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王都編
こよいかぎりのおもてなし
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妻を伴って入った寝室の変わりぶりに、改めて驚いた。
見渡す限り、真紅のバラを思わせる色彩で統一されている。
「これは・・・。いったいどうやったのだ」
先ほどはそれどころではなかった。
ナタリアに意識を集中させていたから。
「ふふ。驚かれましたか」
「もちろんだ」
まさか内装まで彼女の衣装に合わせて変えてしまうなどと、誰が予想する。
なんて大胆な発想だろう。
もともとは、白を基調として緑と黄色の花をモチーフとした柔らかな色彩の壁紙が全体に貼られ、リネンもそれに倣った色合いだった。
しかし今は、部屋の壁全体が紅の糸で織られたビロードの緞帳で覆われていた。
そして、部屋の隅に生けられているのはたくさんの赤いバラ。
暖炉の上に置かれた香炉からは、ねっとりとした香りが立ち上る。
「単純に、タピスリーを取り付ける要領で天井近くから緞帳を下げただけです。あとは装飾が得意な者にちょっと用立ててもらいました」
薄暗さをぎりぎりに極めた照明。
ベッドの天蓋もシーツも赤と黒を絶妙に配し、退廃的な雰囲気を醸し出している。
「私だけこのなりですと、浮いてしまうので。せっかくなら、完璧を目指したかったのです」
腕を引かれて椅子に座る。
丸テーブルの上にはグラスと酒と皿とカトラリー、そして銀のクローシュに覆われた何かが並べられていた。
「実は、ダドリーから持ってきていたものがありまして」
向かいに座ったナタリアが酒瓶を手に取り、慣れた手つきでコルクを抜く。
とくとくとくと音を立ててグラスに注がれる液体は、暗い照明の中、飴色に輝いた。
独特の、甘い香りが漂う。
「ブランデーか」
「はい。実はこれからうちの特産品として売り出そうかと」
ことり、とグラスをローレンスの前に置いた。
「どうぞお試しください」
促されてグラスに口をつけると、芳醇な風味が口から鼻に抜けていく。
「・・・うまいな」
「ありがとうございます」
微笑みながら、ナタリアもグラスを持ち上げ喉を潤す。
「これは、貴族の間でも流行るのではないか。とても上品で深い味わいだ。それになんといっても香りがいい」
「最初はかなり雑な味のものしか作れませんでしたが、一番上の姉が嫁ぎ先から技術者を送ってくれたので、おかげさまでだんだんと形になってきました」
そういえば、ナタリアの姉たちはすでに隣国へ嫁いだと聞く。
グラハムは姉たちを王宮で見かけたことがあったらしく、挙式の直前に二人の方がより生母に似ていたのにとこぼしていたのを思い出した。
「ブランデーはなかなか難しいと聞く。たいしたものだ」
「はい。長年、人材には恵まれているおかげで農作以外を色々試すことができました。その成果の一つがこれです」
「なるほど」
淡い光にグラスを透かして見る。
とろりとして暖かい、土の恵みの色だ。
グラスの向こうで、ナタリアの赤く塗られた唇が上がるのが見えた。
「どうした?」
「・・・こうして、ローレンス様とゆっくり酒を飲みかわしたいと思っていました」
「なかなか機会を持てず、すまなかった」
「いいえ。どうかお気になさらず」
ナタリアはテーブルの中央に手を伸ばし、銀のクローシュを外す。
そこにはドライフルーツとナッツとチョコレート、そしてチーズが盛り付けられた銀食器が現れる。
「どうぞこちらも召し上がりください。私はドライフルーツが一番合うと思いますが、弟はチーズを好みます」
彼女の口ぶりから飲み慣れている様子がうかがえた。
「タリアは…酒に強いのか」
二杯目を口にしながら、尋ねる。
「はい。強いほうだと思います。ダドリーの冬の厳しさはそうとうですから」
勧められるままに、杯を重ねた。
「知らなかったな」
極上の酒と、そして。
ローレンスは、ナタリアを眺める。
彼女の髪と瞳は、ブランデーそのものだ。
「ええ。私もローレンス様のことは知らないことばかりです」
彼女はゆっくりと立ち上がり、羽織っていたローブのひもを解く。
