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本編終了直後の慰労会関連SS
いつか、王子様が-1-(『初恋』の直後の二次会)
しおりを挟む「いや~。良いモン見せて貰ったわ~」
ビールを半分ほど飲み干して、本間が満足げに感想を述べた。
「良いモンって、もしもしお嬢さん?」
池山は肘を突いてつまみのナッツを口に放り込む。
焼き肉屋を辞した後に総勢十数人では入れる二軒目の店を探したものの、どこも混雑しており、結局いくつかに別れることになった。
代わり映えのしないメンバーだが、立石、池山、本間、橋口、柚木、村木というグループで手近な居酒屋へ入り、今に至る。
「なかなか来ないと思ったら、まさかそんな出歯亀しているとはな」
立石が苦笑すると、橋口がすかさず訂正をいれた。
「私達三人は別に覗くつもりは、さらっさら無かったんですよ。奈津美ちゃんがショータイムって言うから、なんのこっちゃって感じで・・・」
彼女の隣で柚木と村木がこくこくこくと首を縦に振り続けている。
「まあ、そんなこったろうとは思ったけどさ」
こら、と池山が本間の頭を軽く小突く。
「ええーっ。私だけ悪者?弥生さん、『あんなキスなら私もしたい』って言ったじゃん」
唇を尖らせて抗議すると、橋口が肩をすくめた。
「まあ、確かに言ったわね。だって、あのキスは素敵だったんだもの」
「なになに?片桐のヤツ、実はテクニシャンなの?」
にやにやと池山が食いつく。
「それは、一度手合わせ願いたいなあ」
村木は飲みかけたカクテルを喉に詰まらせ、咳き込んだ。
「・・・あれは、中村さん専用。池山さんが迫ったところで、同じようにはやってくれませんよ。・・・というか、今の台詞、江口さんに言いますよ?」
橋口は、びしっと人差し指で池山を糾弾した。
「は?」
村木の背中を撫でてた柚木が目を丸くする。
「うわ、それはやめて!あいつ、怒らせたらけっこう怖いんだよ」
「あいつ・・・?えぐ・・ぢ、ざん・・・?」
肩で息をしながら、村木が声を上げた。
「だ、誰です?江口さんって・・・」
息も絶え絶えながら、突っ込むことを忘れない。
「あー。ごめんなさい・・・」
橋口は唇を指先で覆った。
「やっちゃった・・・」
柚木はごくんと喉を鳴らす。
「ええと・・・。俺の勘違いでなければ江口さんって、俺の知っている江口さんっすか?」
本間と立石が両サイドから池山を見つめた。
すると、きょとんと、池山は首をかしげる。
「あれ?ユズは知らなかったんだっけ?」
「はい?」
「立石んとこのクマと俺、付き合ってるよ」
途端に、またもや村木が咳き込み出した。
「く、くまって・・・っ、つきあってるって・・・っ」
たいてい『クマ』と呼ばれるのは男性が多い。
しかし、もしかしたら、『クマ』のようにパワフルな女性かもしれない。
慌てて、橋口と柚木が彼女の背中を撫でる。
「ごめんごめん、美和ちゃん、刺激の強い話してごめんね~」
橋口は平謝りだ。
「・・・謝る相手って、そっち?」
本間が眉をひそめて池山の背中ごしに立石に問うと、彼は苦笑するのみだった。
「もう結構長いから、いい加減ばれてると思ってたよ。ユズはここのところ俺らと出かけることよくあったし」
開き直る池山に対して、柚木がぼそぼそと反論する。
「いや、普通はあなた方が付き合ってるとまでは思いませんよ・・・。なんかすごく仲が良いなとは思ってましたけど」
「そりゃそうだ。俺たちだって最初はまさかだろって思ったし。池山みたいにオープンなのが珍しいんだよ」
立石のフォローに、本間がぐっと握り拳に親指を立てた。
「まさか、この業界、多いんですか?」
立ち直った村木が不安げに尋ねる。
「なに?やっぱそういうのって気持ち悪い?」
逆に、池山も不安顔で問い返す。
「いいえ・・・。それは別にないですけど、他人様のことだし・・・。ただ、既婚者プラス同性カップルが多いなら、この業界で彼氏を見つけるのは難しいことなのかなと」
「ああ、それはない。・・・ないと思う。俺、片桐達のほか、知らないよ?」
両脇を振り向くと、本間と立石も首を横に振った。
「それは・・・ちょっと安心しました。私も、そろそろまともな恋愛したいので」
「そうよねえ。一日のほとんどを仕事につぎ込むんだから、やっぱり出会いは必然的に職場になるわよね」
橋口がほう、とため息をつく。
「そういや、キミタチみんな女子校出身じゃん。女の子同士でくっついている子いなかったの?」
興味津々で池山がにじり寄る。
それを受けて女子三人は顔を見合わせ、しばらく思案した。
最初に答えたのは、律儀な村木だ。
「それの見極めは難しい気がします。けっこうみんなべたべたしていたし。ただ、あれはなんだかプレ恋愛って感じだったから・・・」
「ああ、疑似恋愛っていうか、予行練習?」
「ええ。キスってどんな感じかな?って好奇心で、ちゅってしたり、他の人の身体ってどうだろうってふざけて触りっこしたり・・・。女の子もお年頃ですから、それなりに」
「それなりに・・・」
今日は何度目のカルチャーショックだろう。
柚木は軽い頭痛を覚えた。
自分は、女性に何か夢を見ていたのかもしれない。
