出遅れた転生ヒロインは恋を蹴散らす

犬飼ハルノ

文字の大きさ
6 / 40

執事ロバート・ブロウと侍女ナンシー

しおりを挟む
 執事ロバート・ブロウは往診に来てくれた医師を茶菓子でもてなしたのちに謝礼金を渡し、トンプソン家の馬車に載せて見送る。

「ブロウ執事、お嬢様がお呼びです」

 この屋敷の実質的な主人であるオーロラ・トンプソンの専属侍女のナンシーが小走りに近づいてきた。

「どうした。もしかして具合が悪くなったのか?」

 そうならば、直ぐにでも医師を呼び戻さねばならない。

「違います。前よりすこぶるお元気…、いえ。…ええと、お嬢様が何かお話ししたい様子なのです」

 何事か言いかけて慌てて口に蓋をしたナンシーは、とにかく主人の要件を伝えることに集中したようだ。

「ナンシー…」

 この侍女を雇い入れておよそ十年になるが、幼いお嬢様引き合わせてみた途端石になった。

『て、天使…。どうしましょう。ブロウさん、天使がいます。私、天に召されたのですか』

 トンプソン氏の実家で軽く使用人としての教育を軽く受けたのち送られてきた少女は、両手をあわせて恍惚とした表情で五歳のオーロラ嬢を見つめた。

『違います。この方が、これから貴方がお仕えするオーロラ・トンプソン様ですよ』

 伝えるや否や、どさっと床に腰を落とし、四つん這いになり、本物の犬でもこうはいかないだろうと思われる速さでお嬢様の前までたどり着き、平伏した。

『こ、これから、お嬢様のお世話係になります、ナンシーでございましゅ! いくらでもいくらでもこき使ってくだゃしゃい!』

 カミカミのまま、いきなりの下僕宣言。
 ブロウはこの新入りを返品すべきかとさすがに思った。

 しかし、ウサギのぬいぐるみを抱きしめたオーロラ嬢はこの異常なさまに臆することなく、こてりと可愛らしく首をかしげる。

『ナンシー? オーロラの おともだちになってくれるの?』

 くりくりとカールしたストロベリー色のブロンドがふわりと羽のように宙を舞う。

『おじょうさまああああ』

 こうして、オーロラ嬢に魅了された使用人がまた一人増えた。

 以来、ナンシーは幼い主人の二十四時間三百六十五日を舐めるように監視…いや、母のように暖かく見守っている。


  そんなナンシーが珍しく目を離してしまったのが、二日前の凱旋パレードの時だ。

 オーロラ嬢がナンシーとリラを伴としてパレード見物に行ったものの、予想以上の熱狂の渦に巻き込まれ、はぐれてしまった。

 普段なら見つけてもらえるような場所で待つ筈なのに、主もまだまだ少女だ。


 そして近くの人からおすそ分けされた花の入った籠を受け取り、一緒になって歓声を上げ花びらを撒いていたら、その姿が周囲の男たちの眼に釘付けとなった。
 警備隊をはじめ、みな、初々しいバラ色の髪をした少女の愛らしい顔立ちとそれと…。

 さすがにその先は言葉を濁したが、とにかく本人の知らぬところで注目の的となっているさなかに、一足早く祝い酒を飲み泥酔してしまった男が背後からいきなり不埒な真似を働いた。

 間の悪いことに彼女の周りは女子供しかない。

 それを目撃した騎士たちが慌てて駆け付けようとしている中、『無我夢中でもがいているうちに』オーロラ嬢の手が男の下半身に強く当たり、事なきを得たという。

 逮捕した男は酒を飲むと女性に不埒な真似を働く常習犯で周囲に嫌われており、次に同じ騒動を起こしたら強制労働と言い渡されていたこともあり、数日中に辺境の鉱山へ送り出されるらしい。
 これで、間違ってもその汚らわしい男が再びお嬢様の目の前に現れることはないだろう。

 とりあえず一つ片付いたことにブロウは安堵しながらも、不安がよぎる。

 頭痛で倒れる直前の『お嬢様』は、『お嬢様でないように見えた』とナンシーとリラがブロウと医師に訴えたのだ。
 立ち姿と眼差し、そして、話し方。

「いったい、何が起きているのだ…」

 ブロウは主の待つ寝室へと急いだ。



「ロバート、忙しいなかごめんなさい。…あのね。新聞を読みたいのだけど」

 執事のロバート・ブロウが入室するなり、オーロラはさくっと本題に入る。

 ここがかなり力業のご都合主義の設定だらけのゲームの世界で良かった。

 思いつくまま箇条書きをしているうちに、ストーリーに新聞が出てきたことを思いだしたのだ。
 鉄道と車はまだないが、新聞の印刷は行われており、先日の凱旋パレードの日程と経路もそれで知ったのだ。
 そして、パレードの主役であるハロルド王子とエレクトラ・クランツ公爵令嬢の秘話も。
 とはいえ、新聞社の数は多くない。
 製作者側はその辺についてあまり細かい設定を施さなかったのだろう。
 まあ、必要のないことだから。