「なのでそろそろ、貴方様のことを深く知りたいのですが」
足元に落ちたローブ。
華奢な造形の靴はつま先が覆われていないためあらわになり、先から細い黒糸で編まれたタイツと赤く塗られた足の爪がのぞく。
娼館には友人たちと遊びの延長で何度も足を運んだ。
国一番高い女と過ごした夜は数えきれない。
しかし、その記憶も今となってはおぼろげだ。
「ローレンス様」
ナタリアが少し顎をそらし、妖艶な笑みを浮かべてローレンスを見下ろす。
貴族の、侯爵夫人らしからぬ装い。
だからこそ。
そそる。
「タリア」
グラスをテーブルに置き、ナタリアを抱き上げて寝台に転がり込む。
唇を合わせて肩に手を添えていつものように身体を暴こうとしたその時。
「・・・?」
世界が回転した。
思うより酔っていたのか、頭が少しくらくらする。
腰の上には、赤いランジェリードレスを着て嫣然と笑う妻がまたがっていた。
締まった太ももを彩るガーターベルトは官能的でローレンスは思わず喉を鳴らしてつばを飲み込む。
「タリア?」
胸の上に両手をついて、ゆっくりと身体を倒し、しっとりとした口づけをほどこされた。
「旦那さま」
なぜか、指一本動かす気になれない。
「初めての夜から今まで、貴方様からたくさんのことを学びました」
ブランデーの香りの混じる、甘い吐息がローレンスの唇をなぶる。
「なので、その成果をお見せしたいと思います」
さらりと首元に落ちてきた髪の香りと感触に、体が熱くなる。
「今宵かぎりの、もてなしを・・・。どうぞ心行くまで楽しんでください」
ローレンスの上でゆっくりと身じろぎする彼女は、壮絶なほどに色めいていて目が離せない。
「これは、卒業試験のようなものです」
冗談めかした物言いに、胸が高鳴った。
ちゅっとローレンスの唇を軽く吸われ、もっと先を期待する。
「タリア・・・」
私の、夜の女王。
ローレンスは、酔いに身を任せた。
その夜。
闇が最も深くなる瞬間まで、寝室から声と音がせわしなく響き続けた。
漏れ聞こえるのは悦びの声と懇願。
そして、幾度も繰り返す絶叫。
これらは全て。
館の主である、ローレンス・ウェズリーのものだった。
見渡す限り、真紅のバラを思わせる色彩で統一されている。
「これは・・・。いったいどうやったのだ」
先ほどはそれどころではなかった。
ナタリアに意識を集中させていたから。
「ふふ。驚かれましたか」
「もちろんだ」
まさか内装まで彼女の衣装に合わせて変えてしまうなどと、誰が予想する。
なんて大胆な発想だろう。
もともとは、白を基調として緑と黄色の花をモチーフとした柔らかな色彩の壁紙が全体に貼られ、リネンもそれに倣った色合いだった。
しかし今は、部屋の壁全体が紅の糸で織られたビロードの緞帳で覆われていた。
そして、部屋の隅に生けられているのはたくさんの赤いバラ。
暖炉の上に置かれた香炉からは、ねっとりとした香りが立ち上る。
「単純に、タピスリーを取り付ける要領で天井近くから緞帳を下げただけです。あとは装飾が得意な者にちょっと用立ててもらいました」
薄暗さをぎりぎりに極めた照明。
ベッドの天蓋もシーツも赤と黒を絶妙に配し、退廃的な雰囲気を醸し出している。
「私だけこのなりですと、浮いてしまうので。せっかくなら、完璧を目指したかったのです」
腕を引かれて椅子に座る。
丸テーブルの上にはグラスと酒と皿とカトラリー、そして銀のクローシュに覆われた何かが並べられていた。
「実は、ダドリーから持ってきていたものがありまして」
向かいに座ったナタリアが酒瓶を手に取り、慣れた手つきでコルクを抜く。
とくとくとくと音を立ててグラスに注がれる液体は、暗い照明の中、飴色に輝いた。
独特の、甘い香りが漂う。
「ブランデーか」
「はい。実はこれからうちの特産品として売り出そうかと」
ことり、とグラスをローレンスの前に置いた。
「どうぞお試しください」
促されてグラスに口をつけると、芳醇な風味が口から鼻に抜けていく。
「・・・うまいな」
「ありがとうございます」
微笑みながら、ナタリアもグラスを持ち上げ喉を潤す。
