2 / 13
たまご色の饅頭
しおりを挟む「そうそう、これこれ。この味だよねえ」
ほんのり黄身色の皮に餡を包んだ炭酸饅頭にかぶりついて、アユは何度も何度も頷く。
先ほど蒸しあげたばかりだからほんのり温かく、小麦の香りが際立つ。
「なんだよ。そんなに好きなら自分で作りゃあいいだろう」
ぶっきらぼうな物言いながらも祖母はアユの前にさらに出来た饅頭をザルに積んでどんと置いた。
「このどっしりした皮とか、ぎゅっとした餡とかさ。おばあちゃんが作ってくれるから、美味しいんだよ」
言われてみれば、市販の饅頭より少し皮がかためで餡子も黒糖を加えているためか少し雑味が強い。
だけど、その力強さが癖になる。
唯一無二の味わい。
この饅頭は祖母そのものだ。
「また、口ばっかり」
眉間に深々としわを寄せると背を向けてせかせかと歩き出し、ヒュウマのそばで座り込んでいる母に「赤ん坊の服は倉庫かね?」と話しかけている最中にまた外が騒がしくなる。
「ただいまー。はらへったー」
「ばあちゃん、おやつー」
玄関でランドセルを放り投げる音がして、祖母がしかりつけた。陽気に謝りながら男児たちは饅頭の匂いに吸い寄せられて居間になだれ込む。
彼らもアユの子で、長男の武蔵は十一歳で次男の虎徹で八歳だ。
「はろー。息子たち。げんきい?」
尚が煎れた茶を飲みながら、片手をひらひらと振ると、彼らはぱかんと口を開けた。
「うわ、アユ! 今度はどんくらいいるんだ?」
「なあなあ、昨日、イモ掘ったんだよ! 食う? 落花生茹でたのもあるよ!」
二人は四つん這いのまま飼い主を見つけた犬のように素早く突進するなり、アユの両脇に鎮座してかわるがわる話しかける。
「ねえねえ、むーちゃん、こーちゃん、ひゅうまがきたよ」
そこへ杏が輪に加わった。
「は? ひゅうま?」
縁側近くに延べられた小さな布団にようやく気付いた兄弟はさっそく覗き込む。
「へえ、なんか目がデカいね」
「いや、なんか黒くない?」
子供は正直だ。
大人が思っても口にしないことはすぱっと言ってしまう。
「うんそうそう。今度の『おとうさん』はそんな感じだから」
二つ目の饅頭をほおばりながら、アユはあっさり認めた。
「どこの誰だい」
聞きつけた祖母は抱えてきたタオル類を畳に降ろしながら尋ねる。
「うーん、軍人さんでね。白黒アラブがうまい具合に交じった、大きな人だったよ」
「で、そいつはどうしたのさ」
アユの向かいに座って目を吊り上げねめつけるが、暖簾に手押しだ。
「うん、アメリカに帰ったよ」
「まあ、そういうと思ったけどね…」
骨ばった背中を丸めてはあとため息をつくので、アユは湯呑に新しく茶を煎れた。
「まあまあ、おばあちゃん。とりあえずお茶飲もうよ」
「あんたは本当にもう…。ほら、マイカ。あんたも休みな」
ちょうど乳児用の衣類を詰めた衣装ケースを抱えて現れた母に祖母は手招きする。
「ハイ、オカアサン」
一つ頷いて、素直に隣に座った。
母の発音は未だに日本語に馴染まない。
「ねえ、今度の子はちょっとママに寄せてみたのよ。ちょっと似てなくない?」
「アユ……」
その一言に、口数の少ない母は困った顔をする。
「やっぱりそういう事かい」
母のマイカは小柄だが顔立ちは浅黒い肌に少し彫りが深く、一目で外国人とわかる。
出稼ぎのために南の海の向こうからやってきて尚たちの母となった。
「うん。だって、そうしたらママも寂しくないかなーって」
くったくのないアユの声が、ふんわりと煎茶と饅頭の匂いに溶け込んだ。
1
あなたにおすすめの小説
課長と私のほのぼの婚
藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。
舘林陽一35歳。
仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。
ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。
※他サイトにも投稿。
※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。
雪の日に
藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。
親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。
大学卒業を控えた冬。
私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ――
※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
誰でもイイけど、お前は無いわw
猫枕
恋愛
ラウラ25歳。真面目に勉強や仕事に取り組んでいたら、いつの間にか嫁き遅れになっていた。
同い年の幼馴染みランディーとは昔から犬猿の仲なのだが、ランディーの母に拝み倒されて見合いをすることに。
見合いの場でランディーは予想通りの失礼な発言を連発した挙げ句、
「結婚相手に夢なんて持ってないけど、いくら誰でも良いったってオマエは無いわww」
と言われてしまう。
✿ 私は彼のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい
設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀
結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。
結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。
それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて
しなかった。
呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。
それなのに、私と別れたくないなんて信じられない
世迷言を言ってくる夫。
だめだめ、信用できないからね~。
さようなら。
*******.✿..✿.*******
◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才 会社員
◇ 日比野ひまり 32才
◇ 石田唯 29才 滉星の同僚
◇新堂冬也 25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社)
2025.4.11 完結 25649字
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる