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しおりを挟むガチャリとドアが開く音で目を開けた。いつの間にか室内は電気が消えていて真っ暗だった。
今が何時なのか、窓がないので、朝なのか夜なのかもわからない。
誰かの息遣いが聞こえる。
何も見えない。怖い。
できるだけ隠してきたけれど、俺は暗闇が苦手だ。それは以前、今と同じように兄に犬の檻に閉じ込められた時からだった。
あの時は実家だった。
俺は少し大きなミスをして、光貴がその尻拭いをしてまわり、なんとかことを納めた後。
キレた光貴は犬の檻を用意して俺を閉じ込めた。
それが押し入れの中だった。押し入れの襖を閉め切って、あろうことか隙間をテープで目張りまでして。数日放置されたのだ。
真っ暗で当然何も見えない。閉じ込められるのはまだいい。だけどこの暗闇が、時間が経つに連れて精神を蝕んでいった。
食事も水も与えてもらえず、真っ暗な中で一人きりで、どれだけ時間が経ったのかもわからない。
もし、もし一生出してもらえなかったらどうしよう?俺、このまま放置されて、死ぬのか?光貴なら平気でやりそうだ……
そんなことを考えた瞬間から、俺は泣いて喚いて光貴に縋った。大声で呼んで、助けて、出して、ごめんなさい、もう失敗しない、とか、いろんなことを叫んでガタガタと震えて、出してもらえるのを待った。
だから檻は嫌い。あの恐怖を思い出すから。
暗闇はもっと嫌い。死を連想するから。
「だ、誰か、いる?兄ちゃん…?お願い、電気、つけて……」
はぁ、はぁ、と呼吸がおかしくなっていくことを自覚した。空気が薄くなったように感じるが、気のせいであることもわかっている。
それでもどうにもならないものが、恐怖と結び付いてトラウマになるのだ。
「お、お願いっ、誰か!暗いの、ダメだからっ!!」
ヒュッ、と息を呑んだ直後、パチっとスイッチを押す音がして、室内が明るくなった。思わず目を細め、明るさに慣れようとした。
「アッハハ!!侑李、可愛い声。ごめんな、怖い思いさせて。実家の押し入れに閉じ込めた時を思い出したよ……あの時もさ、可愛く泣いて叫んで、兄ちゃん、兄ちゃんって縋って、出してやった時、漏らしてたのが最高に惨めでさ……今でも笑えるよ」
クッと唇を噛む。悔しいが言い返したって何の得にもならない。
「ところで、腕の傷は平気?兄ちゃんちょっと怒ってて、あんまり加減できなかったんだけど」
言われて傷を見た。光貴に切られた傷が一番深く長い。でも血は止まっているし、痛いのはもう慣れた。
「平気……」
「だよね。侑李はもっと酷いことされても喜んじゃう変態だもんね」
昔はそういった言葉の数々に反発したこともあった。でも後で痛い目に遭うので、いつからかただ黙って受け入れるようになった。
それに光貴が言っていることは嘘じゃない。中学のあの夏休みから、俺の体は確かに変わってしまった。
俺が何も言わずにいると、光貴は笑顔を消した。冷たいというより、何を考えているのか全くわからない表情だ。その顔で見つめられると、いつもどこか不安になってくる。
「まあいいや。侑李は悪い子で、俺を刺して逃げて、自分だけ幸せになろうとしただろ?でもさ、俺だって侑李を幸せにしようと努力してたんだ……お前に現実を見せて、Subであることを楽しんでもらえるように手を尽くしてきたのに」
なに寝ぼけたこと言ってんだよ?と思った。仲間にレイプさせたり、ウリや詐欺に加担させたり、いざとなれば簡単に死ねと言えるくせに。
そう思っているのに、口は違うことを言った。
「ご、ごめんなさい……俺、も、逃げないから!だ、だからね、暗いとこに、1人にしないで……」
光貴の前では思考停止してしまう。どうしても頭が働かない。体が動かない。
再びニッコリ笑みを浮かべた光貴は、徐にドアを開けた。男が数人入って来る。あの、中学の時のことがフラッシュバックした。
こうやってあの日も、兄は友達だとかいう連中を連れてきて、俺に挨拶しろと言った。それで、そいつらはニヤニヤ笑って、俺に酷いことをした。
他人の硬くなったソレを触るのも、口に入れられるのも初めてだった。無理矢理喉の奥に入れられて、青臭いドロドロした液体を放たれて、吐き気を堪えながら飲み込むのにどれだけ苦労したか、今でも鮮明に覚えている。
舌や指が体の隅々を這う気持ち悪さや、そんなものに反応する自分自身を扱かれて、無理矢理イかされる羞恥も。
体の内側を暴かれる痛みも恐怖も、ただ揺さぶられて抵抗もできず、中を熱でいっぱいにされて苦しくて、でもやめてもらえなくて、わけがわからないまま意識を失った。
そんなことを、俺はまだしっかりと覚えている。
「ねぇ侑李。この人たちは、兄ちゃんのお友達なんだけどさ、挨拶してくれる?」
光貴は昔もそう言った。それで、そのお友達がニヤニヤ笑うのだ。
「い、イヤだっ!」
咄嗟に叫んでいた。しまった、と思った。これでは兄の思う壺だ。あとで絶対に痛い目に遭う。逆らったとか言って。
「違う、イヤじゃない!だ、大丈夫、俺は大丈夫ッ!に、兄ちゃん、あの、ちゃんとする!あ、あの俺、なんでもします……どんな命令もやります。気持ち良く、してください……」
あの頃とは違う。俺は学習した。兄に逆らっても良いことはない。それに、セックスもプレイも楽しめる。Subに拒否権はない。どうせCommandには逆らえないし、だったらこっちだって楽しめば良い。今までそうしてきたんだから。
「光貴さん、マジで好きにして良いんすか?あんたの弟でしょ?」
男のうちの1人が言った。光貴は真面目な顔で答える。
「これは躾なんだよ。ってのは建前で、俺はさ、ぐちゃぐちゃになって泣く侑李の顔が好きなんだよね。可愛い弟の泣き顔ってさ、たとえ殺されそうになっても愛しくて」
尋ねた男が顔を顰めた。光貴の表情は、まるで好きなものに向けるものじゃない。笑みを浮かべて言うのなら、そういう性癖なんだなと共感してやってもいいけれど、本気なのか、冗談なのか、何一つ読み取れない。ものすごく不気味だった。
光貴が近付いてきて、檻を開けた。髪を鷲掴みにして引き摺り、部屋の中央のマットへ放り出される。
これからされることは分かりきってる。それはもう慣れた。光貴のお友達とやらは4人。4人分耐えればいい。耐えていればそのうち終わる、というか、どうせ俺はすぐに快楽に負けて頭がバカになる。最近は複数相手はしていなかったからそこまでじゃなかったが、俺は自他共に認める淫乱Subだ。そうあるように仕込まれてきた。
だから、これくらいは平気だと、本気で思ってた。楽しもうとすら考えた。でも兄の前だということを、少し離れたせいで忘れていた。
「なあ侑李……俺と離れてる間、輝利哉と朔は優しくしてくれた?」
「え…?」
質問の意味がわからなかった。なんでそれを今聞くのだ?
