35 / 50
王都編
ギルフォード一族の乱の顛末
しおりを挟む
事の発端は、33年前の領地替えだ。
政界の良心とナタリアの曾祖父に当たるダドリーの当主が亡くなったのを機に、ウェズリー大公に嵌められ、先祖代々守ってきた実りのある土地と二国と隣接する上に痩せた山岳地帯を要する難所を交換させられた。
実は、こういったことは何件か起きていた。
表向きは脱税防止だが、実際は大公閣下の取り巻きのおねだりを聞きいれるついでにうわまえを撥ねようというもの。
そうして、ますます私腹を肥やし、その金で国王を凌ぐ力を手に入れていった。
その頃、継承したばかりの最西の辺境の地に嫌気がさしたトランタン伯爵は、結婚して間もない妻に提案した。
ウェズリーの愛人になって、領地替えをねだってみないか、と。
同じく辺境へ嫁いだことに不満を燻ぶらせていたトランタン伯爵夫人は二つ返事で飛びついた。
夫公認での愛人志願。
寵愛されている間は権力のおこぼれとぜいたくな暮らしを楽しみ、飽きられたら手切れ金代わりに領地をせしめる。
良いこと尽くしだ。
運のよいことに、彼女はウェズリー大公好みの金髪碧眼で容姿だけは整っていた。
なので思惑通りに複数の愛人の一人に加えられ、ほどなく妊娠した。
腹が膨れてくると関係は終わり、生まれた子供は修道院へ放り込まれたが、安産だったこともあり、夫人はすぐにその子供のことは忘れた。
そして待ちに待った手切れ金交渉。
大公の秘書がやってきたので、即領地替えを提案すると反応はまずまずだったため内心ほくそ笑んだ。
ちょうど折よくウェズリー大公も、長年対立していたダドリー伯爵家への報復行為をもくろんでいる最中だったのだ。
こうして、トランタン伯爵夫妻はダドリー伯爵の実りある領地を合法的に手に入れた。
さらに狡猾なトランタン伯爵は、領地交代の際に辺境の地にとある仕込みを行う。
それは、縁戚のギルフォード男爵と仲違いをしたふりをして、一族丸ごと辺境に置き去りにしたことだった。
思惑に気づかないダドリー伯爵家は、領地経営に明るいギルフォード男爵を地域住民とのパイプ役として重用する。
そして二十年後。
善良で知恵者のダドリーたちの力で、辺境はみるみる変わっていく。
不毛の土地と称されたかつてとは比べ物にならないほど希望に満ちた領内。
しかも次期当主には北国から絶世の美姫が嫁いおり、それがまたウェズリー大公好みど真ん中だ。
熟した果実を収穫する時期が来た。
そう判断したギルフォード一族は、その年の収穫が終わったころに蜂起した。
長い時間をかけて領民たちを丸め込んでいたため、勝算はもちろんあった。
まずは次期当主の妻ヘンリエッタを手中に収め、直系たちの首を狩る。
ダドリー伯爵、息子のジャック、その長男トーマス、次男ルパート、三男ジュリアンの五人を殺してしまえば、分家筋はどうとでもなるという乱暴なものだが、ものの数日で終わらせるつもり満々だった。
ところが、初っ端から誤算が生じた。
最初に誘拐すべきヘンリエッタ夫人が当時十一歳のトーマスと三歳のジュリアンを連れて王立騎士団の詰め所の方へ慰問に行っていたのだ。
もちろん、買収している騎士が数人紛れ込んでいる。
彼らに手引きさせて潜入を試みるつもりだったのを早々に読まれ、長女が留学している西北の国、サイオンへ逃れられてしまった。
直系の子供に三女で八歳のナタリアと次男で七歳のルパートの姉弟が屋敷に残っていたことに気づき手に入れようとしたが、二人も忽然と姿を消した。
しかも、柔和な者どもと侮っていたダドリー一族と配下は意外にも強く、また直轄地の領民たちをはじめけっこうな数がダドリーについた。
その上、思ったほど統制が取れず、戦いに興奮した一部の若者が領内に次々と火を放ち、あろうことか田畑を含め領民の備蓄穀物を焼失させた。
隣接する二国と他領は飛び火することを恐れギルフォードへの加担を拒否し、つながる道を閉鎖したので陸の孤島での死闘へとなるのに時間はかからなかった。
ダドリーも国に事の次第を上奏し仲裁を求めようとしたが、トランタン伯爵とウェズリー大公が手を回して握りつぶした。
そしてやってきた冬はかつてない極寒。
よりによって十年に一度と言われる寒波がダドリー領内を荒れ狂い、さすがに休戦になった。
行き場のない者に凍死と餓死が出て、まさに地獄だった。
しかし春になると、生き延びたギルフォードは諦め悪くも傭兵を募り戦いを続行した。
さすがにそんな彼らに従う領民は少なく、それから二か月余りでギルフォード一族をことごとくしとめなんとか平定したが、ならず者が暴れまわったせいで荒れた土地に満足な作付けができなかった。
満身創痍のダドリーはそのまま次の冬を迎えねばならず、領民を生かすために多額の借金を負うことになる。
【なんとか食いつないで、生活の目途が立ったのはギルフォード一族を処分して一年後くらいだったかしらね】
【そんなことが・・・】
そこでようやく思い出す。
最西の領地に残るギルフォード一族は、流行り病で運悪くことごとく亡くなったと聞かされたことを。
「まさか・・・。そんな非情な」
トリフォードは、暗澹たる思いに陥った。
政界の良心とナタリアの曾祖父に当たるダドリーの当主が亡くなったのを機に、ウェズリー大公に嵌められ、先祖代々守ってきた実りのある土地と二国と隣接する上に痩せた山岳地帯を要する難所を交換させられた。
