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王都編
初夜という名の戦場-2-
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「侍女たちはずいぶんとはりきったものだな」
部屋の中は花の匂いでむせ返るようだった。
薔薇の花びらを散らされた寝台の上にナタリアを下ろし、ローレンス自身も乗り上げてくる。
暗く灯された照明の下、白いシーツとナタリアの寝間着が浮かび上がる。
広い寝台の真ん中に二人は向かい合って座り、ローレンスはナタリアに手を伸ばす。
両手の指先から手の甲、手首と丁寧に口づけされてナタリアは戸惑う。
これではまるで、初夜だ。
いや、その通りだが、予想と違う。
もっと雑に扱われると思っていた。
腕を引かれ、顔を寄せられ目を閉じる。
すると、やわらかなものが口に押し当てられた。
何度も何度も押し当てられ、やがて囁かれた。
「唇を、開いてくれないか」
言われるままに緩く開くと、頬を両手に包まれて、深く唇をあわせてきた。
「・・・っ」
教会でのキスのふりと、全然違う。
何度も角度を変えて触れられ、吸われて、舌を入れられる。
聞いたことのない音が二人の間で行き交う。
唾液とレモンとアルコールと葉巻と・・・。
色々な味が混ざり合う。
苦しい。
どうすればよいのかわからず喉を鳴らすと、ようやく口を解いてくれた。
「・・・これも、初めてだったのか」
意外そうな声に、胸元に手を押し当てようよう答える。
「ええ・・・」
たぶん、この薄明りにも自分が真っ赤に染まっているのは丸わかりだろう。
「ダドリーは大規模な騎士団が駐在しているから、てっきり・・・」
一瞬にして、正気に戻った。
てっきり、男慣れしていると思われていたらしい。
こ の よ っ ぱ ら い め。
殴りたい衝動に駆られたが、なんとか抑えこむ。
「・・・領地で、私に手を出す命知らずはいません」
己の強さはまだ隠しておいた方が良いという理性も、ぎりぎり働いた。
「・・・一つ下の弟は狂犬と呼ばれる男なので・・・」
とりあえず、ルパートには悪役になってもらおう。
「それは・・・。頼もしいな」
狂犬を怒らせたらローレンスもただでは済まないことに気付いていないらしく、楽し気に笑いながら、ナタリアの耳元、首元に唇でついばみながら、ガウンを肩から落とした。
ネグリジェの襟は大きく開いていて、鎖骨から胸の谷間まであらわになる。
胸元に小麦色の肌の境界線がはっきりと出ていると気づいたローレンスは、まじまじとそれを見つめた。
「ああ・・・なんというか、本当にすごい…ね?」
明らかに動揺している。
「侍女たちも驚いていましたよ、こんなの見たことないって」
どんなに上等で煽情的な衣装を着せたところで、この農夫焼けは十分に現実に引き戻す力がある。
これで萎えて終了になってくれないだろうかと、着せられた時に思った。
「酔いも覚めたのではないですか?」
ここで一発、背中を押してみるのはどうだ。
「ローレンス様のような王都の貴族の方からしたらさぞ興ざめでしょう」
しおらしく目を伏せて見せながら、逃げ場もちらつかせる。
「それに、毎日農作業を手伝っているせいもあって女性らしい体つきではありませんし」
腕をまくって、木の皮のような色でこん棒のように固い腕を見せた。
騎士たちのような筋肉はつかなかったが、筋力はけっこうある。
二十センチほどの身長差があるが、いざとなったらここでローレンスをねじ伏せることは可能だろう。
「どうか無理をなさらないでください。ここまで大切にしていただいただけで充分ですから」
ここで引け。
そもそも、『何だこの農民は』って思っていたくせに、何欲を出してるんだ。
恋人のために操を守るつもりだったから来る気なかったと言ったんだよな?
