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王都編
三者面談
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なああん、と舌っ足らずで甘えた声とともに柔らかな感触が足元でうごめいて、ナタリアは我に返る。
見下ろすと、ティムが目をキラキラさせて見ていた。
ピンクの鼻を小さくひくひくとうごめかせて、『ぼく、えらいでしょ』と訴えている。
たしかに。
今日一番の功労者はティムだ。
ふっと笑って抱き上げ、額にキスをする。
「ああ・・・。申し訳ありません。この子がいきなりやってきてさぞ驚かれたことでしょう」
腕の中でティムはがあごんがあごんと喉を振るわす。
「ナタリア・・・その猫の首」
ローレンスが地の這うような声で問うた。
「ああ、すみません。この子があまりにもハンサムなので、つい、鈴の代わりに『頂き物の』指輪をつけてみたくなったのです。あまりにも似合うので見惚れていたら、彼は退屈したらしく脱走してしまって。慌てましたわ」
偶然ですよ、と白々しく肩をすくめると、ご当主様は頬をぴくぴくとけいれんさせていた。
どうせ、茶番だ。
文句があるならここで今言ってみろと、ナタリアは開き直った。
ティムがここへ飛び込んできていきなり当主へ威嚇の声を上げた時、騎士たちは蹴りだそうとしたものの、首輪を見て躊躇しただろう。
無礼を働く忌々しい猫にタウンハウスが買えるような指輪が堂々と取り付けてある。
あからさまな、しるし。
当主の新妻の愛猫だという。
そうなると「うっかり殺してしまいました」と言うわけにはいかないのだ。
それは、ローレンスにしても同じこと。
己が国一番の宝石屋へ大々的に発注し、贈った指輪だ。
知らなかったではすまされない。
「あの・・・、ローレンス様」
おずおずと控えめな声に、我に返る。
「おろしてくださいませ」
マリアの困惑した顔がまた、愛らしい。
声も、まるで小鳥のように軽やかで庇護欲をそそる。
これは、ローレンスでなくとも骨抜きになるだろう。
「あ・・・ああ。」
ローレンスに支えられてマリアは地に足をつけて立つ。
なんて小柄な少女だろう。
だからこそ、妊娠している姿は痛々しく、異常だ。
「どうか、椅子にお座りください、ナタリア様」
しかも礼儀正しく、利発。
これからいくらでも違う可能性があっただろうにと惜しんでしまう。
「ありがとうございます。まずは、マリア様がお座りください」
あくまでも自分は雇われの身で、マリアのために存在することを態度で示す。
戸惑った様子だったがローレンスに小声で促され、うなずいた。
「お気遣いありがとうございます」
きちんと一礼して、ローレンスの隣に座った。
それを見届けてからナタリアが向かいに座ると、侍女たちが新しいティーカップを運んでくる。注がれたお茶は見た目が紅茶だったが、独特の香りがする。
「これはルイボスティーですね」
「はい、お医者様から勧められたので」
紅茶の成分の一部が妊婦によくないという話が最近出てきている。
「なるほど。体に良い成分が豊富ですものね。さすがはホーン先生」
ナタリアの言葉に、ローレンスがぎょっと目を見開く。
「ホーン先生をご存じですか」
純真なマリアの質問に、隣の男はだらだらと汗をかいている。
ナタリアがここで爆弾を落としたら一巻の終わりだ。
「はい。領地から王都まで馬を飛ばして挙式までこぎつけたので、疲れが出たのでしょうね。寝込んでしまったので診ていただきました」
さらりと、嘘をつく。
「まあ・・・。その後大丈夫ですか」
「ローレンス様のお気遣いのおかげで、もうすっかり元気です」
ナタリアはどすどすとローレンスの心臓に言葉の槍を突き刺す。
気遣いもなんも。
この坊ちゃんはやりたい放題だ。
後ろめたさはあるのか、彼はまさに借りてきた猫のようにおとなしい。
「そうなのですか、よかったです」
心から嬉しそうにマリアが微笑む。
そして、ちらりと隣を見上げローレンスへ尊敬のまなざしを送っている。
『さすがは、ローレンス様』と言う声が聞こえてきそうだ。
そこで、ナタリアは揺さぶりをかけてみた。
「そういえばマリア様こそ、体調を崩されていたようですね。大丈夫ですか?先日、東の館へ急がれるホーン先生をお見掛けしていたので心配していました」
平静を装い紅茶カップを手にした男は、すぐに動揺してかちゃんと倒す。
「あ・・・。その、それは・・・」
ぽっとマリアが顔を赤くして両手を頬に添える。
「あの・・・。その・・・ええと」
マリアはおろおろしているし、ローレンスは口をぱくぱくさせてまるで陸に打ち上げられた魚の状態だ。
・・・まさかと思うが、そのまさかなのか。
この鬼畜め。
ナタリアは頭痛を覚えた。
いや、ローレンスに対する強い殺意がずきずきと脳を圧迫する。
「あら、ごめんなさい、私ったら無粋なことを」
ほほほと口に手を当て空々しく笑い、貴族令嬢ぶってなんとかごまかした。
背後に並ぶ東の館の使用人たちの視線が痛い。
うち手を間違えたのは認める。
今日はこれで引くとしよう。
「・・・まことにぶしつけですが、一つだけお聞かせください」
「はい」
「お子様の予定日はいつでしょう。実は、ローレンス様がマリア様を大切になさるあまり、私にはなかなか教えてくださらなくて」
姿勢を正し、真剣なまなざしでマリアに問う。
敵ではないと、この少女に認識してもらわねば。
・・・とはいえ、膝にティムを載せて背中を撫で続けている姿はいまいち格好がつかない。
「二月の、初めから半ばくらいだと、ホーン先生がおっしゃっていました」
目を伏せて、不自然に膨らんだお腹を愛し気にゆっくり撫でる。
長い金色のまつ毛に、笑みを浮かべた桜色の唇。
その様はあまりにも神々しく、宗教画の聖母そのものだ。
「そうですか。ずいぶん寒いころですね。ならば、お部屋を暖かくするための支度を抜かりなく手配いたします」
そして、ローレンスへ目を向ける。
「ところでローレンス様。今すぐにダドリーから山羊を数頭取り寄せて、邸内で飼育させていただきたいのですが」
「山羊だと?」
田舎の流儀をこの王都に持ち込むつもりなのかと眉を顰める男に、噛んで含めるように説明する。
「山羊の乳は母乳の代わりに使えます。私の母は多産ですが授乳があまり得意でないので、兄弟全員、山羊の世話になっています。特に私の一つ違いの弟のルパートは初乳以外山羊だったと言っても良いくらいの状態でしたが、騎士団でも指折りの体格に育ちました」
自分たちが世話になった品種とは別に、もともと崖に住んでいた野生の山羊と隣国の山羊を掛け合わせ、飼料も工夫してなかなか面白い品種を十数年前に作った。
その乳は領内の育児の助けになったので自信をもって提案できる。
「ほう・・・」
最初は胡散臭げにナタリアの話を聞いていたローレンスだが、だんだん興味がわいてきたようだ。
貴族の子は、生まれにくく育たない。
貴種間で濃密に交配し続けた結果、ほころびが出てきているのだろう。
ナタリアたちがわりと頑丈なのは、母が国交のあまりない北国からやってきたからだ。
しかし血族結婚の弊害で身体は弱い。
そんな彼女に七人産ませた父は、鬼畜ぶりではローレンスと良い勝負だ。
結論がそこに至り、ナタリアは頭を抱える。
自分はとことん、ろくでなしに縁があるらしい。
これこそまさにマギー・サンズの呪いではないか。
「もし山羊の乳が不要であった場合でも、チーズを作れますから無駄にはなりません。西では評判ですよ。ダドリーの山羊のチーズは」
赤ワインによく合う、なかなか癖になる風味だ。
たくさん作って、使用人たちにふるまうのも良いだろう。
「わかった。まかせよう。かかる経費と飼育場の整備はグラハムに相談してくれ」
「はい。ありがとうございます」
ふと気が付くと、マリアは所在無げにうつむいて座っている。
まだ年端のいかない少女なのだ。
ナタリアたちの些細な会話にも気後れしてしまうのだろう。
「マリア様」
「は、はい」
呼びかけると、慌てたように顔を上げた。
「お気を楽にされてください。今日はたまたまこのような形になりましたが、これから二度とお二人のお邪魔は致しません」
「え・・・」
「マリア様。私たちは教会で式を挙げましたがそれがかりそめものだということは、ローレンス様からお聞きになったでしょうし、実際ご覧になったはずです」
あの日。
左舷の席にマリアは侍女と騎士に囲まれて座っていた。
社交界独特の軽い雰囲気の男女が多い中で、彼女は清らかで幼く、異質だった。
だから、ナタリアの記憶に残っていた。
挙式の最中に、ローレンスがわざわざ行った偽りの誓いのキスは、マリアに見せるためのもの。
この口づけ同様に結婚は偽りなのだと、高らかに宣言するための。
「・・・はい」
こくんと、泣きそうな顔でうなずいた。
ああ、この子は、本当にローレンスに恋をしているのだ。
心から、この男を唯一と思って、慕っている。
よりによって。
この、どうしようもない男を。
ため息をかみ殺して、できうる限りの優しい笑みを浮かべる。
「どうか、お腹のお子様と心安くお過ごしください。何か思うことがあれば、どうぞ遠慮なく私に申し付けてください。いつでも駆け付けます」
ローレンスに対して思うことは山ほどあるが。
目の前の少女とお腹の赤ん坊は守るべきだと思う。
たとえ、自分が危ない橋を渡ることになっても。
「マリア様とお子様の幸せのために全力を尽くします。私は、そのために辺境から出てきたのですから」
諭すナタリアの膝の上で、ティムが顔を上げ「くるる、なあん」と鳴いた。
見下ろすと、ティムが目をキラキラさせて見ていた。
ピンクの鼻を小さくひくひくとうごめかせて、『ぼく、えらいでしょ』と訴えている。
たしかに。
今日一番の功労者はティムだ。
ふっと笑って抱き上げ、額にキスをする。
「ああ・・・。申し訳ありません。この子がいきなりやってきてさぞ驚かれたことでしょう」
腕の中でティムはがあごんがあごんと喉を振るわす。
「ナタリア・・・その猫の首」
ローレンスが地の這うような声で問うた。
「ああ、すみません。この子があまりにもハンサムなので、つい、鈴の代わりに『頂き物の』指輪をつけてみたくなったのです。あまりにも似合うので見惚れていたら、彼は退屈したらしく脱走してしまって。慌てましたわ」
偶然ですよ、と白々しく肩をすくめると、ご当主様は頬をぴくぴくとけいれんさせていた。
どうせ、茶番だ。
文句があるならここで今言ってみろと、ナタリアは開き直った。
ティムがここへ飛び込んできていきなり当主へ威嚇の声を上げた時、騎士たちは蹴りだそうとしたものの、首輪を見て躊躇しただろう。
無礼を働く忌々しい猫にタウンハウスが買えるような指輪が堂々と取り付けてある。
あからさまな、しるし。
当主の新妻の愛猫だという。
そうなると「うっかり殺してしまいました」と言うわけにはいかないのだ。
それは、ローレンスにしても同じこと。
己が国一番の宝石屋へ大々的に発注し、贈った指輪だ。
知らなかったではすまされない。
「あの・・・、ローレンス様」
おずおずと控えめな声に、我に返る。
「おろしてくださいませ」
マリアの困惑した顔がまた、愛らしい。
声も、まるで小鳥のように軽やかで庇護欲をそそる。
これは、ローレンスでなくとも骨抜きになるだろう。
「あ・・・ああ。」