「新聞…でございますか」

 彼は少し困惑の表情を浮かべた。

 そりゃあ、そうだろう。

 今までのオーロラはこの屋敷に納められた砂糖菓子のような少女で、社会に関心はさほど持っていなかった。
 新聞など、使用人たちの話題に乗って初めて読むくらいだ。

 たとえ周囲の人々が今の自分の言動に何かを感じたとしても、構っていられない。
 時間がないと、自分の中の何かがせかすのだ。

「遡って…そうね。ざっと二十年くらい。さすがにこの家にはそこまで保管していないわよね。どこに行ったら閲覧できる? 図書館?」

 現代なら図書館か新聞社に所蔵されていたことを思いだしながら、オーロラは尋ねる。

 指を二本立てて言う主の姿をまじまじと見つめたのち、執事はしばし熟考して、答えた。

「そうですね。発行元の新聞社、国の図書館…。そして、商会のギルドならば」

「ギルド? トンプソンが加盟しているから利用できるという事かしら」

「はい。ですが、一日ほどお時間を頂けますか」

「突然訪問しても許可がもらえないと?」

「それもありますが…。お嬢様は倒れられて目覚めたばかり。いきなり人の多い街へ出かけては具合が悪くなるかもしれません。幸いトンプソンは現在、この国の商会では名の知れた地位にあります。楽に閲覧できるよう手配しますので」

 グレイの眉を平らかに、うっすらとブロウが微笑んだ。

「色々やる気になっておられるようですがとりあえず、本日はこのロバートを信じて、お部屋でおとなしくお待ちくださいませ。オーロラお嬢様」

 流石はアラフィフ。
 優しい言葉遣いながら、十代半ばの小娘には逆らえない威圧感があった。

「え、ええ…。わかったわ」

「わたくしの言葉が通じて嬉しゅうございます。ついでにそのまま寝台へお戻りになり、きちんと横になったうえに、目を閉じて頂ければ幸いです」

 いつもは細い目がカっと二倍に開いた。

「……ハイ」

 誰が逆らえようか。




しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

あなたの側にいられたら、それだけで

椎名さえら
恋愛
目を覚ましたとき、すべての記憶が失われていた。 私の名前は、どうやらアデルと言うらしい。 傍らにいた男性はエリオットと名乗り、甲斐甲斐しく面倒をみてくれる。 彼は一体誰? そして私は……? アデルの記憶が戻るとき、すべての真実がわかる。 _____________________________ 私らしい作品になっているかと思います。 ご都合主義ですが、雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。 ※私の商業2周年記念にネップリで配布した短編小説になります ※表紙イラストは 由乃嶋 眞亊先生に有償依頼いたしました(投稿の許可を得ています)

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

【完結】王子と結婚するには本人も家族も覚悟が必要です

宇水涼麻
ファンタジー
王城の素晴らしい庭園でお茶をする五人。 若い二人と壮年のおデブ紳士と気品あふれる夫妻は、若い二人の未来について話している。 若い二人のうち一人は王子、一人は男爵令嬢である。 王子に見初められた男爵令嬢はこれから王子妃になるべく勉強していくことになる。 そして、男爵一家は王子妃の家族として振る舞えるようにならなくてはならない。 これまでそのような行動をしてこなかった男爵家の人たちでもできるものなのだろうか。 国王陛下夫妻と王宮総務局が総力を挙げて協力していく。 男爵令嬢の教育はいかに! 中世ヨーロッパ風のお話です。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

「美しい女性(ヒト)、貴女は一体、誰なのですか?」・・・って、オメエの嫁だよ

猫枕
恋愛
家の事情で12才でウェスペル家に嫁いだイリス。 当時20才だった旦那ラドヤードは子供のイリスをまったく相手にせず、田舎の領地に閉じ込めてしまった。 それから4年、イリスの実家ルーチェンス家はウェスペル家への借金を返済し、負い目のなくなったイリスは婚姻の無効を訴える準備を着々と整えていた。 そんなある日、領地に視察にやってきた形だけの夫ラドヤードとばったり出くわしてしまう。 美しく成長した妻を目にしたラドヤードは一目でイリスに恋をする。 「美しいひとよ、貴女は一体誰なのですか?」 『・・・・オメエの嫁だよ』 執着されたらかなわんと、逃げるイリスの運命は?

愛しの第一王子殿下

みつまめ つぼみ
恋愛
 公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。  そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。  クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。  そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

【完結】王宮内は安定したらしいので、第二王子と国内の視察に行ってきます!(呼ばれたみたいなので、異世界でも生きてみます。の続編です)

まりぃべる
恋愛
異世界に呼ばれた佐川マリア。マリア・サガワとしてこの世界で生きて行く事に決め、第二王子殿下のルークウェスト=ヴァン=ケルンベルトと一緒に、この国をより良くしていきます!って、実際は2人で旅行がしたかっただけ? 呼ばれたみたいなので、異世界でも生きてみます。の続編です。 長くなりましたので、前作の続きでは無く新しくしました。前作でしおりを挟んでくれた方ありがとうございました。 読んでなくても分かるようにしております。けれど、分かりにくかったらすみません。 前作も読んで下さると嬉しいです。 まだまだ未熟なので、稚拙ではありますが、読んでいただけると嬉しいです。 ☆前作で読者様よりご指摘が有りましたのでこちらにも記載しておきます。 主人公の年齢は設定としてありますが、読者様が主人公になれたらな(もしくは好きな年齢に当てはめて読めたら)という思いを込めて敢えて年齢を記載していません。

処理中です...