いや、肉食獣の実姉だけがイレギュラーだと信じたかったのだ。
柚木の苦悩もつゆ知らず、次に答えたのは名門女子大出身の橋口。
「私の大学はまったく見かけませんでしたね。生徒数が多すぎたせいもありますが、他の四年大とも交流があるから疑似の必要ないし、むしろ将来を見据えて有望株を捕獲にかかっているというか・・・」
「ほかく・・・」
オウム返しに呟く柚木に立石が同情の視線を送る。
こういう時にストッパーになる片桐がいないので、もはや野放し状態だ。
周囲も二軒目三軒目と言った雰囲気でほろ酔い加減の漂う店内だが、見た目は整っている池山達が繰り出す衝撃的な発言の数々に、一部の人たちが聞き耳を立てている。
「こいつら、どうしてくれよう・・・」
しかし、そもそも今夜は片桐がいてもいなくても最初から暴走特急だったことを立石は知らない。
「あ、私の短大はいたよ。中庭の噴水で堂々と額くっつけて十分以上も見つめ合ってる子達が。私は授業中だったから、講義そっちのけでまじまじと窓の外の二人を見ちゃったよ。あれ、本当にカップルだったみたいで、卒業後は一緒に暮してるって、風の便りに聞いた~」
相変わらずあっけらかんと本間は手を上げた。
「ま。いるところにはいると。そんなとこか?」
立石は話題を切り上げにかかる。
「いるところにはいるねえ・・・」
せっかくの立石の努力を池山がひっくり返した。
「そういや俺、余興で片桐の唇奪ったけど、あんときはそんなに良い反応なかったけどな」
あったらどうだというのだ。
心の中でがっくりと立石は崩れ落ちた。
「舌まで突っ込んだけど、フツー?つうか、物凄く嫌がられた記憶あるんだけど」
「そこで、何を求めてるんですか、池山さん・・・。反応が良かったら、あなたたち韓国ドラマ並みに三角関係だか四角関係になって、今頃泥沼係争中ですよ・・・」
橋口が冷静に突っ込む。
「あ~。それは嫌なんだけど、俺のキスにぜんぜんなびかなかったのが、ちょっと悔しい気がしてさ」
「・・・池山さんって、実は愛されたがりと言うか、甘えたさんだよねえ」
にやにやと本間は笑う。
「ね。江口さんをそろそろ帰してあげたら?」
身体をひねって池山ごしに立石を見上げた。
「・・・その権限は俺にない。勘弁してくれ」
この爆弾男を野放しにしているとろくな事にならないのは骨身にしみているが、だからと言って折角キャリアアップ中の江口を北京から呼び戻す理由にならない。
「ああ、なんか俺、今、すっごくチューしたい」
後輩への気遣いを池山の脳天気な台詞が粉々にする。
「長谷川・・・。なんでこんな男と・・・」
思わず立石は、割り箸を握りしめて折ってしまった。
「・・あの。長谷川さんも男性ですか?」
こっそりと村木が本間に解説を請う。
「ううん。池山さんのモトカノ」
シンプルな回答に素早く脳を回転させ、おそるおそる更に問うた。
「・・・なんか、すでに三角だか四角だかですよね?」
「うわ、美和ちゃん鋭い~!」
そんな野次馬たちをよそに、立石は背中を丸めてぶつぶつと意味不明の独り言を呟いている。
「・・・立石さんって、ああみえて・・・」
「うん?」
「ただのヒトなんですね・・・」
「まあ、そこがいいんだけどね・・・」
外野のうるさい中、池山が立石にチューを仕掛けて顎を掴まれていた。
「池山さんの唇へのチューは確かに危険よね。官能的過ぎて、身体に直結しちゃう感じ」
にいっと唇を上げる橋口が、それこそ官能的な笑みを浮かべる。
「キスの先へ進みたくさせるのが池山さんのチューかな」
立石に引きはがされなかったら危なかったと、明るく笑い飛ばされて、柚木と本間がこそこそと正直な感想を述べた。
「・・・俺、鼻を食われる程度で良かった・・・」
「私も、ほっぺたで良かったかも・・・」
「・・・さすが、キス魔被害者の会」
新入りの村木はひたすら感じ入る。
「なんだよ、そんなに威力のある俺様のチューより、片桐のチューの方が素敵って、なんか納得いかねーんですけど」
誰もそんなことは言っていない。
全員、即座に心の中で突っ込んだが、この男に何を言っても無駄だと思い、ぐっと飲み込んだ。
ここでいち早く立ち直ったのは、橋口だった。
「だから、優劣の問題じゃないんです」
ここで、懇切丁寧に解説できるのは彼女しかいない。
「池山さんが酔っ払った時のチューはもっと身体を合せたくなるチュー。さっき見た片桐さんのは、心を丹念に繋ぐ感じ・・・かな」
ふと宙を見上げ、言葉を止めた。
「私は、そんなキスをしてきたかしら、と、思ったんです。キスを身体を合わせる手段の一つで、心地よいだけだった気がします。唇で心を語るなんて、考えた事もなかった」
橋口は数日前に別れた男を思い浮かべた。
聖。
私の唇では、貴方の心に届かなかったのかしら。
今更、もうどうにもならないけれど。
「唇で心を語る、か・・・」
柚木は視線を落とし、手元のビールの泡を見つめた。
「それはまた、すごいっすね」
幻想的だった、先ほどの光景が目に浮かぶ。
全員、それぞれの想いをめぐらせ、沈黙が下りた。
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