ローレンスに支えられてマリアは地に足をつけて立つ。
なんて小柄な少女だろう。
だからこそ、妊娠している姿は痛々しく、異常だ。
「どうか、椅子にお座りください、ナタリア様」
しかも礼儀正しく、利発。
これからいくらでも違う可能性があっただろうにと惜しんでしまう。
「ありがとうございます。まずは、マリア様がお座りください」
あくまでも自分は雇われの身で、マリアのために存在することを態度で示す。
戸惑った様子だったがローレンスに小声で促され、うなずいた。
「お気遣いありがとうございます」
きちんと一礼して、ローレンスの隣に座った。
それを見届けてからナタリアが向かいに座ると、侍女たちが新しいティーカップを運んでくる。注がれたお茶は見た目が紅茶だったが、独特の香りがする。
「これはルイボスティーですね」
「はい、お医者様から勧められたので」
紅茶の成分の一部が妊婦によくないという話が最近出てきている。
「なるほど。体に良い成分が豊富ですものね。さすがはホーン先生」
ナタリアの言葉に、ローレンスがぎょっと目を見開く。
「ホーン先生をご存じですか」
純真なマリアの質問に、隣の男はだらだらと汗をかいている。
ナタリアがここで爆弾を落としたら一巻の終わりだ。
「はい。領地から王都まで馬を飛ばして挙式までこぎつけたので、疲れが出たのでしょうね。寝込んでしまったので診ていただきました」
さらりと、嘘をつく。
「まあ・・・。その後大丈夫ですか」
「ローレンス様のお気遣いのおかげで、もうすっかり元気です」
ナタリアはどすどすとローレンスの心臓に言葉の槍を突き刺す。
気遣いもなんも。
この坊ちゃんはやりたい放題だ。
後ろめたさはあるのか、彼はまさに借りてきた猫のようにおとなしい。
「そうなのですか、よかったです」
心から嬉しそうにマリアが微笑む。
そして、ちらりと隣を見上げローレンスへ尊敬のまなざしを送っている。
『さすがは、ローレンス様』と言う声が聞こえてきそうだ。
そこで、ナタリアは揺さぶりをかけてみた。
「そういえばマリア様こそ、体調を崩されていたようですね。大丈夫ですか?先日、東の館へ急がれるホーン先生をお見掛けしていたので心配していました」
平静を装い紅茶カップを手にした男は、すぐに動揺してかちゃんと倒す。
「あ・・・。その、それは・・・」
ぽっとマリアが顔を赤くして両手を頬に添える。
「あの・・・。その・・・ええと」
マリアはおろおろしているし、ローレンスは口をぱくぱくさせてまるで陸に打ち上げられた魚の状態だ。
・・・まさかと思うが、そのまさかなのか。
この鬼畜め。
ナタリアは頭痛を覚えた。
いや、ローレンスに対する強い殺意がずきずきと脳を圧迫する。
「あら、ごめんなさい、私ったら無粋なことを」
ほほほと口に手を当て空々しく笑い、貴族令嬢ぶってなんとかごまかした。
背後に並ぶ東の館の使用人たちの視線が痛い。
うち手を間違えたのは認める。
今日はこれで引くとしよう。
「・・・まことにぶしつけですが、一つだけお聞かせください」
「はい」
「お子様の予定日はいつでしょう。実は、ローレンス様がマリア様を大切になさるあまり、私にはなかなか教えてくださらなくて」
姿勢を正し、真剣なまなざしでマリアに問う。
敵ではないと、この少女に認識してもらわねば。
・・・とはいえ、膝にティムを載せて背中を撫で続けている姿はいまいち格好がつかない。
「二月の、初めから半ばくらいだと、ホーン先生がおっしゃっていました」
目を伏せて、不自然に膨らんだお腹を愛し気にゆっくり撫でる。
長い金色のまつ毛に、笑みを浮かべた桜色の唇。
その様はあまりにも神々しく、宗教画の聖母そのものだ。
「そうですか。ずいぶん寒いころですね。ならば、お部屋を暖かくするための支度を抜かりなく手配いたします」