「たくさん甘やかして、優しくCommandを言ったんだろ?あいつらってさ、如何にもSubを甘やかして可愛がるタイプだよな」
それはそうだ。今までいろんなDomの相手をしたけど、輝利哉や朔ほど大切にしてくれたことはなかった。好きなんだなって、ちゃんと気持ちがわかるプレイで、ちゃんと褒めてくれた。頭を撫でてくれるのが特に嬉しくて、だから俺も2人にならなんでも許せたし、従いたいと心から思った。
「俺はそういうのを、今までお前に教えてこなかった。なんでかわかる?」
なんでって?そんなの、わかるわけない。好きな人としたことなんて無かったし、それがどれだけ満たされるかも知らなかったのに。
戸惑う俺に、光貴はニッと笑って答えを言った。
「Subはパートナーになりたいと思った相手を信用するだろ?そいつ以外のCommandなんて聞きたくない、従いたくないと思う。でもさ、Commandには逆らえない……愛されることを知ってさ、赤の他人の、好きでもない奴のCommandに従うのは、どんな気分になるだろうな?だから俺はお前に優しい奴をあてがったことないんだよ」
そう言って、光貴はKneelと命令した。
俺の体は従おうと動いた。いつものように。だけど心が追いつかなかった。
従いたくない。気持ち悪い。だって、輝利哉と朔とは違う。俺が欲しいのは、そんな心のない命令じゃない。
その瞬間に理解した。光貴が言っていることの意味がわかった。
大事に甘やかされる感覚を知ってしまったら、心無い命令に従ってしまう体と心の乖離を受け入れられない。
「アハハっ!!俺の命令はイヤだよな?だって輝利哉や朔みたいにお前は俺に心を開いてないんだから!でも体は正直だからさ、気持ち悪いだろ?俺はお前に体売らせてきた。金を稼ぐ道具として。でもその愛されることを知った体で、同じことができると思うか?」
「イヤだ……やめて、兄ちゃん……」
膝をついて腰を落とし、拳を握りしめながら言った。なんで俺は、嫌いな奴の命令を聞かなければならないんだ?そんな思いが心にのしかかって来る。
「やめて?なんで?お前は俺の弟だ。俺のものだよな?なぁ、どうしてお前は俺だけを受け入れてくれないんだよ?お前の兄として尽くしてきただろ?お前が苦しい時そばにいてやった。愛してるから、Subとして生きる術も教えてやった。なのになんで気に入らない?好きになってくれないんだよ?」
そんなの、理由なんてひとつしかない。初めての俺に強烈なトラウマを植え付けたのは光貴だ。それが愛情だって?ふざけんなよ!
「違う……そんな、じゃあなんで、最初から優しくしてくれなかったんだよ!?俺は怖かったんだ!ものすごく痛かった!イヤだって言ったのに、兄ちゃんは聞いてくれなかった!」
「それこそ間違ってる。お前には俺がいるのに、いつもあの2人を追いかけて、あいつらを兄みたいに慕ってただろ。最初からそばにいたのは俺なのに!」
ああ、そうか。それが本音か。光貴は寂しかったんだ。家族が欲しかった。俺もそうだった。アル中の父親なんてどうでもいいけれど、歳の差があって、いつも嫌な顔ひとつせず、でもその代わり冷たく感じる光貴が怖かった。
ただ不器用だったんだ。俺も、ただ幼かった。接し方を間違った。
もともと光貴がどんな性格かは、何となくしかわからなかったけど、より歪めてしまったのは俺だ。本当の兄ではなく、他人に甘えていた俺が悪かったんだ。
「ごめんなさい……兄ちゃん、俺が悪かったんだって、わかった。これからは兄ちゃんを好きになるよ。他はいらない」
光貴は冷めた顔で俺を見ていた。何を思ったのかは、俺にはわからない。
「終わったら言ってくれ。支払った分は好きにしていい」
そう言って、静かに部屋を出て行った。
残された4人は、やれやれと言う顔をしてから俺を見た。
つまらない兄弟喧嘩を見せられて、さぞ退屈だっただろう。
その鬱憤を晴らすかのように、4人はその欲の全てを俺にぶつけた。
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