 ゼドのエスコートに身を預け、優雅にリディアが舞っている。ように見えるが実はリディアの方がこっそりリードしていた。
 一か月の間に判明したのだが、実はダンスだけはゼドよりもリディアが一つ年上な分、彼女の方が長けていたのだ。

「俺もダンスわりとできる方ではあったんだけどね。ここで一年の差が出るとは」
 格好良くエスコートしたかったとゼドは惜しむ。
「だけど、今まで踊った誰よりも、楽しい。ゼドもそうでしょ?」
 言うまでもないが、今日のリディアは一味違う。この世界の誰よりも優美で、誰よりも愛らしく、誰よりも麗しいのだ。
 至近距離で、そんな彼女に見つめられ、自分だけに微笑まれ、ゼドは面食らった。

「……心臓に悪い。これが小悪魔ってやつか」
「は?」
「いや、本当は君のほうが歳上なんだよなって実感した」
「まぁ一年だけどね」
「一年大きいな……」

 ゼドは濃紺の夜空のような衣装だから、二人寄り添うと、一層リディアの鮮やかな色が引き立つ。
 目を閉じて、壮大な音に酔いしれるリディアがどこか遠くへ行ってしまわないように、ゼドは腰に添えた手に力を込めた。
 まるでこれは二人の物語だとでも言うかのように、視線のスポットライトが二人だけを照らしだす。人々は固唾をのんでゼドとリディアを見つめ、目を逸らすことさえできなかった。

 ダンスを終えると、ゼドはリディアを抱き寄せ、貴族たちに向かいあうと高らかに宣言した。

「国王ゼド・ラウエルスはここに、リディア・ブルームバーグ伯爵令嬢との婚約を発表する!」

 静まり返った場内は一瞬の間をおいて、わっと拍手と歓声が沸き起こった。
 大成功だ。

 だけど、これで公爵侯爵連中が沈黙し続けるわけがない。あとで冷静になった彼らは、自分たちを差し置いてと憤慨するかもしれない。リディアが王妃の席に座り続ける以上、災難は逃れられないだろう。

 それでも、今は自分たちの婚約を祝福する声に耳を傾けていたかった。

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