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【前編】
第2話 吹雪
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山の天気は変わりやすいというが、それはどうやら本当のようだ。昼間の快晴が嘘だったかのように、日没以降、一瞬でホワイトアウトした。カタカタという、歯同士のぶつかり合う音が、脳天に響き渡る。それ以外では、不気味に風を切る音しか、耳には届かない。
辺り一面を覆った銀世界に、俺一人だけが取り残されていた。きっと家族は、心配すらしていないのだろうな。行方不明なことに誰も気づかず、何年か経ったあとに白骨死体となって発見され、そこで初めて認識されるのだ。ニュースになって初めて、俺の死を知ることになる。
登山者カードの提出もしていなければ、誰か知人に登山のことを教えてもいない。捜索隊の派遣は、まず望めなかった。だが、それでいい。
意識が遠のいていく感覚に陥り、脚がふらついてうまく踏み込めない。朦朧とした意識の中で、俺は走馬灯のように過去のことを思い出していた。
いまさら語るには及ばない、取り立てて特別でもない、平凡すぎる人生だった。しかし、たとえ平凡だったとしても、進学・就職するのが、一般的な「普通」というものだろう。俺の人生は平凡でも、普通ではなかった。
もうひとつ加えておくと、性的指向も、普通ではないのかもしれない。LGBTという言葉が浸透しつつある昨今でも、ロリコンに理解を示すような人は稀だろう。
ロリコン大国と呼ばれる日本において、幼女が好きというのは、寧ろ普通な部類に入るのかもしれないが。
この世に希望が持てなくなった高校時代、部屋に引き籠って毎夜、ロリ蒐集を欠かしたことはなかった。ロリコンは文化である。この国に生まれ育って、その一点だけが俺にとっては幸福だった。ロリに関しての漫画やアニメ、ゲームなどが如何に多いことか。
決して、本物に触れようとは思わなかった。ロリに囲まれて生活できるだけで、満足だと感じていたから。
その順風な生活に翳りが見えたのは、引き籠ってから三年後。父によって、部屋のものをすべて捨てられてしまったことに、端を発する。生きる気力を完全に失った。それなら、いっそのこと誰でもいいから一緒に死んでくれる子を探そう。……とは思いつつ、実行に移す勇気はなかった。
それで、今に至る。どういうわけか俺は登山なんかを始めていた。まさか、こんなことになるとは。
橈雪を分け入って進む。急な傾斜角へ挑もうとしたが、手に力が入らず、顔面から雪のプールへダイブする。立ち上がろうとするも、脚が縺れて、俺はとうとう力尽きた。
手袋もつけていない両手は、じんじんと冷えていったが、それも今は感覚すらない。すっかり夜の帳が下り切って、気温は急激に下がっていく。長靴よりも深く積もった雪のせいで、一寸先も見えない暗闇と吹雪のせいで、どんどんと体温が奪われていくようだった。
妙なことに、それとは逆行して、身体の震えが、次第に和らいでいく。どういうわけか、いきなり眠気が襲ってきた。ああ、死ぬのかな、俺は。ずっと死に場所を探していたはずなのに、このときばかりは「死にたくない」と、ぼんやり思考の片隅で思ってしまう自分がいる。
「……ぶ……じょ……」
誰かが、俺に向かって話しかけている? 大丈夫ですか、そう言っているような気がした。何度も、何度も。
ゆっくりと、俺は目を開ける。心配そうに俺の顔を覗き込んでいたのは、とても綺麗な顔立ちをした幼女だった。見晴台で出会った、あのときの子に間違いない。可愛かったから印象に残っている。
まさか、死ぬ間際の最期に思い浮かべたのが、親兄弟ではなく、さっき出会ったばかりの幼女だったなんて、我ながら恥ずかしい限りだ。しかし、可愛い子に看取られて死ねるなら、それはそれでいい。心なしか、体温が上がった気さえした。
前に、なにかの本で読んだことがある。雪女の伝承は、低体温症による幻覚でしかないのだ、と。あの子を勝手に雪女にしちゃってごめんね。でも、まあ、いいか。俺の脳内での妄想に過ぎないのだから、誰かに、この思考を見られることもない。
そして走馬灯は、生き抜くための術を今までの経験から導き出そうとするプロセスらしい。こんな場面で雪女情報など全くもって必要ないだろうが、今まで忘れていた、昔にちょっと読んだだけの本の内容を思い出すなんて、これも走馬灯の一種だろうか。
やっぱり、俺は生きたいのか? 死にたくないと、心の奥底では思っているのか? そうでないなら、これは何だ?
「……だいじょうぶ?」
徐々に、意識がはっきりとしてくる。さっきより、声もはっきりと聞こえてきた。おかしい。俺は死ぬんじゃないのか?
寝耳に水を受けて、俺は完全に覚醒した。天井から、水滴が垂れてきたようだ。……天井? 目の前にはホワイトアウトでも夜空でもなく、ゴツゴツとした岩壁が広がっていた。
辺り一面を覆った銀世界に、俺一人だけが取り残されていた。きっと家族は、心配すらしていないのだろうな。行方不明なことに誰も気づかず、何年か経ったあとに白骨死体となって発見され、そこで初めて認識されるのだ。ニュースになって初めて、俺の死を知ることになる。
登山者カードの提出もしていなければ、誰か知人に登山のことを教えてもいない。捜索隊の派遣は、まず望めなかった。だが、それでいい。
意識が遠のいていく感覚に陥り、脚がふらついてうまく踏み込めない。朦朧とした意識の中で、俺は走馬灯のように過去のことを思い出していた。
いまさら語るには及ばない、取り立てて特別でもない、平凡すぎる人生だった。しかし、たとえ平凡だったとしても、進学・就職するのが、一般的な「普通」というものだろう。俺の人生は平凡でも、普通ではなかった。
もうひとつ加えておくと、性的指向も、普通ではないのかもしれない。LGBTという言葉が浸透しつつある昨今でも、ロリコンに理解を示すような人は稀だろう。
ロリコン大国と呼ばれる日本において、幼女が好きというのは、寧ろ普通な部類に入るのかもしれないが。
この世に希望が持てなくなった高校時代、部屋に引き籠って毎夜、ロリ蒐集を欠かしたことはなかった。ロリコンは文化である。この国に生まれ育って、その一点だけが俺にとっては幸福だった。ロリに関しての漫画やアニメ、ゲームなどが如何に多いことか。
決して、本物に触れようとは思わなかった。ロリに囲まれて生活できるだけで、満足だと感じていたから。
その順風な生活に翳りが見えたのは、引き籠ってから三年後。父によって、部屋のものをすべて捨てられてしまったことに、端を発する。生きる気力を完全に失った。それなら、いっそのこと誰でもいいから一緒に死んでくれる子を探そう。……とは思いつつ、実行に移す勇気はなかった。
それで、今に至る。どういうわけか俺は登山なんかを始めていた。まさか、こんなことになるとは。
橈雪を分け入って進む。急な傾斜角へ挑もうとしたが、手に力が入らず、顔面から雪のプールへダイブする。立ち上がろうとするも、脚が縺れて、俺はとうとう力尽きた。
手袋もつけていない両手は、じんじんと冷えていったが、それも今は感覚すらない。すっかり夜の帳が下り切って、気温は急激に下がっていく。長靴よりも深く積もった雪のせいで、一寸先も見えない暗闇と吹雪のせいで、どんどんと体温が奪われていくようだった。
妙なことに、それとは逆行して、身体の震えが、次第に和らいでいく。どういうわけか、いきなり眠気が襲ってきた。ああ、死ぬのかな、俺は。ずっと死に場所を探していたはずなのに、このときばかりは「死にたくない」と、ぼんやり思考の片隅で思ってしまう自分がいる。
「……ぶ……じょ……」
誰かが、俺に向かって話しかけている? 大丈夫ですか、そう言っているような気がした。何度も、何度も。
ゆっくりと、俺は目を開ける。心配そうに俺の顔を覗き込んでいたのは、とても綺麗な顔立ちをした幼女だった。見晴台で出会った、あのときの子に間違いない。可愛かったから印象に残っている。
まさか、死ぬ間際の最期に思い浮かべたのが、親兄弟ではなく、さっき出会ったばかりの幼女だったなんて、我ながら恥ずかしい限りだ。しかし、可愛い子に看取られて死ねるなら、それはそれでいい。心なしか、体温が上がった気さえした。
前に、なにかの本で読んだことがある。雪女の伝承は、低体温症による幻覚でしかないのだ、と。あの子を勝手に雪女にしちゃってごめんね。でも、まあ、いいか。俺の脳内での妄想に過ぎないのだから、誰かに、この思考を見られることもない。
そして走馬灯は、生き抜くための術を今までの経験から導き出そうとするプロセスらしい。こんな場面で雪女情報など全くもって必要ないだろうが、今まで忘れていた、昔にちょっと読んだだけの本の内容を思い出すなんて、これも走馬灯の一種だろうか。
やっぱり、俺は生きたいのか? 死にたくないと、心の奥底では思っているのか? そうでないなら、これは何だ?
「……だいじょうぶ?」
徐々に、意識がはっきりとしてくる。さっきより、声もはっきりと聞こえてきた。おかしい。俺は死ぬんじゃないのか?
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