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ローナ 13歳編
憧れの人
しおりを挟む伺いの手紙も無しに突発的に訪れるような非常識な相手なぞ、たとえ伯爵家の令嬢といえども追い返すべきだと兄さんは言ったがーーギーゼラがどうしてそんな行動をとったのかがどうしても気になったので、自らで応対することにした。
ならばと妥協して同行を求めた兄と共に、私はギーゼラか待つ客室へと足を運んだ。
コンコンと執事が扉をノックすると、その奥から客室に付いている侍女が私たちが来た事を告げる声がした。
さらに侍女は続けて、万が一リーヴェの者に手を挙げるような事があれば、どんな些細事でも許されないとギーゼラに忠告する。
およそ客人にとる態度ではないが、こればかりは礼儀に反した行動をとったギーゼラに非があるので、侍女を咎めることはできない。
緊張を孕んだ少女の声が、了承の言葉を紡いだのが聞こえた。
それを聞いた執事が動き出して客室の扉を開けたので、兄に手を引かれる通りに足を動かして、私はついにギーゼラの居る部屋へと進む。
私が部屋と廊下とを区切る境目に足をかけた時、部屋の中にいる誰かが息を呑んだような音を立てた。
侍女らがそのような事をするとは思えないので、音の主はたぶん、ギーゼラだ。
随分と緊張しているようだ。
そのような心持ちで邸に乗り込んできて、一体私に何の用だというのだろう。
柔らかなソファーのすぐ前に並んだ私たちは軽く頭を下げる程度の礼をして、それから静かに腰掛けた。
「あのっ……わ、わたしは、ネーベンブーラー伯爵家の長女で、ギーゼラ・ネーベンブーラーっていいます」
私たちが座したのを皮切りに、ギーゼラはまず名乗ることから始めた。
ゲームではまず聞かなかった、ハキハキと話すイメージとは大きく異なる随分と歯切れの悪い声。
自分の大胆な行動を、今更ながら冷静に省みて後悔でもしているのだろうか。
それとも、普通は追い出される筈のところを、邸の住人が二人も応対に現れたからだろうか。
まだ彼女の意図はよくわからないけれど、とりあえず私も彼女に合わせて名を名乗っておいた。
「突然の訪問に応じてくださり、ありがとうございます。どうしてもローナ・リーヴェ様に言いたいことがあって、強引な形で来てしまいました」
「自分の行動が非常識かつ、こちらにとって不快な事であるという自覚はあるのか」
「兄さん」
いくらなんでも言い過ぎだと咎めるのに兄を呼ぶと、深くため息を吐いたものの、身を引いてくれた。
「一先ずお茶を飲んでからと致したいところでは御座いますが……何分、状況が状況ですので。早速本題に取り掛からせて頂きます。ネーベンブーラー伯爵様のご令嬢が、私にどのようなご用件でしょうか」
私以外の邸の者達が警戒している中でまずは自己紹介代わりのお茶会から、なんて悠長なことはできない。
私は改めて、目の前に座っているだろうギーゼラの方を見据えた。
白い視界の中には光の加減で小さな人影がぼんやりと浮かんでいる。
「ローナ様はご存知無いでしょうけど、実は、この間のブラウエ・ブルーメの会にわたしも参加していたんです。そこで、その……セシル・フント様が途中で現れた時に言っていた……貴方とセシル・フント様が婚約者だっていう話の真相を、聞かせてもらいたくて」
肩に触れる兄の体が、ネズミが身を震わせた程度の反応をみせた。見えないので確かなことは言えないけれど、それでも兄の顔は動揺の"ど"の字も示していないのだろう。
かく言う私も表にこそ出さなかったが、心臓が一度ドンと跳ねたし、今現在進行形で動揺している。
「……その真相をネーベンブーラー令嬢が聞いて、何になると言う」
「それは、その……」
そこで言い淀まないでほしい。
そのような言動は、私の頭に過って一縷の可能性の後押しになってしまう。
……まさか。
まさか、まさかとは思う。
だって彼女がシナリオ登場時に好きだったのは、小さな頃からずっと好きだと語っていたのは、紛うことなき彼女の幼馴染である。
想いを自覚したのは随分と後だったけれど、恋をしたのは出会ったその時からだったと、乙女の顔で語っていたではないか。
それなのに、この状況は何だろう。
何だと言うのだろう。
「あの日貴方が聞いた通りです。それに何の問題があるというのでしょう。貴方に、何か不都合でもお有りですか?」
言葉の裏に隠した「言えるものなら言ってみろ」「よもや愛を語るまいな」の本心を滲ませた声は、自分のものとは思えない程に低く響いて。
ほんの少し前に兄の言い方を咎めたばかりだというのに、心にチリリとくべられた小さな炎が言葉にも引火してしまったのだ。
「いーや、お二人の婚約にわたしから文句があります。だから、わたしはここに来たのです」
けれど私の凄みに怯むことなく、ギーゼラはむしろ勢いをつけて言い放った。
「あら……それは一体、どのような文句なのかしら」
私自身ゲームのシナリオとは全く異なる人生を歩んでいるのだから、彼女にだって私のような差異があったっておかしくは無い。
でもそれが"想い人の相違"で対象がセシルだというのなら、こちらとしては黙ってはいられない。
売られた喧嘩は買いましょう。それが恋の敵であるのなら、尚更。
こればかりはどうしたって譲れないのだと決意を胸にして、恋敵として彼女に舐められないように、意識してキッと目をつり上げるまでした私だったがーー全ては杞憂で、据えた決意は無駄となってしまう事となる。
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「………………は?」
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セシルが痩せたのは私に会わないと宣言したあの時だろうし、アフタヌーンティーは日常的に我が家が行なっている事で、それに間に合う様にセシルは邸に訪れてくれている。
「あんたと婚約して誑かされたから、セシル・フントは腑抜けになったんだってわかったんだ……それじゃあ困る。わたしはあの人に憧れてた。いつかセシル・フントを倒せるくらいの女騎士になるんだって目標にしてたのに、目標として相応しいと評価していたのに……!!」
彼女が言っていた文句とは、この事か。
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その元凶が私だと、私との婚約だと言いたいのか。
「成る程……貴方の言いたいことは十二分に理解致しました」
シナリオで語られたことから、私はギーゼラ・ネーベンブーラーの事情をある程度知っている。
父親であるネーベンブーラー伯爵は陸軍近衛騎兵隊長を務めていて、母親は女性ながらに陸軍近衛騎兵隊三番隊隊長を務めていたという、騎士に囲まれた家庭で育つ中で、彼女もまたそうありたいと願ったのだと。
能力が男よりも劣ると周りから馬鹿にされて、それでも彼女は努力を続けているのだと知っている。
だから、異性でも同い年の子供が大人を負かしている姿を見て、ギーゼラはセシルに憧れたのだろうとも推測できる。
ーーだけど。
「随分と勝手なことをおっしゃるのね。そう言う貴方は、セシルに一度でも勝ったことがあるのかしら」
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