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目をそらすな
しおりを挟む「さて……と」
モルダーは寝台から離れ、窓辺へいき開放する。
「イズー、おいで」
彼が近くの木に呼びかけると、枝の間に潜んでいたのか、一羽のカラスが姿を見せた。
窓枠にいったん停まると、ぴょんぴょんと器用に飛び跳ねながらモルダーのそばへ行き、差し出された腕に飛び乗るなりグーグーと喉を鳴らす。
「うん、今からまたちょっと働いてもらうよ。頼むね」
甘く囁くモルダーの頬にカラスは頭を擦り付け、そして羽を広げ天井に向かって一声鳴いた。
「カア!」
その瞬間、キン!と空気の流れが止まる。
「聞き耳を立てている人があちこちにいるようだから、空間封鎖したよ。ああ、ここからはいつも通りに敬語はなしにしてくれ。面倒だから」
この居室の中のことを見聞きできないよう、モルダーはイズーに結界を張らせた。
「…………まさか、魔獣まで連れてきていたとは」
ようやく寝台からおりたリチャードは素足で床に立つ。
「色々、ここでやることがあってね。イズーのおかげではかどったよ」
モルダーの言葉にカラスは得意そうに胸を張った。
「さて。次はこれを見てほしいんだけど。ちょっと目が回ると思うけど頑張ってね」
長い指で優しく背を撫でると、黒鳥は「カ……」と小さな声と共に嘴を少し上に向ける。
黒い瞳から青白い光線が出て、また球体の投影画像が宙に現れた。
今度は男三人で両手を広げて囲めるほどに大きい。
そして、映し出されたのは黒鳥イズーが空から見た光景。
旋回しながら一点を見守っている。
夕方の気配が濃厚になっていく草原を、二十名ほどの騎士たちが隊列を組んで進んでいた。
「確かに……。これは目が回る」
ホランドは眉間を抑えながらこぼす。
「音声も拾っているはずだから、ちゃんと聞いてね」
少し高度を下げたのか、騎士たちの様子がはっきり見えるようになる。
追放されるベージル・ヒルを護送しているゴドリー家の騎士団だ。
ヒルは下級騎士に囲まれて、手荷物一つ持たずに歩かされていた。
縛られてはいないものの、元団長に対する敬意は一切ない、ひどい扱いだった。
「…………」
食い入るように画像を見つめるリチャードにモルダーは静かに問う。
「なあ、なんで見送りしなかったの? そんなに許せなかった?」
「いや……。体調が悪くて……。起きられなかった。昨夜の段階では出立にはぜひ立ち会うつもりだったんだ」
泣き続けるコンスタンスを宥めているうちに夜も更けて。
ようやく落ち着いた明け方からは泥のように眠った。
眠くて眠くて、なぜだかどんなに眠っても眠り足りない。
そして、繰り返し悪夢を見ては疲労ばかりたまっていった。
「ホランド?」
真偽を確かめるモルダーにホランドは首を振った。
「……ぐっすり眠っていました。コンスタンス様は俺に代理をと言われたし、ノーザンたちが騒ぐもので、滞在者たちの目もあるのでこれ以上待てずに行かせました」
敷地内にはまだ招待客が半分以上残っている。
それを知っているノーザンは整列させた騎士たちにこれ見よがしに剣を打ち鳴らすよう指示し、ホランドをせかした。
「がっちり団結しているんだよなあ、ノーザン隊。悪い意味でさ」
開けた場所に出た途端、ノーザンが合図をする。
すると、一斉に騎士たちは動き出し、ヒルを中心とした円陣を組む。
そして、全員が武器を彼に向けた。
「な……っ!」
馬上の上級騎士はクロスボウを構え、一緒に歩いていた下級騎士たちは抜刀するか槍を向けている。
それらに動じることなく、ヒルはノーザンと対峙し、二言三言会話したがそれは友好的な物ではなく、やがて騎士たちは武器から手を放し両手両足を打ち鳴らしながら歌を歌い始めた。
『俺たちの
俺たちの、女がきた
かわいい、かわいい、おんなあ―――』
「…………なんて、ことだ……」
リチャードは画像を見上げたまま立ち尽くす。
「ああ。なんてことだよ。しかも、彼らは『歌い慣れ過ぎて』いる」
モルダーは深くため息をついた。
「なあ。ちょっと前の俺の記憶では帝都の屋敷を守る騎士団たちはこいつらじゃなかった。ちょっと年がいっている者もいたが、真面目なやつばかり揃っていたよな」
歌は続く。
禁じられたはずの歌を、彼らは楽しそうに歌い、ヒルに向かって囃し立て、服を脱ぐよう強要し、からかい、侮辱していた。
「あいつらは、どこに行ったんだ?」
「知らない……。わからない。二年の間に顔見知りは誰もいなくなった」
「総入れ替えか」
「ああ」
剣を取り上げたノーザンは柄頭の紋章を自らの剣の切っ先を力いっぱいぶち当てて破壊しようとしている。
「よほど羨ましかったんだな。あの剣が」
己の剣の切っ先など、今更刃こぼれしても構わないのだろう。
ますます騎士たちは盛り上がり、口々に野次を飛ばし歌い続けている。
めちゃくちゃだ。
そしてシャツを脱ぐよう命令し、取り上げたそれを数人で寄ってたかってズタズタに裂き、ブーツを脱ぐ時には独りの下級兵士が背後から尻を撫でまわしていた。
見ていられない。
思わずリチャードは目をつぶり、顔をそらした。
「いや、ここからだから。ちゃんと見ろよ」
カラスを腕に載せて立っていたモルダーはそのままの姿勢で片足のみを繰り出し、リチャードの太ももを軽く蹴る。
「…………っ」
意外と強い力についよろけてしまい、床に膝と手を着く。
その拍子に顔を上げると、ヒルを辱めていた男が何か光るものに気を取られて手を伸ばしているのが目に入った。
「ほんっとここからが、すっごく面白いんだよねえ」
のんびりとしたモルダーの声と相反する展開が繰り広げられる。
あっという間の出来事だった。
ヒルはまず尻を撫でた男の顎を拳で砕き、ベルトのバックルと素足の蹴りで次々と歩兵を倒し、槍を取り上げて次々とすべてを薙ぎ払っていく。
慌ててクロスボウ部隊が矢を放つが、相打ちになり、驚いた馬が暴れ、人間を振り落として踏むか逃げ出すか。
全てを目で追うことは難しいが、確実に全員戦闘不能になっていった。
最後に副団長に繰り上がったギゼルが本気で殺すつもりだったようだが、顔面に拳を受けてあえなく倒れ、死角からクロスボウで狙った者に至っては、振り向きもしないまま槍を放って命中させている。
圧倒的な、強さだった。
「いっそ皆殺しにした方が楽だったね。ちょっと骨を折る程度だとああやって隙を見て襲ってくるから加減が難しいんだ」
カラスの背中を撫でながら呟くモルダーを、ホランドは驚きの表情で見た。
貴公子だ王子だと言われる優美な外見からは想像のつかない言葉だ。
「あの時」
モルダーはゆるりと目を伏せ、長い睫毛が白い頬に影をつくる。
「割とすぐに手持ちの武器がなくなった。剣の刃は折れて、矢も尽きて。襲い掛かる敵を倒してそっちの武器を奪えるならまだいい方。それすらなかったら自分の身体かその辺に転がっている木っ端か石や砂を使うしかない」
『あの時』と言われて、リチャードとホランドはすぐに何のことか理解した。
ケルニア戦争。
マカフィーのせいで戦況はさらに悪化、奇襲をかけられ敗退を余儀なくされた時にモルダーとヒルがしんがりを務めることになった。
この時、最高責任者が倒されリチャードしか指揮を取れる者はいなくなり、ホランド、クラーク、コールらと一緒にいち早く逃げねばならなかったが、ほぼ囲まれた状態だったため、事態は困難を極めた。
全滅の危機だったと言っても良い。
そんな中、少数部隊でしかなかったモルダー・ヒル隊が数日かけて敵をせん滅し、立場も戦況も不利だった状況をひっくり返した。
そして、不毛な戦争の終結。
それが、王妃から二人が剣を賜った理由だ。
「ヒルの身体は覚えているのさ。この世に存在するものすべてを武器に戦う術を」
いつの間にか投影は終わっていた。
リチャードは床に座り込んだままうなだれる。
「あいつらに剣を使う必要なんてなかった。戦争を知らないくせに、騎士ごっこをして強くなったつもりでいるガキばかりだからな」
ククーウと低く鳴き、鴉は目を閉じてモルダーの頬に頭を寄せた。
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お読みいただき、ありがとうございます。
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それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
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