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本編終了直後の慰労会関連SS
初恋。(「はつこい」の出歯亀編)
しおりを挟む「あら?中村さん?」
絶品焼き肉店を出て、少し歩きかけていた村木が呟く。
「うん?」
隣に立つ本間が視線の先をたどると、通りの向こうに小さな公園があり、その前の歩道上の電柱で携帯電話をいじっている男性がいた。
こちらに対してやや背を向ける形で立っており、少しうつむき加減ではあるが、細い肩と遠目に見ても艶やかな黒髪には見覚えがある。
「あ、ほんとだ。ハルちゃんだね」
更に背後から二人の会話を聞きつけた柚木が混ざってくる。
「え?なんだ今ごろ着いたんだ。なら、俺らと合流して・・・」
手を上げて声をかけようと前に踏み出したのを、本間が止めた。
「ちょい待ち。ウマに蹴られるからやめときな」
「は?」
きょとんと目を見開く柚木の腕を引く。
「まあ、そのうちわかるから」
言うかいわないかのうちに、背後の扉が開き、人が出てくる音を聞いた。
携帯電話の画面を見つめながらまっすぐ歩き、早足で歩道へと出てしまう。
すぐ近くにいる本間達にまったく気が付かない様子である。
「あ、片桐さ・・・」
村木が声をかけようとするのも、本間が押しとどめた。
「・・・なに?どうしたの?」
片桐の後から店を出てきたらしい橋口が、団子になっている三人の様子にただならぬものを感じて、口角を上げた。
「しー。お静かに」
人差し指を唇の前にあてて声を潜め見せ、そして少し暗がりの方へと導く。
「さあ皆さん。出歯亀タイムですよ・・・」
うしししし・・・と笑う本間の瞳がぎらぎらと光り、それを見た橋口はひきつった。
「その顔、怖いからやめて、奈津美ちゃん・・・」
四人が固まって見物していることも知らず、通りの向こうに中村を見つけた片桐はすぐに通りをそのまま横切り、ノートパソコンを入れたビジネスバッグを肩から提げたままひょいとガードレールを跳び越えた。
「うわ、あんなの初めて見た。さすが、恋のチカラ・・・」
「え?」
三人は、口を半開きにして本間を振り返る。
「ん」
にやにや笑いをそのままに、もう一度人差し指を唇に当てた。
そのまま視線を戻すと、駆け寄った片桐に中村が気が付いてかすかに笑うのが見て取れる。
四車線挟んでも、彼の白い整った顔に甘い微笑みが浮かんでいるのがはっきりとわかった。
「あれ・・・?」
村木は呟いた。
「なんか、中村さん、ものすごく綺麗になった?」
誰かが肯く間もなく、片桐が中村の頬を両手で包む。
「え?」
橋口も声を上げたが、片桐は中村の両手をいきなり掴んで自分のコートの両ポケットに入れさせた。
「ちょっと、なにあれ?」
二人の間が、近い。
囁きを交わしながら、更に距離を縮めていく。
古い外灯が彼らを薄く照らし、却ってそれが幻想的な眺めになった。
何事か会話を交わしながら見つめ合い、ふいに、片桐が身をかがめた。
「うわ」
本間が小さく肩をすくめた。
うつむき気味になった中村の唇に、片桐が首を傾けて自らのそれをあわせる。
「・・・!」
柚木は息を呑んだ。
片桐は軽く押し当てた後、顔中に唇を当てていく。
合間に何事か囁いているらしく、中村がかすかに身じろぎしていた。
やがて二人は互いの額を寄せてしばらく見つめ合い、さらに寄り添って口づけを交わす。
何度も何度も僅かに離れてはまた触れ合った。
コートのポケットに手を拘束されたまま口づけを受ける中村の細い身体を、片桐は両腕を回してしっかりと抱きしめ、指先に力を込めた。
まるで、彼らは始めから一つであるかのように。
「う~ん。ほんとに大胆よね、片桐さんって」
本間の感じ入った声に全員我に返った。
「・・・ほ、本間さん、これはいったい・・・」
目を見開いたまま口をぱくぱくさせている村木に、答える。
「くっついたばかりなんだよねえ、あの二人」
あー、熱い熱い、と本間が手で顔をあおぐ。
「くっついたって・・・、いったいいつの間に」
「色々あって、ちゃんとくっついたのは、銀座様事件のあと」
その言葉に三人とも顔を見合わせる。
「それって・・・」
ごくごく最近と言うことだ。
「・・・まあ、それもありかって気になるわねえ、あれを見てると・・・」
橋口が、ふっと笑う。
「あんなキスなら、私もしたいわねえ」
「そこですか、注目点は」
村木が苦笑する。
「惜しいコトしたかしら、片桐さんってあんな風に触るのね」
いつでも始まりは甘いものだけど。
「今はちょっと羨ましいわ」
橋口の言葉が夜の闇に溶けていく。
ふいに本間は肩にかけていたバッグを持ち直して、背筋を伸ばした。
「さ。ショータイムもここまで。立石さん達も待ってるから行こうか」
外灯の下の影は寄り添ったままだ。
「・・・そうですね」
村木と橋口も気を取り直して、先に店を出た男達が目指した方角へと歩き出す。
ただ、柚木はぼんやりと彼らを眺めたまま動かない。
「・・・びっくりした?」
本間がひそりと尋ねる。
「・・・はい。まあ・・・」
何故か、2人から目を離せなかった。
「付き合った人の名前は一人しか思いうかばないって、片桐さん言ってたじゃん、さっき。あれ、ハルちゃんのことなのよね」
口調は軽いが、静かに本間は言葉を続ける。
「・・・たぶん、ずっとずっと好きだったんだと思う。もしかしたら、初めて会った時から二人とも・・・」
ふうーっと、息をついた。
「あれが、初恋なんじゃないかな」
「はつこい・・・」
「うん、初恋なの、あの二人には。・・・それもまた、羨ましいけどね」
行こうか、と、本間が柚木の背を叩く。
促されて歩き出しながら、一瞬目を瞑った。
残像が、残る。
一つに溶け合った影が。
どこからか香るとろりと甘い花の香りと共に、しっかりと心の中に根を下ろして離れない。
あれが、初恋。
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