「これは、貴族の間でも流行るのではないか。とても上品で深い味わいだ。それになんといっても香りがいい」
「最初はかなり雑な味のものしか作れませんでしたが、一番上の姉が嫁ぎ先から技術者を送ってくれたので、おかげさまでだんだんと形になってきました」
そういえば、ナタリアの姉たちはすでに隣国へ嫁いだと聞く。
グラハムは姉たちを王宮で見かけたことがあったらしく、挙式の直前に二人の方がより生母に似ていたのにとこぼしていたのを思い出した。
「ブランデーはなかなか難しいと聞く。たいしたものだ」
「はい。長年、人材には恵まれているおかげで農作以外を色々試すことができました。その成果の一つがこれです」
「なるほど」
淡い光にグラスを透かして見る。
とろりとして暖かい、土の恵みの色だ。
グラスの向こうで、ナタリアの赤く塗られた唇が上がるのが見えた。
「どうした?」
「・・・こうして、ローレンス様とゆっくり酒を飲みかわしたいと思っていました」
「なかなか機会を持てず、すまなかった」
「いいえ。どうかお気になさらず」
ナタリアはテーブルの中央に手を伸ばし、銀のクローシュを外す。
そこにはドライフルーツとナッツとチョコレート、そしてチーズが盛り付けられた銀食器が現れる。
「どうぞこちらも召し上がりください。私はドライフルーツが一番合うと思いますが、弟はチーズを好みます」
彼女の口ぶりから飲み慣れている様子がうかがえた。
「タリアは…酒に強いのか」
二杯目を口にしながら、尋ねる。
「はい。強いほうだと思います。ダドリーの冬の厳しさはそうとうですから」
勧められるままに、杯を重ねた。
「知らなかったな」
極上の酒と、そして。
ローレンスは、ナタリアを眺める。
彼女の髪と瞳は、ブランデーそのものだ。
「ええ。私もローレンス様のことは知らないことばかりです」
彼女はゆっくりと立ち上がり、羽織っていたローブのひもを解く。
「なのでそろそろ、貴方様のことを深く知りたいのですが」
足元に落ちたローブ。
華奢な造形の靴はつま先が覆われていないためあらわになり、先から細い黒糸で編まれたタイツと赤く塗られた足の爪がのぞく。
娼館には友人たちと遊びの延長で何度も足を運んだ。
国一番高い女と過ごした夜は数えきれない。
しかし、その記憶も今となってはおぼろげだ。
「ローレンス様」
ナタリアが少し顎をそらし、妖艶な笑みを浮かべてローレンスを見下ろす。
貴族の、侯爵夫人らしからぬ装い。
だからこそ。
そそる。
「タリア」
グラスをテーブルに置き、ナタリアを抱き上げて寝台に転がり込む。
唇を合わせて肩に手を添えていつものように身体を暴こうとしたその時。
「・・・?」
世界が回転した。
思うより酔っていたのか、頭が少しくらくらする。
腰の上には、赤いランジェリードレスを着て嫣然と笑う妻がまたがっていた。
締まった太ももを彩るガーターベルトは官能的でローレンスは思わず喉を鳴らしてつばを飲み込む。
「タリア?」
胸の上に両手をついて、ゆっくりと身体を倒し、しっとりとした口づけをほどこされた。
「旦那さま」
なぜか、指一本動かす気になれない。
「初めての夜から今まで、貴方様からたくさんのことを学びました」
ブランデーの香りの混じる、甘い吐息がローレンスの唇をなぶる。
「なので、その成果をお見せしたいと思います」
さらりと首元に落ちてきた髪の香りと感触に、体が熱くなる。
「今宵かぎりの、もてなしを・・・。どうぞ心行くまで楽しんでください」
ローレンスの上でゆっくりと身じろぎする彼女は、壮絶なほどに色めいていて目が離せない。
「これは、卒業試験のようなものです」
冗談めかした物言いに、胸が高鳴った。
ちゅっとローレンスの唇を軽く吸われ、もっと先を期待する。
「タリア・・・」
私の、夜の女王。
ローレンスは、酔いに身を任せた。
その夜。
闇が最も深くなる瞬間まで、寝室から声と音がせわしなく響き続けた。
漏れ聞こえるのは悦びの声と懇願。
そして、幾度も繰り返す絶叫。
これらは全て。
館の主である、ローレンス・ウェズリーのものだった。
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