盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです

斎藤樹

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ローナ 10歳編

気分転換へ

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 思い出して勝手にヘコんでいた私を、側にいたアンが気遣って手にしていた紅茶を淹れ直してくれた。


「明日はきっと、セシル様来てくださいますよ」


 落ち込んでいる理由は、どうやら勘違いしてるけど。

 来れる時は欠かさず私に会いに来てくれ、また来れない日は匂いを楽しめる花束や私の好きなお菓子を送ってくれるセシルを、どうやらアンはいつの間にか認めてくれたらしい。

 今ではすっかり、「セシル様」なんて敬意を込めて呼ぶ程になった。良かった。


 丁度いい温度の美味しい紅茶を啜ってスッキリした私は、再び思考の波に飛び込んだ。


 『魔眼鏡』を手に入れるきっかけとなった出来事ーーそれは王太子殿下との婚約破棄を受けたローナが荒れたことである。

 私は荒れなかった。
 王太子殿下に懸念していた訳ではないので、破棄によって荒れるほど心情が動かなかったからだ。


 ならば大丈夫か?

 ーー答えは、否。


 子煩悩で過保護な父が、ただでさえ色々と生き辛い貴族社会の中で盲目というハンデを負ってしまった娘をどうにかしてやりたいと考えるのは必然である。

 ローナとして生きていた時は意識したこともなかったけど、前世を思い出してからは客観視して、その溺愛っぷりに若干引いた。


 アウスレンダーの『魔眼鏡』の存在を父が知り得たならば、きっとゲームのシナリオ通りに事は運ぶだろう。

 セシルとの婚約を認めてくれたが、私の視力回復とを天秤にかけた時、果たして本当にセシルに傾くか、いささか不安である。


 また、王太子殿下との婚約は政略的側面は薄く、元々私のためを思っての事だったので遺憾なく破棄を受け入れた父とはいえーー国の存亡がかかっているとなると、視力回復した私を喜んで殿下に差し出すだろう。


 ……お父様は私の父親だが、同時にギュンター・リーヴェという一人のクロイツ王国に仕える貴族なので。


 ハァ、と悩みがため息となって吐き出された。

 つくづく厄介な事をしてくれたものだと、脳裏に浮かんだ王太子殿下を睨みつける。

 まったく、何が目的なんだか。


「お嬢様、今日は何だかお疲れで御座いますか」


 落ち込むだけでなくため息も吐いたからか、アンが心配そうに声をかけてきた。


「そうね。今、考え事をしてたのだけれど、悪い方へ悪い方へと進み過ぎてしまったの」
「まあ、それは……!何とおいたわしい……」
「そ、そんなに大袈裟なことじゃないわ」
「いいえ、いいえ!今日はセシル様もいらっしゃいませんから、気が沈んでいらっしゃるのでしょう。気分転換に何か……そうだ、今からお嬢様の好きなケーキをシェフに作ってもらいましょう」
「ケーキは嬉しいけれど、シェフに悪いからやめてね」


 失明する前からアンは過保護気味だったが、最近拍車をかけて進行しているような気がする。

 ケーキは魅力的だが、そろそろ夕飯の準備を始めているだろう頃合いに要求するのは気が引ける。

 でもアンは私のために何かしたくて仕方がないらしい……。


 そうだ、と手を打って思いついた提案は。



   *      *      *



「うう~。お嬢様、本当に教えなければなりませんか?考え直していただけませんか?」
「気分転換に付き合ってくれると言ったのはアンよ。ほら、次はどうすればいいの?」


 あれから私たちは部屋を出て、リーヴェ邸で最も広い場所である、主に舞踏会場として使用される大広間に来ていた。


 わざわざ自室から移動して広い空間で私がしたかった事ーーそれは、車椅子を自分で操縦することだった。


「私どもやセシル様がどこへでもお連れしますから……何もお嬢様ご自身が動かせなくても……」
「もしもや万が一が絶対に無いとは限らないじゃない?さあさあ、観念してちょうだいよ」


 見えないからどこへでも一人で行けるというわけではないが、一人で動かせないままで良いとも思えない。


 お父様から車椅子を与えられた時から私も動かせたらと思っていたのに、職人さんから一人用の説明を受けようとした私を、セシルを筆頭にみんなから止められたのだ。

 その時は大人しく引き下がったけど……私は諦めていなかった。


「お願い。ね、お願いよ、アン……」
「ううう……お嬢様のその顔は可愛らしすぎます……」


 アンが言う通り可愛いかどうかはわからないがーー両手を組んで"お願い"のポーズで懇願したのが効いたのか、渋々ながらもアンは丁寧に指導を始めた。


「体横から手前に手を持っていくようなイメージで車輪を回して……お上手です、お嬢様!でもやっぱり危険ですやめましょう!!」
「それで、方向転換の時はどうすればいいの?」


 もう、無視だ無視。

 もはや「やめましょう」が合いの手なんじゃないかと思うくらい言葉の節々に挟まれつつも、何とか一人で操縦できるくらいには上達してきた。


「お上手です!何事も器用にこなされるお嬢様!さすが!さあもうやめましょう!」
「方向転換がもう少し上手にできるようになったらね」


 見えない中を進むのに恐怖を感じない訳じゃないが、それでも久しぶりに一人の力で進めるのが楽しくて仕方がない。

 もうちょっと、もうちょっとだけーー。



「何をしている」



 心臓が飛び出すくらいに大きく跳ねたのと共に、ピタッと急ブレーキが成功した。

 居てもおかしくないのだが、話しかけられるとは思いもしなかったので、必要以上に心臓が跳ねている。
 アンも緊張しているのか、隣から息を呑んだ音がした。


 その人の声が反響していたので、私たちがいる位置よりも遠く、たぶん広間の入り口に立っているのだろう。

 和気藹々としていた大広間に、途端に緊張が走る。

 私は頭の中で言葉を厳選して、なによりも相応しいだろうものを舌に乗せた。


「お久しぶりですーーオニイサマ」


 ローナの実の兄、イーサン・リーヴェの登場である。


 ……呼称が片言になってしまったのは、言い慣れてなかったので見逃してほしい。


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