シゲルとみけ

犬飼ハルノ

文字の大きさ
3 / 5

ねこはなんでもしっている。


 ぴっちゃん、と濡れた音がする。

 そして、ちろちろちろと連続音とともに、膝の重みを感じてうっそり目を開けた。
 夜着を剥ぐと、そこにはちんまりとした頭が乗っていた。

「・・・みけ」


 猫を、飼っている。

 いや、一緒に暮している。

 ミケ、と言う名の三毛猫の雄だ。

 が、しかし。
 その猫は、月が出るとベツモノになる。

 そして。
 ソイツは、今、自分の下腹を熱心に舐め回していた。


「おい、なにをやってる」

 問うても仕方がないことだが、問わずにはいられない。
 下肢に顔を埋めた少年は、薄い舌をさしだして、ちろちろちろと自分の雄芯をなぶっているのだから。

 その様は、雨の日に庇から流れ落ちる水を猫が熱心に舐めとっている姿に似ていた。


「あ、しげるさん、おはよ」


 得意げな顔で爽やかな朝の挨拶をされて、どうしてくれようとため息をついた。

 外はうっすら明るくなってきている。
 月は、つい今し方昇ったのだろう。

 昨夜は大人しく懐に潜り込んで寝ていたはずなのに、これだ。
 猫の時もそれなりに悪さをするが、ベツモノになったときは、ここのところ心臓に悪いことを次々とやらかしてくれる。

 ただ、全くの悪気がないところがまた、猫ゆえなのか。
 いや、そんなことを呑気に独白している場合ではない。

 かろうじてこらえている自分の分身を内心褒め称えながら、身体を起こしてついでに小僧の口から引き抜く。

 あああと、情けない声を上げながら追いすがろうとする額を片手で掴んで遠ざけた。

「このばか。朝っぱらから俺の身体で遊ぶな」

 ついでにきゅっと上下の唇をまとめてつまむ。

「むーっ」

 小童がじたばたと抵抗しているうちに、己をこっそり宥めにかかった。


 シゲル。
 想像するのだ。
 今のはミケの口の所業ではない。
 ・・・ばばあの口だった。

 
 もくろみが功を奏してするすると縮まるさまに安堵のため息をついていると、むくれて頬を膨らませるみけがとんでもない事を口走った。

「だって、ばさまがなめたら、ものすごくよろこんでたから、おらもしようとおもったのに」
「・・・は?」

 今のは、空耳だろうか。

「しんじろー、あっあっあーっていって、きもちよさそうだった」

 今、とんでもない事を聞いた気がする。
 あぐらをかいて、しばらく考えた。

「みけ・・・。誰が誰をどうしたんだ?」
「ん。だから、ばさまがしんじろーのそこなめたら、あっあっあーって」
「いや、もういい、先は言わんでいい!!」

 恐ろしい話を歌うように語り始めたその口をもう一度手でふさいだ。

「む」
「・・・頼むから。それ以上は聞きたくねえ・・・」

 言い聞かせると、こくこくと肯いたので手の平を離してやる。

「しんじろうって、あの、慎二郎か・・・」

 流れ者の慎二郎。

 シゲルより多少年上の、美丈夫だ。
 確かどこかの良家の次男坊で幼い頃から浮き名を流し、それがもとで帝都を追われたとかいう噂のある男で、どういうわけか隣村に流れ着き、地主の離れでのんべんだらりと暮している。
 そいつがどうしてこの山深い集落まで顔を出してるのか。
 思い当たるのは、この辺りの女は大概食い尽くしたと言うことくらいか。

「いやだからといって・・・」

 なぜそこで伯母へいきつく。
 思わず二人の情事を想像しかけて、頭を振った。

「何故、それを知ってる。」
「んー?だって、外だったから。シマねえがおもしろいよって」

 シマねえとは、最近よく見かける縞猫のメスのことだろうか。
 どうやら猫たちが覗きに来るほどの見ものだったらしい。
 あいつらは呑気に覗かれていることも知らずに・・・いや、猫の目など気にしないのが普通だ。