実は、こういったことは何件か起きていた。
表向きは脱税防止だが、実際は大公閣下の取り巻きのおねだりを聞きいれるついでにうわまえを撥ねようというもの。
そうして、ますます私腹を肥やし、その金で国王を凌ぐ力を手に入れていった。
その頃、継承したばかりの最西の辺境の地に嫌気がさしたトランタン伯爵は、結婚して間もない妻に提案した。
ウェズリーの愛人になって、領地替えをねだってみないか、と。
同じく辺境へ嫁いだことに不満を燻ぶらせていたトランタン伯爵夫人は二つ返事で飛びついた。
夫公認での愛人志願。
寵愛されている間は権力のおこぼれとぜいたくな暮らしを楽しみ、飽きられたら手切れ金代わりに領地をせしめる。
良いこと尽くしだ。
運のよいことに、彼女はウェズリー大公好みの金髪碧眼で容姿だけは整っていた。
なので思惑通りに複数の愛人の一人に加えられ、ほどなく妊娠した。
腹が膨れてくると関係は終わり、生まれた子供は修道院へ放り込まれたが、安産だったこともあり、夫人はすぐにその子供のことは忘れた。
そして待ちに待った手切れ金交渉。
大公の秘書がやってきたので、即領地替えを提案すると反応はまずまずだったため内心ほくそ笑んだ。
ちょうど折よくウェズリー大公も、長年対立していたダドリー伯爵家への報復行為をもくろんでいる最中だったのだ。
こうして、トランタン伯爵夫妻はダドリー伯爵の実りある領地を合法的に手に入れた。
さらに狡猾なトランタン伯爵は、領地交代の際に辺境の地にとある仕込みを行う。
それは、縁戚のギルフォード男爵と仲違いをしたふりをして、一族丸ごと辺境に置き去りにしたことだった。
思惑に気づかないダドリー伯爵家は、領地経営に明るいギルフォード男爵を地域住民とのパイプ役として重用する。
そして二十年後。
善良で知恵者のダドリーたちの力で、辺境はみるみる変わっていく。
不毛の土地と称されたかつてとは比べ物にならないほど希望に満ちた領内。
しかも次期当主には北国から絶世の美姫が嫁いおり、それがまたウェズリー大公好みど真ん中だ。
熟した果実を収穫する時期が来た。
そう判断したギルフォード一族は、その年の収穫が終わったころに蜂起した。
長い時間をかけて領民たちを丸め込んでいたため、勝算はもちろんあった。
まずは次期当主の妻ヘンリエッタを手中に収め、直系たちの首を狩る。
ダドリー伯爵、息子のジャック、その長男トーマス、次男ルパート、三男ジュリアンの五人を殺してしまえば、分家筋はどうとでもなるという乱暴なものだが、ものの数日で終わらせるつもり満々だった。
ところが、初っ端から誤算が生じた。
最初に誘拐すべきヘンリエッタ夫人が当時十一歳のトーマスと三歳のジュリアンを連れて王立騎士団の詰め所の方へ慰問に行っていたのだ。
もちろん、買収している騎士が数人紛れ込んでいる。
彼らに手引きさせて潜入を試みるつもりだったのを早々に読まれ、長女が留学している西北の国、サイオンへ逃れられてしまった。
直系の子供に三女で八歳のナタリアと次男で七歳のルパートの姉弟が屋敷に残っていたことに気づき手に入れようとしたが、二人も忽然と姿を消した。
しかも、柔和な者どもと侮っていたダドリー一族と配下は意外にも強く、また直轄地の領民たちをはじめけっこうな数がダドリーについた。
その上、思ったほど統制が取れず、戦いに興奮した一部の若者が領内に次々と火を放ち、あろうことか田畑を含め領民の備蓄穀物を焼失させた。
隣接する二国と他領は飛び火することを恐れギルフォードへの加担を拒否し、つながる道を閉鎖したので陸の孤島での死闘へとなるのに時間はかからなかった。
ダドリーも国に事の次第を上奏し仲裁を求めようとしたが、トランタン伯爵とウェズリー大公が手を回して握りつぶした。
そしてやってきた冬はかつてない極寒。
よりによって十年に一度と言われる寒波がダドリー領内を荒れ狂い、さすがに休戦になった。
行き場のない者に凍死と餓死が出て、まさに地獄だった。
しかし春になると、生き延びたギルフォードは諦め悪くも傭兵を募り戦いを続行した。
さすがにそんな彼らに従う領民は少なく、それから二か月余りでギルフォード一族をことごとくしとめなんとか平定したが、ならず者が暴れまわったせいで荒れた土地に満足な作付けができなかった。
満身創痍のダドリーはそのまま次の冬を迎えねばならず、領民を生かすために多額の借金を負うことになる。
【なんとか食いつないで、生活の目途が立ったのはギルフォード一族を処分して一年後くらいだったかしらね】
【そんなことが・・・】
そこでようやく思い出す。
最西の領地に残るギルフォード一族は、流行り病で運悪くことごとく亡くなったと聞かされたことを。
「まさか・・・。そんな非情な」
トリフォードは、暗澹たる思いに陥った。
10
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!
ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。
※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる