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しおりを挟む冬の冷えた空気は好きだけど、キラキラしていて浮かれた街の雰囲気は嫌いだ。
視界に映る全ての物が鬱陶しい。どうして年末年始というだけで、なんとなく世界は賑やかになるのだろう。
幸せそうな顔の人間を見るのが嫌いだ。それは俺がたんに妬んでいるだけなんだけれど、そういえば、子どもの頃ほど強烈な妬ましさは感じなくなった。
小学生の頃は、同級生が羨ましくて、なんで俺にはクリスマスプレゼントも、お年玉もないんだって、悔しいのか、悲しいのか、それとも苛立っているのかよくわからない負の感情でいっぱいだった。それを抑える事も出来なくて、とばっちりを喰らうのはいつも輝利哉と朔だった。今思えば、かなり情緒不安定な子どもだった。
機能していない俺の家族の代わりに、毎年どちらかの家族がクリスマスパーティーをしてくれた。ふたりの家族も、可哀そうな俺を受け入れてくれて、息子のように接してくれた。
ふたりや、ふたりの家族のおかげもあって、徐々に訳の分からない癇癪を起こす事もなくなっていったけれど、二十歳を超えても負の感情は全然薄れない。
二十歳になる頃には、もう少し明るく世界を見ることができるかもしれない、と思っていたけれど全くそんな事はなくて、むしろ外に出さなくなった分、より鬱屈としたモノが内側に溜まっている気がする。
そういった感情を抑えるために、或いは、誤魔化すために夜遊びにハマっていた。浴びるほどの酒を飲み、誰かと騒いでいれば寂しさを忘れていられる。一夜だけでもそばにいてくれる人がいれば、俺はそれで満足だった……はずなんだけど、いつのまにか物品をねだり、食事を奢らせ、その上お小遣いをもらうようになっていた。輝利哉の言葉を借りるなら、“なんか上手くいった”である。
そんな今日は、輝利哉も朔も忙しく、迎えに行けないと連絡があったため、こうしてひとりで歩いて帰る途中なのだ。
ふたりと再会して約一ヶ月。同居するようになってからは、ふたりのうちどちらかが絶対にそばにいる。よくよく考えるとかなり過保護なのだが、寂しがりの俺はそれが心地よくて、すっかり甘える事を覚えてしまった。
だからといって、どっちを選ぶ?と聞かれると困ってしまう。ふたりのことは好き。でも、Domを信用することはできない。いや、信用したくないって言うのが本音。
第二性ありきで恋愛をするのは怖い。もし俺も輝利哉も朔もnormalだったなら、完璧なふたりのどちらを選ぶかなんて、ものすごく幸せな悩みだったんだろうけれど。
家は駅の反対側で、大学から徒歩で三十分程かかる。駅を挟んで大学側は賑わっていて、若者が屯するような店もいくつかあるが、反対側は住宅街が近く人通りは疎だ。
駅の近くの歩道橋を渡り、街頭の少ない道を歩いていると、ふいに目の前に人が現れて驚いた。横道から出てきたようだけど、その人はなぜか立ち止まったままだ。
何度か危ない橋を渡ってきた俺のカンは結構あたるもので、今すぐ引き返して別の道を行く方がいい、と脳内で警鐘が鳴った。踵を返して立ち去ろうとしたが、なんと、ソイツが俺の名前を呼んだのだ。
「侑李、待ってくれ!おれの話を聞いてくれ!」
「え、長谷?」
驚いた。ソイツは大学を辞めた長谷だった。一度でもCommandを言われた相手の声を俺は忘れない。
その場で立ち止まり長谷を観察する。長谷は以前より少し痩せて、髪はボサボサだった。派手さもない。むしろ忙しなく辺りをキョロキョロしたり、どこか怯えているような表情は彼らしくなかった。
「侑李、あの時は本当に悪かった!」
震える声で絞り出すようにそう言うと、俺の正面に立って両腕を掴んでくる。怖いというよやりもその必死の形相に驚いて、振り払うのも忘れていた。
「おれは、おれは!」
「ちょっと落ち着けよ、な?逃げないからさ」
「あ、ああ、そうだな、ありがとう」
近くで見ると目の下の隈が酷かった。ロクに眠れていないのか、もしくはクスリでもやってんのか、多分後者の可能性が高い。兄の元にいた時、同じ様な顔のヤツを何人も見た。
下手に刺激しない方がいいな、と判断して、とりあえず長谷を宥める。
「ちゃんと話は聞くから、とりあえずこの手を離してくれ。相変わらず馬鹿力だな、痛いよ」
「ごめん」
一言謝って腕を離してくれる。横暴だぅた長谷は逮捕されて性格が変わったのか?最初から素直なヤツだったらもう少しちゃんと付き合ってやったのに。
まあ、自暴自棄になってクスリをやるヤツではあるが。本当に救いようがない。
「あそこの公園のベンチにでも座ろう、いい?」
「ああ」
少なくとも道端より外灯があって明るい公園へ向い、長谷をベンチに座らせる。近くの自販機で温かい缶コーヒーを二つ買い、一つを長谷へ渡すと何度もありがとうと呟きながら、一口、二口と飲み始める。
俺も隣へ腰掛け、自分の缶コーヒーに口をつける。長谷の変貌ぶりが気持ち悪い。でも何をされるかわからないから、仕方なくても付き合ってやるしかない。
「話って何?」
「あ、ああ、そう、話をしにきたんだった。おれはお前が好きだった。本当はパートナーになりたかったんだ」
「……はぁ」
今更告白しに来たのか?しかも待ち伏せまでして?
なんて答えるのがベストなのか、しばし悩んでいると、長谷は俺の反応なんて気にせずさらに話し出す。
「だからな、お前に忠告してやるためにきた。おれ、保釈はされたけど、オヤジに見捨てられてさ……家出してるんだ。ちょっとした仕事手伝うかわりに面倒みてくれる人がいてさ」
なんとなく事情はわかった。仕事というのも、きっとクスリの売人か、そんなようなヤツだろう。まったく、ロクでもないヤツはいつまでもロクでもない。
俺は内心で溜息をついて、長谷を促した。早く帰りたかった。
「それで、忠告ってなんだよ?」
「ああ、そう、そのことなんだけどよ……お前のこと囲ってる西崎ってヤツいるだろ?金髪の」
「輝利哉?」
「おれはソイツにハメられて逮捕されたんだ」
「ちょっと待てよ、そもそも輝利哉を怒らせたのはお前だろ?それにハメられたって言うけど、お前がやってきた事が原因だろうが」
何を言ってんだよ、と俺は呆れた。自分の罪を蔑ろにしておいて、捕まったのは輝利哉のせいってこと?バカバカしい。
「それはそうだけど、でも違うんだ!おれたち、次の日は別のクラブで飲んでたんだ。その帰りにさ、いきなり集団で囲まれて襲われたんだよ!それで殴り合いになって、通報されたんだ。殴りかかってきたのは向こうなのに、そいつらさっさと逃げやがって……」
クソッと吐き捨てると、そのまま拳でベンチを殴りつける長谷の気迫に、俺はそっとバレない様に距離を取った。殴られでもしたらかなわない。
「でもそれが輝利哉となんの関係が?」
集団で殴りかかってくる様な連中に何かしたんじゃない?と言いそうになったがかろうじて口を閉じた。
「ソイツらが言ったんだよ!これに懲りたら、もううちの系列店に来るなって!それでアイツの手下だってわかったんだ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!それだけじゃ輝利哉が指示したなんてわかんないだろ!?」
「おれだけじゃない!!お前、自分が関係を持ってたセフレがどうなったか知ってるか?」
ドキッと心臓が打った。俺のスマホは輝利哉か朔が持っているはずだ。今は新しいものを使っている。だから連絡を取るどころか、ソイツらがどうしているかも知らない。
「確信はない。でもな、お前と関係持ってたヤツ何人かはおれも顔くらいは知ってる。同じ店で飲んでたからな。ソイツらな、集団暴行にあって大怪我したヤツもいるらしい。なぁ、お前逃げた方がいいぞ。そこまでして執着するなんて頭がおかしいだろ」
正直、長谷の話は穴が多いし、もとから信用ならないヤツだったけど、必死さは充分に伝わってきた。
何より輝利哉の性格を知っている俺は、時々思いもよらない報復をしたりすることも知っている。輝利哉が人を使って暴力行為をするとは思いたくない。でも俺に対する執着心が異常なのは確かだ。
「それにな、西崎だけじゃないんだ。おれが捕まったあと、東堂って刑事が出てきて、お前の今までの罪状は明らかだとか言ってきてよ……まるで最初からおれのこと調べてたみたいなんだよ!そんなのおかしいだろ!?お前、その東堂とも知り合いだよな?だからおれ、ハメられたって思って……」
「やめてくれ。ふたりとも確かに執着心は人一倍強いけど、人を陥れたりする人間じゃないよ」
そう言う自分の声に自信はなかった。
もし俺と関係のあった人間を輝利哉が襲っていたとして、そんな暴行事件が何度も起こるのは、警察組織に朔がいて何か捜査の足止めをしているから?
有り得ない。と、思いたい。
「いい、信じないならそれでも。だけどな、人は自分にとって都合のいいヤツを信じるんだ。ソイツが悪い奴らでもな」
最後に長谷は、コーヒーありがとう、と言って帰って行った。
しばらくベンチに座ったまま考えた。冷め切った缶の冷たさが掌を通じて思考をクリアにしていく。そういえば掌のケガはほとんど治ったが、缶を握りしめると少し痛みがあった。
輝利哉も朔も悪いヤツじゃない。でも俺のことになると、ふたりとも何をしだすか分からない節がある。昔からだ。今回だって、急にやってきて俺を飼うなんてことを平気で言った。
長谷はどうしようもないヤツだけど、ひとつだけ真実を言っている。
人は自分にとって都合の良いヤツを信じる。
その通りだ。俺が兄を信じたのは、近くにいてくれたからだった。例え兄が悪いことをしていても気にならなかった。完全に思考が停止していたのだ。
でもそれではダメだった。
今度は間違えたくない。ふたりを裏切ることになるかもしれないけれど、確かめてみようと思った。
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