そして、ローレンスへ目を向ける。
「ところでローレンス様。今すぐにダドリーから山羊を数頭取り寄せて、邸内で飼育させていただきたいのですが」
「山羊だと?」
田舎の流儀をこの王都に持ち込むつもりなのかと眉を顰める男に、噛んで含めるように説明する。
「山羊の乳は母乳の代わりに使えます。私の母は多産ですが授乳があまり得意でないので、兄弟全員、山羊の世話になっています。特に私の一つ違いの弟のルパートは初乳以外山羊だったと言っても良いくらいの状態でしたが、騎士団でも指折りの体格に育ちました」
自分たちが世話になった品種とは別に、もともと崖に住んでいた野生の山羊と隣国の山羊を掛け合わせ、飼料も工夫してなかなか面白い品種を十数年前に作った。
その乳は領内の育児の助けになったので自信をもって提案できる。
「ほう・・・」
最初は胡散臭げにナタリアの話を聞いていたローレンスだが、だんだん興味がわいてきたようだ。
貴族の子は、生まれにくく育たない。
貴種間で濃密に交配し続けた結果、ほころびが出てきているのだろう。
ナタリアたちがわりと頑丈なのは、母が国交のあまりない北国からやってきたからだ。
しかし血族結婚の弊害で身体は弱い。
そんな彼女に七人産ませた父は、鬼畜ぶりではローレンスと良い勝負だ。
結論がそこに至り、ナタリアは頭を抱える。
自分はとことん、ろくでなしに縁があるらしい。
これこそまさにマギー・サンズの呪いではないか。
「もし山羊の乳が不要であった場合でも、チーズを作れますから無駄にはなりません。西では評判ですよ。ダドリーの山羊のチーズは」
赤ワインによく合う、なかなか癖になる風味だ。
たくさん作って、使用人たちにふるまうのも良いだろう。
「わかった。まかせよう。かかる経費と飼育場の整備はグラハムに相談してくれ」
「はい。ありがとうございます」
ふと気が付くと、マリアは所在無げにうつむいて座っている。
まだ年端のいかない少女なのだ。
ナタリアたちの些細な会話にも気後れしてしまうのだろう。
「マリア様」
「は、はい」
呼びかけると、慌てたように顔を上げた。
「お気を楽にされてください。今日はたまたまこのような形になりましたが、これから二度とお二人のお邪魔は致しません」
「え・・・」
「マリア様。私たちは教会で式を挙げましたがそれがかりそめものだということは、ローレンス様からお聞きになったでしょうし、実際ご覧になったはずです」
あの日。
左舷の席にマリアは侍女と騎士に囲まれて座っていた。
社交界独特の軽い雰囲気の男女が多い中で、彼女は清らかで幼く、異質だった。
だから、ナタリアの記憶に残っていた。
挙式の最中に、ローレンスがわざわざ行った偽りの誓いのキスは、マリアに見せるためのもの。
この口づけ同様に結婚は偽りなのだと、高らかに宣言するための。
「・・・はい」
こくんと、泣きそうな顔でうなずいた。
ああ、この子は、本当にローレンスに恋をしているのだ。
心から、この男を唯一と思って、慕っている。
よりによって。
この、どうしようもない男を。
ため息をかみ殺して、できうる限りの優しい笑みを浮かべる。
「どうか、お腹のお子様と心安くお過ごしください。何か思うことがあれば、どうぞ遠慮なく私に申し付けてください。いつでも駆け付けます」
ローレンスに対して思うことは山ほどあるが。
目の前の少女とお腹の赤ん坊は守るべきだと思う。
たとえ、自分が危ない橋を渡ることになっても。
「マリア様とお子様の幸せのために全力を尽くします。私は、そのために辺境から出てきたのですから」
諭すナタリアの膝の上で、ティムが顔を上げ「くるる、なあん」と鳴いた。
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