雪山の少女

金棒ぬめぬめ

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【前編】

第1話 登山

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 当てもなく家を出発したのは、もう九時間も前のことだった。一応、どこに泊まってもいいよう、最低限の荷物は持ってきたが、どこへ向かっているのかは、自分でもよくわからない。日没が近くなって、俺は何処どことも知らぬ山のふもとへ訪れていた。


 今日きょうが何日だったのか、すぐには思い出せない。まともにカレンダーを見たのは高校生以来、ましてや日にちを気にかけたことも遠い過去のように思える。日にちどころではなく、今年が何年かすらも、よく思い出せなかった。そういやあ、元号が変わったんだっけ?


 一台も停まっていない駐車場へ無造作に車を置き、後部座席へせていたリュックサックをつかみ取ると、てつく寒空へと俺はり出していく。


 周りの風景を見て、なんとなく子供のころ父に連れて来られたような、そんな記憶を想起させる山だと思った。とどのつまり、ごくごく平凡な山に過ぎないということだろう。たぶん、ここに来たのは初めてだ。子供のころに遠出した記憶は皆無だからである。


 山頂へ到着するまで、ほかの登山客とは出会わなかった。もちろん、それは山頂へいてからも同様だったが、一人ひとりだけ、見晴台みはらしだいのベンチに座っている人物がいる。頭をほんの少しだけ覗かせている太陽を眺め、その人は地面に届いていない御御足おみあしをパタパタと揺らしていた。


 俺に気づいた様子もなく、太陽が沈みゆく様子を、ただじっと見つめている。麓の駐車場には一台も車がなかったので、きっと近所の子なのだろうとは思うが、周りに親らしき人物もいないのが不可解だ。別に悪いことはしていないが、周囲をうかがいつつ、その少女のそばへと近づいていく。


 よくよく観察してみると、目の前にいるのは奇妙な女の子だった。雪が降り積もった冬山なのに、肌襦袢はだじゅばんのようにも見える薄い生地きじ浴衣ゆかたを着て、おまけに裸足はだしという軽装をしている。登山に限らず、この季節にはあまりにも不釣り合いに思えた。


 脚を動かしすぎたせいで、すそはだけてしまっている。細く伸びた御御足は、周りの風景に同化してしまいそうなほどの白さだった。おまけにえりが浮き、隙間からは地肌が見えている。色素の濃淡が分かれている境目を、俺はハッキリと見て取った。色素の濃い肌の中央には、小さな陥没がある。


 俺は思わず前屈まえかがみになった。より良い角度から見たいというのもそうだが、股間部分に窮屈さを覚えたからだ。幼女の陥没乳首を見ただけでつ自分のイチモツが、我ながらにあきれてしまう。自殺目的で家を出発したのに、身体は生きようとしているのか、自分でも情けないと思うほどの元気さだった。


 気になったので、勇気を振り絞り、声をかけてみる。「お名前は?」「どこから来たの?」「お母さんかお父さんは?」「そんな格好じゃ寒いでしょ?」


 しかし、なにをいても少女からの返答は得られなかった。いきなり「名前」や「住所」を訊いたのはまずかったか。知らないオッサンから、こんなにもズケズケと問いただされたら、そりゃあそんな反応にもなるだろう。


 太陽が完全に姿を消すと、残滓ざんしのようだった紫色の空が、どんどんと黒く染まっていく。ただでさえ寒かったのに、日の光も届かないとなれば、空気中の熱が奪われていくのに、そう時間はかからない。


 駆け抜けていく風のスピードが速まり、舞う雪の結晶が目の端々でちらついている。身体の中心は暖かい(特に心と股間が)のに、末端が異様に冷えてきた。手をこすり合わせ、てのひらに向けて息を吐きかける。乾燥しているせいか、のどがカラカラのせいか、自分の息のくささに驚く。


「おじさん……」突然、少女は口を開いた。静かにつぶやく少女に、俺は顔を向ける。「もう、おうちに帰ったほうがいいよ。今夜は吹雪ふぶくから……」


 そう言い残し、その少女は森の奥へと、足早に消えていった。なんだったんだろう? あの子のほうが冷える格好をしていたのに、人のことを心配している場合か? 死に場所を探し求めて、俺はさらに歩を進めていった。
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