だからもうお前の寝室へ帰れ。
道端に落ちた骨は拾うな。
ハウス。
「いや・・・。そんな・・・。もったいない」
「え?」
この坊ちゃんは何を言ってやがる。
「その・・・。これはこれで・・・」
目を輝かせながらナタリアの両肩を押し、ぽすんとシーツの海に沈めた。
無駄に良い香りの花びらがひらひらと散る。
「・・・すごく、くるね」
ローレンスはいそいそと膝をいざってナタリアの上に馬乗りになり、ネグリジェの前についていたシルクのリボンを引いて解き、ぐっと寛げる。
「いい・・・。逆に燃えてくる」
ローレンスの息が、荒い。
小枝を加えて走ってきた犬のようだ。
いつの間に、こんな展開になった。
「俺は、気に入った」
鎖骨に息がかかる。
「わたし」から「おれ」へ言葉が変わった瞬間、彼の顔つきも見たことのないものになった。
「・・・まさか」
そんな性癖が。
残念ながら、交渉は決裂した。
部屋の中は花の匂いでむせ返るようだった。
薔薇の花びらを散らされた寝台の上にナタリアを下ろし、ローレンス自身も乗り上げてくる。
暗く灯された照明の下、白いシーツとナタリアの寝間着が浮かび上がる。
広い寝台の真ん中に二人は向かい合って座り、ローレンスはナタリアに手を伸ばす。
両手の指先から手の甲、手首と丁寧に口づけされてナタリアは戸惑う。
これではまるで、初夜だ。
いや、その通りだが、予想と違う。
もっと雑に扱われると思っていた。
腕を引かれ、顔を寄せられ目を閉じる。
すると、やわらかなものが口に押し当てられた。
何度も何度も押し当てられ、やがて囁かれた。
「唇を、開いてくれないか」
言われるままに緩く開くと、頬を両手に包まれて、深く唇をあわせてきた。
「・・・っ」
教会でのキスのふりと、全然違う。
何度も角度を変えて触れられ、吸われて、舌を入れられる。
聞いたことのない音が二人の間で行き交う。
唾液とレモンとアルコールと葉巻と・・・。
色々な味が混ざり合う。
苦しい。
どうすればよいのかわからず喉を鳴らすと、ようやく口を解いてくれた。
「・・・これも、初めてだったのか」
意外そうな声に、胸元に手を押し当てようよう答える。
「ええ・・・」
たぶん、この薄明りにも自分が真っ赤に染まっているのは丸わかりだろう。
「ダドリーは大規模な騎士団が駐在しているから、てっきり・・・」
一瞬にして、正気に戻った。
てっきり、男慣れしていると思われていたらしい。
こ の よ っ ぱ ら い め。
殴りたい衝動に駆られたが、なんとか抑えこむ。
「・・・領地で、私に手を出す命知らずはいません」
己の強さはまだ隠しておいた方が良いという理性も、ぎりぎり働いた。
「・・・一つ下の弟は狂犬と呼ばれる男なので・・・」
とりあえず、ルパートには悪役になってもらおう。
「それは・・・。頼もしいな」
狂犬を怒らせたらローレンスもただでは済まないことに気付いていないらしく、楽し気に笑いながら、ナタリアの耳元、首元に唇でついばみながら、ガウンを肩から落とした。
ネグリジェの襟は大きく開いていて、鎖骨から胸の谷間まであらわになる。
胸元に小麦色の肌の境界線がはっきりと出ていると気づいたローレンスは、まじまじとそれを見つめた。
「ああ・・・なんというか、本当にすごい…ね?」
明らかに動揺している。
「侍女たちも驚いていましたよ、こんなの見たことないって」
どんなに上等で煽情的な衣装を着せたところで、この農夫焼けは十分に現実に引き戻す力がある。
これで萎えて終了になってくれないだろうかと、着せられた時に思った。
「酔いも覚めたのではないですか?」
ここで一発、背中を押してみるのはどうだ。
「ローレンス様のような王都の貴族の方からしたらさぞ興ざめでしょう」
しおらしく目を伏せて見せながら、逃げ場もちらつかせる。
「それに、毎日農作業を手伝っているせいもあって女性らしい体つきではありませんし」
腕をまくって、木の皮のような色でこん棒のように固い腕を見せた。
騎士たちのような筋肉はつかなかったが、筋力はけっこうある。
二十センチほどの身長差があるが、いざとなったらここでローレンスをねじ伏せることは可能だろう。
「どうか無理をなさらないでください。ここまで大切にしていただいただけで充分ですから」
ここで引け。
そもそも、『何だこの農民は』って思っていたくせに、何欲を出してるんだ。
恋人のために操を守るつもりだったから来る気なかったと言ったんだよな?
だからもうお前の寝室へ帰れ。
道端に落ちた骨は拾うな。
ハウス。
「いや・・・。そんな・・・。もったいない」
「え?」
この坊ちゃんは何を言ってやがる。
「その・・・。これはこれで・・・」
目を輝かせながらナタリアの両肩を押し、ぽすんとシーツの海に沈めた。
無駄に良い香りの花びらがひらひらと散る。
「・・・すごく、くるね」
ローレンスはいそいそと膝をいざってナタリアの上に馬乗りになり、ネグリジェの前についていたシルクのリボンを引いて解き、ぐっと寛げる。
「いい・・・。逆に燃えてくる」
ローレンスの息が、荒い。
小枝を加えて走ってきた犬のようだ。
いつの間に、こんな展開になった。
「俺は、気に入った」
鎖骨に息がかかる。
「わたし」から「おれ」へ言葉が変わった瞬間、彼の顔つきも見たことのないものになった。
「・・・まさか」
そんな性癖が。
残念ながら、交渉は決裂した。
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