「外でやるな、ばばあめ・・・」

 いや、それ以前に二回りどころか三十近く年下の男を銜え込む伯母の胆力に、妖怪じみたものを感じ、戦慄が走る。

「あのばばあ、俺よりも長生きするな…」

 そこで、ミケの口から更にとんでもない物が飛び出てきた。

「それに、よさくとごへいも・・・」
「は?」
「はっは、はっは、と、おうん、おうんって、言ってた」

 与作と五平。

「なんだ、そいつらもばばあに食われたか」
「ちがう」
「ならなんだ」

「よさくとごへいが、交尾してた」

「こうび・・・」

 どちらも男で、どちらも女がよりつかないほどの強面と熊のような頑強な身体をしていた。

「そこの森の先の小屋が、がたがたみしみし揺れてっから、なにごとだーってみんなで見に行ったら、よさくがごへいのし・・・」
「だから、みなまで言うなって!!」 

 あわてて、もう一度みけの口をふさいだ。

「むー」
「お前の口は、鉄砲か・・・」

 いつか、俺の心臓を止めるに違いない。


「いいか、みけ」
「はい」

 まずはみけを正座させ、その正面に、自分も背中をまっすぐに居住まいを正した。
 昔は正座なんて数えるほどしかしたことがない。
 だがここのところ、月が出るたびに自分は正座をしているような気がする。

「猫のお前が何を見ても、それは仕方ねえことだ」

 目に入ってくるのだから、どうしようもないことだと、一応思っている。

「だがな。それをいちいち俺に言うな。人間のやることの真似をするな。今後一切、俺を舐めるのもなしだ」

「えーっ」
「えーっ、じゃない。ばかめ」

 思わずげんこつが出て、ぽかりと振り下ろしてしまう。

「いたい・・・」

 涙交じりの声に、ずきっと胸が痛む。

「・・・とにかく、いうことをきけ。わかったな」
「・・・しげるさん、おこった・・・」
「ああ?」
「出て行けっていう?」

 みけは、猫だ。
 人間は、気に入らないことがあったら追い出すことを、学んでいる。

「このばか・・・」

 しょんぼりと肩を落とし、ぽたぽたと涙を膝に落とし始めたのを見て、ため息をついた。
 こいつには、かなわない。

「ほらよ」

 足を崩して胡坐をかくと、しかたなく両手を広げた。

「来い」

 すると、すぐさま細い体が勢いよく飛び込んできた。

「シゲルさん、シゲルさん」

 全身でかじりついてくる。

「なんだ」

 ぽんぽん、と背中をたたいてやると、肩のあたりがじんわり濡れてきた。

「おら、シゲルさんに喜んでほしかった…」
「うん。わかってる」
「だけど、だめなの・・・?」
「ああ。いまはな」
「いまは…?」
「そうだ、いまは、まだ、だめだ」
「いまは、まだ、だめ・・・」

 なにも解らず、ただ呪文のようにシゲルの言葉を繰り返す小さな唇を、優しく吸ってやる。


「いまは、まだ、だ」


 その意味を、知るまでは。

感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科 空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する 高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体 それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった 至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する 意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク” 消える教師 山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

春を拒む【完結】

璃々丸
BL
 日本有数の財閥三男でΩの北條院環(ほうじょういん たまき)の目の前には見るからに可憐で儚げなΩの女子大生、桜雛子(さくら ひなこ)が座っていた。 「ケイト君を解放してあげてください!」  大きなおめめをうるうるさせながらそう訴えかけてきた。  ケイト君────諏訪恵都(すわ けいと)は環の婚約者であるαだった。  環とはひとまわり歳の差がある。この女はそんな環の負い目を突いてきたつもりだろうが、『こちとらお前等より人生経験それなりに積んどんねん────!』  そう簡単に譲って堪るか、と大人げない反撃を開始するのであった。  オメガバな設定ですが設定は緩めで独自設定があります、ご注意。 不定期更新になります。   

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。